第9話親友の妹とその友達を連れて集団デート

 高野と話込んで昼を食べ損ねるところだったが、焼きそばパンとコロッケパンを口に押し込みナタデココジュースで流し込んだ。


 危うくのどを詰まらせかけたが、ナタデココジュースで事なきを得た。

 ナタデココジュースをくれた姫乃は命の恩人だ、返せない恩ができた。

 元々返せないなにかがすでにあるわけだが、それとは別にして。


 そんなわけで姫乃の願いには全てイエスで応える選択肢しか残っていない。


 これにはもう1つ別の理由もある。


 姫乃と俺の関係を清算するにしても、俺は彼女に大きな傷を残すことになるだろう。

 それを犬に噛まれたようなものと流す気にはなれない。


 その贖罪は一生を賭けて償うものだ。

 どうせ俺という存在は償うべき罪しかないのだからそれが当然だ。


 それはともかく昼からは普通に授業に出るため教室に戻る。

「ナタデココジュースありがとなぁー。

 おかげで命が救われた」


 教室に戻ってそのままにチャラ男モードで、自分の席に座って授業の開始を待っていた姫乃にナタデココジュースの礼を言って金を渡す。

 さらっと自然な感じに。


「命って大袈裟すぎるよ」

 事実だから仕方がない。


 裏の関係はともかく、今となっては姫乃は親友の彼女というだけでもなく友達でもあるのだ。


 声を掛けない方が逆に怪しい。


 しかしなぜでしょう。

 普通の行動なのに、俺たちのこの会話1つ1つがなんだが事実を欺いている感じがしてとても辛いですね。


 それとなぜでしょう。


 やましい気持ちはないのですが、いつも姫乃から甘い匂いが俺の身体に入ってくるんですがどうしたらいいですか?


 もうダメですか、そうですか。


「奢りのつもりだったんだけどね」

 困ったように姫乃は優しく笑う。

 それだけで俺の心臓は締め付けられるのでタチが悪い。


「お金は大事、俺は可愛い子には奢っちゃうけどね?

 もちろんそれは俺の心を満たしてくれるからであって、それ以外は明瞭会計借金なしで」


 あとなによりクズ男に貢いではいけない。

 お金以上に心を失うぞ。


 俺は親からの余分な生活費の他にバイトもしていて、普通よりは自由に使える金がある。


 チャラ男の俺も遊びまくって散財しているかと思えば、記憶を探る限りデート以外で無駄遣いらしいものはない。


 ただしとっても余談だが、姫乃とのラブホテル代はチャラ男の俺が出していた。

 とっても余談だが。


 学生に安い金でもないし、姫乃が不用意にラブホテル代を支払って、小遣いを遣い込み過ぎてバレるのを防ぐという口実でチャラ男の俺が払っていた。


 俺たちの教室での会話はそれだけだ。

 それ以上、目線を合わすことも会話をすることもない。


 翔吾や今年同じクラスになって仲良くなった田中。

「夜中、耐久トーク系ユーチューブをずっと見てた」

 死んだ目で田中がそう言うのを俺と翔吾が顔を見合わせて尋ねる。

「トークすんの?」

「耐久?」


「すっげぇ、どうでもいい話を聞かされてリスナーは眠らずにいられるかという企画。

 俺は……耐えた。

 俺は眩しい朝日を浴びたとき、俺は試練を乗り越えたことを悟った。

 同時に聞くんじゃなかったと思うほど、どうでもいい話を朝まで聞いたことに愕然がくぜんとした」


 田中の死んだ目で語られたその話だけで聞くんじゃなかったと思ってしまった。


 そんなネットや音楽のどうでもいいが興味が引かれる話をして、一生懸命姫乃に視線がいかないようにした。


 前々から俺たちの関係がバレることを警戒して、こういう距離感……ただのクラスメイトとして過ごす。


 こうして裏切りは今日まで続いていたのだ。


 たとえば寝取り浮気してました。

 ハイ、ゴメンナサイ。


 この件がそれで済んだら、むしろそちらの方が大問題だ。


 歪みを正すには一刻も早く真実を告げる、もしくは歪みごと引き受け永遠の罪として抱えるかのどちらかである。


 そのどちらでもあっても姫乃としっかり話をする必要がある。

 真幸にも悪いが、俺が1番守りたいのは自分勝手だろうとやっぱり姫乃のことなのだ。


 歪んだまま関係を続けること、これが1番全てを地獄に引きづり込む。

 それは疑いようのない事実だ。


 本当は何度も夢想した。

 罪が許され姫乃と共に生きられる道を。


 でも、それだけは許されない。


 俺はクズのチャラ男だ。

 どこまでいっても永遠に。

 それはこの血が証明している。





 放課後、校門前で稀李とその友達2人と遭遇。


 そういえば帰りに遊びに行くと言うからオススメの店を案内したんだった。


「恭平さんも行きませんか!」


 稀李は元気よく俺の腕にしがみ付き、その行動を友達2人は驚いた表情で瞬きを繰り返す。

 それだけで学校での態度と随分違うのがわかる。


「この人がキリちゃんの言ってた、恭平さん?」

 友達の2人、先にそう言ったのがアヤナちゃんが黒髪ロングで高1ながら大人っぽい。


「なるほど……、イケメンだ」

 もう1人がユミちゃん。

 メガネをかけて髪を1本にまとめて、どこか文学少女的な感じ。


 2人とも俺が同行するのに嫌悪感はなさそうなので、その申し出を受けることにした。


「稀李ちゃんたちみたいな可愛い子に誘われたら断れないね」


 稀李はぱぁ〜っと花が咲いたような笑顔を見せる。

 表情そのままの態度で可愛いものだ。

 お兄ちゃん的な気分で頭を撫でておく。


「ほほう、これはこれは。

 あのキリちゃんが」

「マンガに出てくるようなお兄さん系の人、初めて見たかも」


 俺は2人に忠告しておく。

「お兄さんはチャラくて悪い人だから気をつけるんだぞ?」


 はーい、と3人がクスクス笑いながら返事をするのを聞きながら俺たちは歩き出す。


 歩き出す前に、玄関の靴箱の影から姫乃の姿が見えた。


 その刹那だけビリッとする感覚と共に2人の視線が交わった気がした。

 それでも俺たちは気付かないふりをして互いに背を向けた。






「実は沖久保おきくぼ先生のテストには攻略法がある!」


 手にあごを乗せながら意味ありげに。

 沖久保先生は1年を担当する英語の先生だ。


 その沖久保先生はある特定構文を必ず1学期最初の中間に出す。

 これはテクニックであり、先生ごとの個性だ。


 数学の先生にも当然、同じようなこだわりがある。

 これは学期末には学期末の攻略法だけどな。


 3人はパンケーキが来る前にメモ用のノートを広げ、俺のアドバイスを一生懸命カリカリと書き込んでいく。


 やがて高1でもすでに人気者であろう3人は、俺の口車に乗せられ、テーブルに身体を伸ばしぐったりしている。


「恭平さぁ〜ん……」

「……まさか、見た目に騙されてこんなテクニックを教えられるなんて」

「もう限界……」


 字面だけ見ると実に問題ありだが、ひと通りの中間試験テクニックを伝えただけだ。


「さ、ここは遅まきながらの入学祝いにお兄さんが奢ってやろう。

 そういうお兄さんは悪い人だから気をつけるように!」


 俺はそう言って立ち上がり有無を言わせず、お会計を済ます。


「そう忠告されても騙されても良いかなぁと思っちゃいますよ」


 アヤナちゃんは苦笑いを浮かべ、ユミちゃんはわざとらしくクイッとメガネをあげる。


「これがお兄さんのテクニックなんですね?そりゃあキリちゃんも引っ掛かるわけだぁ。

 もうこの美少女3人をメロメロにしちゃいましたよ」


 そして稀李は眩しそうに俺を見て言った。

「恭平さんは変わらないですね。

 ずっと優しいのです」


 その言葉は好意のみで言ってくれているのはわかった。

 だからこれを思うのは、ただ俺が歪んでいるだけ。


 そっか。

 俺は転生前のチャラ男の俺と変わらず……クズのままなんだな、なんてな。

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