第22話たった1日で変化する世界

 週明けて、俺は気怠い身体を無理矢理動かして学校に向かう。


 あのあと、姫乃にどうなったのかだけをメッセージで尋ねた。


 すぐに返事があった。


 家に無事に帰れたこと。

 それから姫乃から『ありがとう』と喜ぶネコのキャラクタースタンプが送られてきた。


 俺はなにかを返したくて一生懸命思案したが、なにも浮かばない。

 捻り出した言葉は『またなにかあったら頼ってくれ』というなんとも言えないもの。


 案の定、しばらく既読はつかずのモヤモヤしたが、また同じ『ありがとう』というネコのキャラクターのスタンプのみが送られてきて。


 それで全てが終わった。





 次の日、俺は学校に登校しながら、この先どうしようかと考える。

 このたった数日で全てが終わったような気がした。


 それが最初から終わっていたものだとしても。


 これではまるで人生そのものが恋愛至上主義のようで、自分のあまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑いすら浮かぶ。


 目標はなにも浮かばない。


 チャラ男の俺の方が、先をしっかり考えていたんじゃないだろうかとさえ思ってしまう。


 大学は行けるだろうか?


 あの両親がいつまでお金を出してくれるかはわからない。


 一応、後々のことを考えてだろうか。

 チャラ男の俺は学生にしては、多すぎるほどにお金を貯めていた。


 文系の4年生大学なら、これからもバイトを欠かさず行えばなんとか賄えそうな程度に。


 もっと遊び歩いて散財しているかと思ったがそんなことはなく、俺の中のチャラ男像がガラガラガララと音を立てて崩れ落ちている気がする。


 チャラ男とは将来についてしっかり考える堅実な存在だったのだ。

 ……なんか違う。


「おはよ」

 ふいに姫乃の声が聞こえた。


「おや、なにやら可愛い子の声がするぞ?」

 その声に俺はなにかを考える前に反応してしまう。


 俺はチャラ男オートモードを初めて憎いと思ったかもしれない。


 姫乃の声に咄嗟に反応して吐き出してしまった言葉を前に、俺はどんな顔をすればいいんだ?


 振り返ると姫乃がどことなく赤い顔で俺を見つめてきていた。

 確かに可愛いけどさぁ。


「……大丈夫だったか?」

 俺はできるだけ柔らかい表情を意識して尋ねる。

「うん……」

 それだけで互いの言葉が止まる。


 あとはどうして良いのかわからない。

 なにかを言おうと口を開きかけたそのとき。


「道の真ん中でイチャイチャしてんなよ?」

 そう言ってトンっと俺の背中を真幸が叩く。


 イチャイチャって……そうなのか?

 確かに2人でモジモジしていた様子は見ようによってはそう見えなくもない。


 それよりも真幸は今日も姫乃と一緒に来たのだろうか。

 それではまるで、ここ数日の出来事がなにもなかったかのようで。


 眠れていないせいか、頭は上手に働かない。


 そうやって俺が思考の海に沈みそうになったところを、温かく柔らかい感触のなにかが手に触れる。


「行こ?」

「ああ、うん、えっ?」


 他ならぬ姫乃にその手を取られたのだ。


 思考の隙間をつかれたせいか、もはや生理現象のように顔が熱を放つ。

 きっと俺の顔は真っ赤になっていることだろう。


 焦って真幸の方を見ると。

「先行くぞ」

 そう言うだけ言って先にスタスタと行ってしまった。


「あれ、えっ?」

 姫乃は戸惑う俺の手をぎゅっと握ったまま、うつむき加減で俺の行動を待っている。


 ……っておかしい、おかしい!!!!


 俺は現状に理解はできないが、この手を自分から離すことはできない。

 それどころか俺の身体は、俺の混乱する内面を無視して姫乃の手を握り返していた。


 うん、身体は正直ね。


「い、行こうか?」

 戸惑いながらそう尋ねると、付き合いたてのカップルがそうするように、姫乃も恥ずかしそうに。


「うん」

 小さく頷いた。


 その反応で俺の情緒はぐちゃぐちゃになった。


 白昼堂々、こんなふうに姫乃と歩きたかった。

 でもそれは永遠に叶わぬ願いだった。

 俺は寝取り浮気の間男でしかないのだから。


 ……なのに、だ。

 これは一体どういうことだ?


 昨日あれからなにかがあったのだろうか?

 真幸と姫乃の間で何かが話し合われたのか。


 それとも昨日のこと自体がなにかの夢か。


 いいや、なにもなく真幸と俺の立場が入れ替わることはない。


 それとも姫乃が話しているときに俺は気づかないうちに、姫乃を口説いていたのだろうか?


 ……あり得ないとは言い切れない。

 実際に寝取り浮気が発生していたのだから。


 改めて思えば、付き合っていたはずの真幸と姫乃の2人が、まるでカップルのような行動をとっていたのを見たことがない。


 ならば昨日、姫乃が語った真幸とろくに触れ合ったことがないという話は、現実のことだということか?


 ミステリ〜。


 学校までの道のりで頭に浮かんだはてなマークが解消されることはなかった。

 俺たちは靴箱で靴を履き替えるためにようやくその手を離すまで、ずっとそのままだった。


「なんで水鳥と登校してたんだ?」

「わからん……」

 翔吾にはどこまで見られてしまったのだろうか?

 俺はどこまでどう言えばいいのか、答えがすぐに見つからない。


 そもそも、俺自身がどうして今日になっていきなりそうなったのか理解ができていないのだ。

 完全に終わってしまったとまで思っていたのに、だ。


 ぐるぐると答えのない思考の中、次いで教室に入ってきた委員長千早ちはやも同じことを口にする。


「ちょ、ちょっと川野君?

 水鳥さんと手を繋いで登校しているのを見たけど、なんで!?」


「俺もなんでなのか……」


 いやほんとに……。

 あれを見られて、どう言い訳しろと!?


 俺は頭を抱えるしかできない。

 対する姫乃はそんな俺の様子はどこ吹く風。

 席に座り、いつも通り何事もなかったように。


 俺は数度、握っていた手をグーパーグーパーする。

 手を触れるという行為は簡単なようで、案外難しい。


 キスをしたことはあるのに、あんなふうに手を繋いだことがなかったというのは随分とまたいびつだな。


 そんなことを考えていると姫乃がチラッとこちらを見て、小さく手を振ってきた。

 条件反射で振り返した。


「えっ?」

「あっ……」

「うわっ……」


 順番に千早、俺、翔吾から声が漏れる。

 か、身体が勝手に動いたんやぁあ!


 そんな言い訳が通じるわけがない。

 なんともいたたまれないというか、どうしようもない空気。


 だが、そんな中でも神はいたのだ。

 ちょうどチャイムが鳴り、俺は更なる追及を脱することができたのだ。


 脱したのかなぁ?


 3年の授業となると大学進学を目指す人は、それを意識した勉強をしなければならない。


 これは学校の風土にもよるのだろうが、俺の学校は3年であろうと、まだ受験に対するそこまでのピリピリとした気配は感じない。


 中にはそのまま働きだす人もいるが、大半は大学を目指す。

 俺もそのつもりだ。


 幸か不幸か……幸なんだろうけど、大学に送られる成績を決めるテストで満点を叩き出したので、私立であれば学校の指定校推薦をもらえるかもしれない。


 そうなれば秋口には受験は終わり、あとはバイトに専念することができる。


 だから俺にとって大事なのは、授業の内容ではなくむしろその態度である。

 いかに好印象を各先生方に持ってもらえるか、それに尽きる!


 ……俺、チャラ男だよな?

 いやいや、転生した俺自身はチャラ男の俺とは別なんだけど。


 そこでハッと気付く。


 そうだ。

 俺は確かに転生して今の自分になった。


 だが、いつまた元のチャラ男に戻ってしまうのかは誰にもわからないのだ。


 そうすると、反省して謝罪した姫乃とのことが、元に戻ったチャラ男の俺に全て台無しにされるかもしれない。


 とても嫌な汗が俺の背中に流れる。

 そうだ、このままではいけない。


 俺は……全てを話す覚悟を授業中に決めた。


 高校生が飯を食わずに動くとか無理なので、昼になると同時にパンを口に突っ込み、即座に立ち上がり真幸のところに。


 教室を出る間も姫乃からの視線を感じてたりするのがどうにもムズムズした。

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