第17話最低最悪な男

 俺は幼い頃から自分の存在が不要なのだと気付いていた。


 結局のところ、俺は両親2人の浮気の快楽と欲望の結果生まれた存在で、その存在自体がもはや罪そのものだった。


 それを知ったのは小学3年の図書室で何気なく読んでいた、ちょっと小難しい本。


 背伸びをして字ばかりの本をいくつも手を出したが、知識が増えるとともに自分自身を客観的に見ることもできるようになった。


 小学6年の時にばあちゃんが亡くなって、いよいよ俺はこの世界に不要なんだと感じた。

 元々そうなのか、それとも生きるうえでの処世術か。


 俺は愛想あいそが良く、同時に愛嬌あいきょうもあったので周りにも評判は良かった。


 その頃からモテるようになってデートをすることは増えたが、小学生だったのもあって手を繋ぐまでがいいところでキスはしなかった。


 中学も同様だ。

 その頃から男友達からはチャラいとよく言われるようになったのを笑って受け入れた。


 その愛嬌と世間面の良さのおかげか、ときどき家に来る両親にも嫌われずに済んだ。


 2人ともが家に来て、そのまま不貞の隠れ家にするのは、やめてくれねぇかなぁと思った以外は特になんとも思わなかった。


 中学の修学旅行で行った先で、偶然、両親を見かけた。

 それぞれが別の家に、ただいまと笑顔で帰って行くのを見たときは笑った。


 ダブル不倫だ、笑えねぇ〜と。

 温かそうな家だったよ。


 興信所で調べてもらったら、どちらも仲睦まじい夫婦で母親の方は中学のときからの純愛。


 父親の方も高校のときからカップルとなりそのまま結婚したそうだが、こちらは高校当時の婚約者から奪い取ったそうだ。


 その2人はただのご近所さんだったが、偶然、仕事の海外出張先が同じとなり、燃えあがるように恋に堕ちて子供が出来て。


 互いの相手にバレないようにしながら、海外ではまるで夫婦のように暮らしていたそうだ。


 どちらがより悪かったのか、なんてことはわからないし知りたくもねぇ。


 愛してるはずの人を裏切って、そしてまたその人のところに戻って平気な顔して笑ってる。


 それを見たときには、さすがにおぞましさに吐き気が込みあげた。

 いまでもニュースでも雑誌でもマンガでも小説でもネットニュースでもSNSでも、不倫や寝取りや浮気が転がって虫唾が走る。


 中でも、寝取り浮気を純愛のようにかたる話には反吐が出そうだ。


 なのに俺はなんで寝取り浮気なんかを。


 ……壊れそうだ。


 しかし興信所というかプロって凄すぎね?

 過去のSNSとか探るとかどうとか。


 俺が中学3年の頃に2人は別れたらしく、母親の方だけが数ヶ月に1度だけ家を覗きに来るようになった。

 父親の方は金だけ入れてくれてたが十分だ。


 俺も特に追及とかする気もないので、家に来たときは仲の良い親子のように会話をして。

 忙しいからと母親はすぐに出て行った。


 どうということはない。


 正直に言えば、お互いにあまり深く関わりたくはない。

 見に来てくれるだけ随分マシだと思う。


 俺は毎年、ばあちゃんの墓参りだけはこっそりと欠かさず行き、そのときだけ母親に会うこともある。


 1度、母親が別の家族連れのときにすれ違ったが、もちろん他人のふりをしておいた。

 半分血を分けた妹は可愛いらしい子だった。

 父親似であることを祈る。


 デート三昧ざんまいのチャラい中学生活だったのだが、誰かと本気で付き合ったり肉体関係を持つのは避けた。


 やっぱり両親のことが気にかかっていたのだろう。

 30になるまで童貞なら魔法使いになれるらしい。

 そうして綺麗な身体でそこまで生きたらゲームクリア。


 育ててもらったばあちゃんへの義理は返せるだろうというそんな気持ちだった。


 高校1年のときに真幸と仲良くなった。


 なんだろうな。

 理屈とかじゃなくて、俺はこいつになりたかったとそう思った。

 妬みとかは一切湧き起こらない。

 こいつはこいつで幸せにならないといけない。

 そんな奴だと勝手に思った。


 温かい家族がいて、愛する幼馴染が居て。

 理想を押し付けていた。


 だからなんだろうな。


 その真幸と一緒に幸せになるはずの幼馴染の彼女が俺と同じ目をしてた。


 俺と同じ笑い方してた。

 時間が来たら終わりを迎えてやるぞ、と。


 その終わりが早く来ないかなと、それだけを望む作られた笑顔で。


 ……そんなの、ダメだろ?


『無理して笑わなくて良いんじゃない?』

 君はほら、この世に存在して良い人間だろ?


 自分を重ねて見てたと気づいたのは、修学旅行のあの自販機の横で君が笑ったとき。

 心からの笑顔を初めて見た。


 世界に色が付いてしまった。

 同時に激しい嫉妬の色も。

 真幸はこの笑顔を何度も見たのだ、と。


 俺が人生全てで待ち望んで焦がれた、その笑顔を。

 人生で初めて見つけた笑顔の宝物を。


 できるだけ距離を取らなくては。

 俺は必死だった。

 笑顔の仮面が剥がれそうになりながら、チャラい仮面で誤魔化しながら。


 離れようと思うほどに気付けば近付いていた。

 彼氏の親友だという立場を利用して。

 暗い暗い闇が俺の心を覆う。


 ああ、そうだ。


 俺はやっぱりあの両親の子供だ。

 最低で罪深い。

 生まれながらの罪人だ。

 そしてそれを繰り返そうというのだ。

 大切にしたかったものを踏み潰して。


 快楽というものを舐めていた。

 姫乃を初めて抱いたとき、俺の脳みそはその機能の一切を捨てた。


 心から欲しい存在をその手にしたとき、人はどこまでも愚かになる。

 水鳥姫乃という存在が愛しくて、好きで、狂おしい。


 同時に約束された幸福から彼女を奪い去った自分自身が憎くてたまらなかった。


 彼女はお前なんかが触れて良い存在ではない。

 返せ、返せ、彼女を正しい幸福の世界へ返せ。


 そう叫びながら、俺には姫乃を手放すことはできなかった。

 生まれて初めて絶対に失いたくない宝石を見つけてしまった子供のように。


 それでも俺は俺を許せなかった。

 だから、俺が目指した理想を心に作った。


 コイツなら、全てをオワラセラレル。

 姫乃をタスケルコトガデキル。

 早く逃しておくれ、俺のところから。


 ……無理だった。


 そのときにはもう、姫乃は俺の中で取り除けるほど小さな存在ではなかった。

 俺は彼女がいないと、もう無理だったのだ。


 これで良かったのだろうかという自問と襲ってくるどうしようもないほどの喪失感。

 学校も休み、熱も出て唸って、ただ人生が終わるのを待つだけだった。

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