第27話お金にまつわるエトセトラ
それは突然のことだった。
もちろん、この手のことが突然でないことなどないのだが。
真幸の父親が亡くなった。
本当に倒れて突然だったらしい。
通夜には俺も顔を出したが葬式は身内のみだった。
今後のこともあるが、とりあえず真幸と稀李は家のことで学校を休んだ。
手伝えることがあるならなんでも手伝うとは伝えたが、相続などの手続きを伴うので弁護士などの専門家に相談しているそうだ。
そんな状況なので姫乃も家事などで真幸の家にほぼ入り
だが数日経っても、真幸の方は学校に顔を出さなかった。
学校の式典があるため、平日ながら休みになったある日。
俺は真幸に連絡をした。
だが状況を聞いても大丈夫、としか言わなかった。
話せと言って簡単に言える内容ではないのだろう。
真幸が話しやすいようにと、俺が母方の祖母が亡くなったときに大変だったことを話した。
──祖母が俺の家に来てくれてたときに突然、亡くなった。
親にも連絡を取ってみたが、海外出張中で連絡がすぐにつかず、どうして良いのかわからなかった。
相談する相手もなく、自分で調べるしかなかった。
葬儀の手配に、その後のこと、そのすべてにお金がかかる。
しかも当時小学生の俺には使えるお金がなかった。
結局、なんとか連絡がついた母親が海外出張を切り上げて戻って来て、色々な手配を済ませた。
俺はなにもできずで、なにも知らないことを痛感した。
「しかも、俺は表に出て来てはいけない子だったからさ」
あのときにすべてがバレていなければ、いっそ何もかもがスッとしたかもしれない。
けれどもきっとその場合、俺は施設に入ることになって、ここにはいなかっただろうなぁ〜、と。
なんでもないことのように俺はそう言った。
それが良いことだったかどうか。
両親が俺を隠したいがゆえに、俺はいま1人で自由にしていられるとも言える。
そこまで話すと、真幸も思うところがあったのか。
「実は……」
言いづらそうに、真幸はいまの実情を答えてくれた。
簡単に言うと、父親の銀行口座を銀行に止められてしまったので、あらゆる支払いができなくなった、と。
葬儀だけに限らず、法律手続き、家のこと、ありとあらゆることでお金がかかる。
図らずも俺が話したのと同じ現状だった。
しかも親族らしい親族は父方の叔父しかおらず、連絡をつけようにも連絡先がわからないそうだ。
知らなければびっくりするかもしれないが、銀行は本当にそういうまねをする。
逆に彼らからすれば故人の預金は凍結しなければならない。
お金の問題は大事だ。
多くの学校ではそのことに対する教育は大学にでも行かないと行わない。
なのに、それは生活に関わる根底にある。
実際問題、金が無ければずっと暮らしていた自分の家ですら取られてしまうのが現実だ。
そこに救済が入ることはほとんどない。
誰もが自分たちのことで精一杯である。
他人を助けようにも、お金の問題は自分だけではなく、自分の家族をも巻き込むことになるからだ。
──それを電話で聞いて、俺はリュックサックを1つ手に持ち少し寄り道をしてから、真幸の家にやって来た。
真幸の家には幾度か来たことがある。
築15年かの1軒家で落ち着いた普通の2階建。
その隣が真幸の家の倍ほどの大きさで庭付きの綺麗な家。
そのすぐ隣が姫乃の家だが、迎えに行った朝以外では1度だけ入ったことがある。
俺と姫乃が寝取り浮気を始めてしまった最初がそこだった。
それをどこか複雑な思いを持ちつつ、振り切るように真幸の家のベルを鳴らす。
「いらっしゃい」
そこで出迎えてくれたのは姫乃だった。
真幸の家の若奥さんのように、姫乃は全てを包み込む優しい笑みで俺を迎えてくれた。
そうか、これこそが正しい姿なんだろうなと思った。
姫乃も俺とのあり得てはいけない愚かな行為を2度と行うことはないだろう。
俺もそれに応えるように柔らかい笑みを返す。
そうするだけで随分……胸が死ぬほど痛かった。
ちょっと無理かなと思えるほどに。
「なにしてんの?
早く上がれよ」
真幸が奥から顔を出して声をかける。
「いや、なんでもない」
そう、もうなんでもないのだ。
空っぽになっただけのこと。
「いいけど、イチャイチャすんのは別のところでしてくれよな」
軽い口調で真幸はそういってのける。
冗談にしてもそれはキツいぞ。
「……もうしないよ」
正直、俺は俺自身を信用出来ないが、それでも理性をふり絞り出して辛うじてそう答えると姫乃がビクリと震えた。
その表情は一転して、今すぐ泣き出しそうなものだった。
それは完全に予想外の反応だった。
「あ、あの姫乃……?」
俺は激しく動揺。
どうするべきかワタワタと。
なぜだか前言撤回をすべきな気がした。
そうしてはいけないと叫ぶ理性と、知るものか姫乃が1番じゃコラと叫ぶ狂気がぶつかり合う。
俺の中で狂気が理性を一方的にボコボコにしている。
俺の理性弱い。
それを見て、あちゃーと真幸が額に手を当てる。
「ヒノをフォローしてから上がってこいよ?」
だがなぜかそう言って、軽く手を振って家の奥に引っ込む真幸。
「真幸、反応軽くないか!?
えっ!?
これで置いていくのか!?」
俺は真幸の反応にも動揺。
目の前の姫乃はついにほろほろと静かに、それに悔しそうに泣き出した。
俺はチャラ男モードにもなれず。
どうして良いか分からないまま姫乃に手を伸ばし……そのまま恐る恐る抱きしめた。
俺の中で、姫乃第一主義の狂気がガッツポーズで勝利宣言をしている。
すると姫乃はそれに抵抗することなく、身体を預けてきた。
不謹慎なことだと思うが。
それだけで俺の中の空っぽな心の空間が埋まった気がした。
「姫乃……」
愛しさが込み上げ、思わず名を呼んでしまう。
姫乃はそれに応えるように顔を俺の胸に擦り付ける。
真幸の了解のもと、2人っきりにされるという事態。
フォローしろとは言われたが、抱き締めて良いとまでは言われていない。
とにかく俺からこの手を離すのはしたくなかったので、ここぞとばかりに姫乃をしっかりと抱き締める。
「はぅ!?」
姫乃が驚きの声をあげるが、離れようとはせずに逆に抱きしめ返してくる。
しばし俺たちはこの状態でいた。
少しだけ冷静さを取り戻した俺はある可能性に気づいた。
いま抱き締めている姫乃が幻覚なんじゃないか、と!
いや、まあ……。
姫乃の反応があまりに俺に都合が良すぎて、現実であることに自信がなくなってきたのだ。
そこで姫乃がついに動いた。
姫乃は俺の腕の中から手を伸ばし、俺の唇を指先でそっと触れた。
そして、その同じ指先を自分の唇に持っていきスッと触れた。
刺激的に間接キスを奪われた気がする。
気のせいか?
気のせいじゃない?
そこに姫乃はポツリと呟く。
「ごめんね、恭平くん。
それでも私は諦められないから」
「あっ、はい
なにがでしょう?」
俺の問いには答えず、姫乃は腕の中から俺の顔を見つめ続ける。
まるで視線で絡み合うように……。
ふと姫乃が首を傾げる。
「どうした?」
そう言いつつ、俺は心の中でツッコミを入れる。
うん、この状態こそがどうしただよな!?
再度俺の顔をジーッと見ていた姫乃はだんだん顔を赤くする。
「恭平、くん……?」
「なに?」
「そういえば、なんで抱き締められてるんだっけ……?」
「あ……、ごめん」
腕の中から姫乃を解放する。
いざ離れるとなると強烈な寂しさが俺を襲うせいで、俺は手を伸ばしたままの格好で。
「……持ち帰りたい」
「へ!? そ、それは困った、かなぁ〜?
困らないかなぁ〜、じゃあお持ち帰り1つで……」
「……あの〜、恭平サン。
流石にうちの玄関でイチャイチャするのやめていただけませんか?」
今度はいつのまにか部屋から出てきていた稀李が、呆れたような目で俺たちを見ていた。
そうだよね、そう思うよね。
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