第14話どうしてなんだろう

「おう、遅かったな。

 大丈夫か?」


「……フッ、激戦だったぜ」

 俺はお腹を押さえる仕草を見せる。


 明るい顔でこんなふうに真幸に返すのもツライものがある。

 俺たちはやってはいけない罪を犯したばかりだからだ。


 先に戻った姫乃は夢野と一緒にショップを見てまわっている。

 見る限りは普通だが、わずかに表情がぎこちない。

 大丈夫かと夢野が心配するとすぐになんでもないと笑顔で応えている。


 目が姫乃を追ってしまいそうになるのは致命的過ぎるわけだが、それ以上に目の前の親友と呼べる男にいますぐ罪を懺悔ざんげしたい。


 寝取られる側の気持ちを想像すると、あまりの絶望にめまいでくらくらする。


 仮に姫乃がさらに他の誰かと浮気行為をしているとすれば、それだけで2度とまともな恋はできない自信がある。


 寝取りをしている側が考えていいことではないな。

 うん、やめよう。


 いつ懺悔しようが大惨事ではあるが、この名前だけのダブルデート中に懺悔なんてしてしまえば、ウキウキからの急降下。

 心の乱降下が激しすぎる。


 とにかく今日を乗り越えるしかない。


 もっと早く懺悔しておけば良かったのだと思うものだが、俺はもはや自分の気持ちを制御できていない。


 もっとも感情的に懺悔しやすかったのは、状況がなにもわからない転生当初だった。


 いまは日増しに罪悪感とともに姫乃への感情が積み重なって、もうどうなってもよいから……。


 そんな気持ちすら湧いてくるのだから寝取り浮気という刺激が脳に与える影響が大きいのか、それともこれが禁忌が起爆剤となるタチの悪い恋の熱病か。


 不倫をする人が、友達にそんな関係やめなさいと注意されても、でも好きなのと暴走してしまう現象に見事に突っ込まされてしまったのか。


 転生して別人になったはずなのに、身体のそんな反応に引きづられているんだから、本当に意味がない!


 もしも姫乃が真幸の彼女ではなく、ただの友人だったら?

 それはもう……。


 それは。


 ……。


 俺がクズのチャラ男なのは変わらないのだから、やっぱりダメだよな。

 なんだ、結論は一緒じゃないか。


「どうかしたか、ぼうっとして。

 調子悪そうだな」

「いや、大丈夫だ。

 唐突に当たり前のことに気づいただけだ」

「なにが?」

「いいヤツだよなぁ〜」

 真幸を抱きしめた。

「やめろ!

 離れろ!」

「離すものか、あたいと一緒よぉ!」

「どうしたの!?」

「大変だ、真幸!

 俺たちの秘密がバレた!」

「うるさいわ!」


 そっか、最初からどのようなルートだったとしても、俺と姫乃の未来なんてなかったんだ。


 そんな当たり前のことに今頃気づいた。

 あ〜、なんでこんなチャラ男の身体に生まれ変わったんだと嘆きたくなる。


 生まれは選べない。

 転生先を選ばせてくれる女神様は俺の前には現れてはくれない。


 この身体でなければ姫乃と関係を結べなかった矛盾には、完全に目を逸らしながら。


 もうほんと、最低最悪のぐちゃぐちゃだ。

 こんないいヤツらを傷つけてまで地獄を突き進むべきじゃない、なあそうだろ、姫乃。


 その日のラストに観覧車前まで来た。


「俺、高いところ苦手でさぁ〜」

「嘘つけ、さっきジェットコースター楽しんでただろうが!」

「……やっぱりやめとこうか!

 観覧車乗らなくてもいいでしょ?」

 姫乃がなにかを誤魔化すようにそう言って笑う。


 俺の腕をグイッと夢野美空(姫乃の親友)が掴む。

「大丈夫だって!

 川野君なら私が面倒見ておくからさ!

 さ、行くよ!」

「お、おい!?」


 連れて行かれる俺。

 女と2人っきりになるとチャラ男が際限なく口説くからなぁ〜、気をつけてんのに危ねぇなぁ。

 しばらく無言の2人。

「……悪かったな。

 俺と2人とか怖いだろ?」

 そう言って俺は苦笑いを浮かべる。


「……ううん、川野君は黙ってるとイケメンだから目の保養になるよ」

「だろっ? でも黙ってるとってなんだよ」

 俺はくしゃっと笑う。


「好きでもない男と2人っきりで密室にいると危ないから、友達のためでもやめとけよ」

「……大丈夫、信用してるから」


 信用していると言いながら、少し身体を緊張で硬くさせた様子の夢野。


 俺はそれに苦笑いを浮かべ、改めて自分の罪をまざまざと思い出す。


「俺ほど信用しちゃいけねぇヤツいねぇだろ」

「えっ?」

「お兄さんはオオカミなんだぞぉお?」


 手を広げて狼がぐわ〜っと牙を向く、ポーズ。

 クスクスと夢野は笑う。

 俺も目を細めて微笑みで返す。


 ふと前の観覧車からこちらを見下ろした姫乃と視線が合った。

 笑みもなく、半目でなにやってるの、とでも言うようにどこか冷たい目だった。


 こえぇよ!


 それは一瞬のこと。

 次の瞬間には姫乃は背を向けていた。

 終わらせないとな、こんなことは。


「川野君はさ、好きな人いるの?」

「いるよ」


 どうしようもないほどに好きな人が。


「あっ、いるんだ。

 いいの?

 その人を放っておいてダブルデートなんか来て」


「付き合えない相手だからな……」

 俺は微笑にも似た苦笑を浮かべる。


 危ういことを言っているが、それが前の観覧車に乗っていることは気づかれている様子はない。


「そっか……、つらいね。

 恋ってほんと、つらい」


 夢野は目元をこする。

 俺はそれを見守る。


「どうしてなんだろうな。

 優しく触れるように一緒に過ごせるだけでいいのにな」


 望んでいるのはそんなことだけなのにな。


「川野君と付き合ったら大切にしてくれそうだよね」


 じゃあ、試しに付き合っちゃう?


 チャラ男ならそう言うだろう。

 でも俺はチャラ男で……ただのクズだ。


「やめといた方がいいだろうねぇ〜。

 俺みたいなチャラ男のクズと付き合っても幸せにはなれないもんだから。

 夢野みたいな可愛い〜子には、ちゃんと幸せになってもらわないといけないからね」


「なにそれ、川野君チャラ男でクズなんだ?」

「そうだよ〜。

 知らなかった?」

「知らなかった。

 確かに口は上手いかもね、チャラくないけど」


 なんと夢野は俺のチャラさをわかっていなかった。

「騙されちゃ、ダメだぞー」

 俺は心より忠告すると夢野はまたクスクスと笑ってくれた。


 その日の夜。

 俺は姫乃に連絡を取った。

 2人で話をしたいと。

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