第24話彼を壊したのは私だ(姫乃視点)

 私は本がかなり好きだ。

 恋愛ものもファンタジーの流行りものも色々と読む。


 そんな私でも……そんな私だから、その当たり前のことを言葉にするのは躊躇ためらわれる。


 それでもあえて言おう。

 現実は漫画やアニメや……小説の世界ではない。


「俺は転生者だ。

 いずれ以前のチャラ男の俺に戻ってしまう可能性がある」


 彼が告げた言葉で私は自分が犯した罪の重さに気付く。


 ……大切な彼を。


 なのだとわかってしまったから。






 ──その前日。


 彼の家から出てしばらくして彼の声が聞こえた気がして、私はふと彼の家の方を振り返る。


 違う、これは未練だ。


 なりふり構わず一緒にいられたのではないか。

 そんな黒い想いがずっと付きまとう。


 その先に破滅しかなくても、彼を地獄に引きづり込んでも。

 それでも私だけはその甘美なメリーバッドエンドに幸せを感じ続けただろう。


 それは彼にとっても重荷でしかないはずだ。


「お前たちもちゃんと話してくれたら良かったのに」


 そう言って困ったような顔で、真幸君は子供の頃と同じく私の手を引きながら笑う。

 そこには裏切った者に対する恨みや憎しみはなかった。


 恋愛ごとで全てが成り立つわけじゃない。

 少なくとも私たち幼馴染はそうではない。

 友情というには近くて、恋愛とも違う。


 もっとも近いのは家族のような。

 もしかすると的確に表せられる言葉はないのかもしれない。


 ただ幼馴染であるということ。

 それが私たちの関係だった。


 付き合いだしたのもクラスの後押しによる幼馴染の延長上のお試しだった。


 もしもどちらかに本当に恋心があったならば。

 皮肉だけど、きっと私たちが恋人という形はとらなかっただろう。


 それでも彼はこの関係を温めて、いつか本当の恋人から夫婦になるのも悪くないと、誠実に向き合ってくれていたのは知っている。


 全て、私が悪い。

 こうなる前に……全てを終わらせるべきだったのだ。


 ただ、恭平くんを失いたくないという浅ましい想いがこの結末を生んだのだ。


 私はもう我慢ができずにわんわんと泣き出した。


「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃ」

「お互い様、だな。

 試しとか軽い感じで付き合ってみるものじゃあなかったよな」


 苦笑いを浮かべ、真幸君は私の方を見ないようにしながら帰り道を行く。


 好きだよ、恭平くん。

 誰かを、なにかを傷つけながらそれでも好きだ。

 それはすでに歪んだ愛と呼べるものだと自覚すらある。


 もう、諦めることさえできそうもない。


 どれほど愛の言葉を告げても、恭平くんは聞かないフリをした。


 真幸君と別れたとしても、彼は私を振るだろうとわかっていた。


 親友の元彼女と、はいそうですかと簡単に付き合う人ではないから。


 残酷な優しい人。

 酷い人だけど、どうしようもないほど愛しい人。


 一生、その受け取ってもらえない心を抱えながら、それでも彼がくれたこの命と共に生きるしかなくても。


 それでも恭平くんを愛している。


 恭平くんの家のある駅から2つ先。

 そこが私たちの地元だ。


 私が雨の中、駅にいた理由。

 裏も表もなく、恭平くんに会いたかったからだ。

 家の場所は知らなくても最寄駅は聞いたことがあったから。


 今日、初めて恭平くんの家を知ってしまったわけだけど。

 今後、彼をストーカーしない自信が……ない。


 ストーカーは犯罪なので、なんとか踏みとどまれるように私の自制心に期待したい。

 ……自信はないが。


 家の付近までつくと美空ちゃんが立っていた。

 なぜ、と思う前に真幸君が説明してくれる。


「夢野にもヒノを探すのを手伝ってもらったんだ」


 美空ちゃんは私たちに気付くと心配そうな顔をして、真っ直ぐに駆けてきた。

 本当に美空ちゃんは名前のように美しい青空のような人だ。


 真幸君に謝ったとき、美空ちゃんもその場にいて恭平くんとのことで迷惑をかけたことを謝った。

 そのときも責めるわけでもなく、ただただ心配をしてくれた。


「ヒメ、ごめんなさい!」

「なんで!?」


 私が驚きの声をあげると、美空ちゃんはさらに衝撃の事実を訴える。

「私、春田君のこと好きになっちゃった!」

「えっ!?」


 なぜか隣にいた真幸君が驚きの声をあげる。


 美空ちゃんは告げる。


 あの日、その想いを終わりにするために真幸君に告げようと、ぐるぐると街を2人で歩いているときに、私たちを偶然見つけてしまったのだと。


 それがあの日、あの場所で、あの時間であったことは神様のタチの悪いイタズラなのだと思う。


 ……もっとも、それがなければ私の人生はここで終わらせてしまっていたのだけど。


「いやいやいや、ちょっと待って。

 そうじゃなくて、なんで……なんで夢ちゃんが謝るの?

 謝るのは一方的にこちら。

 全て悪いのは私なんだよ!?」


 美空ちゃんは頭をカキカキして、うーんと斜め上を見ながら腕組みして。


「でもそれって、当の春田君は納得済みなんだよねぇ。

 だったら部外者の私がとやかく言うの、違くない?」


「違う、かなぁ」


 違うことはないような……、どうなのだろう。


 確かに直接、美空ちゃんがどうこうではないかもしれないが、非難されるべき最低なことをしたのだ。


 でもそうだ、これが美空ちゃんなのだ。


「それにヒメが春田君と浮気してたと言われると嫉妬して、自分勝手に怒り出しちゃったかもしれないけど……。

 逆に春田君がフリーになったと考えると……。

 しかも恋人らしいことすらしたことがない関係だったと言われたら、『ヤバッ、チャンスじゃん私!』とか黒いこと考える自分がいて……。

 ああ、もう!

 そんな恋に踊らされる自分がもう情けなくて、ヒメに謝りたくなった」


「ああ、うん。

 ……私も同じようなことあったから、わかる気もする。

 それで、なんで真幸君まで驚いてるの?

 美空ちゃん、告白してたんだよね?」


 真幸君はさっきから挙動不審に構えながら、私と美空ちゃんを交互に見ている。


 美空ちゃんは可愛く、てへっと笑う。

「……いま初めて言っちゃった」


 ああ、うん、そうなんだ。

 私も驚いて涙が引っ込んじゃったよ……。


 私は真幸君が先導してくれて家に帰った。


 出張中の父も私が家を出された話を聞いて帰ってきていた。


 私を追い出した母は、少し複雑そうな顔でおかえりと言ってくれた……と思ったら。


 号泣された。

 なんで!?


 私を探すにあたり、真幸君が母に全て説明してくれていたのだ。

 ……誤解、なのだと。


「ごめんねぇ〜、ずっと好きな人がいて言えなかったんだよねぇ。

 それなのに!」


 良くも悪くも母は純愛派だ。


 その母がどうしても許せなかったのは。

 幼い頃に親に決められた幼馴染との将来を裏切ったということではない。


 想い合った人を裏切る不貞ができる精神こそを許せなかったのだ。


 それはこうしてみると、どこにでもある親子喧嘩だったのかもしれない。


 私も振られたばかりでヤケになっていて。

 そして今まで母とぶつかることもしなかった。


 結局それも含め、追い出したことを泣いて謝ってくれた。

 父は多くは語らず優しい目で私の反応を見守ってくれて。


 それを見て、私もなんだか泣けてきて。


 好きな人は別にいて。

 言葉だけのうえでも付き合っていたのは真幸君の方で。

 それを裏切ったのは変わりはない。


 真幸君当人が許してくれても、その裏切りは変わらない。


 全部、私が悪いんだと泣いて謝った。


 私が小さいときから変に空気を読もうとしたから。

 そうして勝手に幼馴染らしい幼馴染という殻を被ったから。

 両親に喜んで欲しくて。

 そのことも懺悔した。


 泣いて泣いて。

 夜になるまで泣いて。


 夜になるまでずっと真幸君と美空ちゃんもいてくれて。

 初めて2人を夜に部屋に招き入れた。


 拒否していたとまでいうわけではないけれど、いままで2人を部屋に入れたことはなかった。


 ……誰にも知られていないことだけど、恭平くんは部屋に入れたことがある。

 私たちが最初の寝取り浮気をした日に。


「……でも振られちゃった」

 私がそう小さく言うと、美空ちゃんが拳を突き上げて激昂げっこうした。


「川野最低!

 超最低、許すまじ!」


 その横で真幸君が腕を組み思案する。

「うーん、あいつまだ俺の方に気を使ってるのかも……」


 私は、ああと納得する。


 正直、恭平くんは親友である真幸君を裏切るつもりなんかなかったはずだ。

 私がそうさせたのであって……。


 真幸君がそう言うと、美空ちゃんが怒りを収め、なんだかモジモジとしだす。


「どうしたの、美空ちゃん?」

 問うと、美空ちゃんは斜め下に目を逸らしつつ答える。


「……いやぁ、私。

 川野君って春田君のこと好きなんだと思って、勝手にライバル視してた」


「え?

「エッ!?」

 真幸君の口元がヒクヒクと引きつっている。


「いや、だってさぁ!?

 川野君ってモテて女の子とも取っ替え引っ替えでデートに行くわりに、本気になって告白した子はキッパリ振っちゃうし?

 学年1とか言われる先輩とか後輩も振ったとか言うし、でもダブルデートのときに好きな人がいるって言ったから、私もうピーーーーンと来ちゃって!!

 春田君も川野君もお互いになんか特別っていうか、親友なんだなぁって感じだし?

 だからラブホテルからヒメと2人が出てきたとき、『あっ、そっち?』とむしろホッとしたというか、なんというか!」


 ああ、もっとヒドイ想像してたから怒んなかったんだ……。


 ──でも本当の問題はそれよりも、もっともっと深刻で……罪深いものだった。

 それを僅か1日後に私は知ることになる。

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