第10話圧倒的敗北

 可愛い子3人を持ち前のチャラ男テクニックでメロメロ(?)にした後、真っ直ぐに家に戻り俺は部屋に入るなりベッドへ倒れ込んだ。


 そして俺は枕に顔を埋めて、今日1日の反省をする。


「俺はなんということをぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 あろうことかファーストキッスを奪われ、あろうことかセカンドキッスまでも怪盗姫乃に盗まれてしまったのです。


 たった1日でこれだ。

 このままではハートが奪われるのも時間の問題である。


 いや、すでに手遅れ……?

 ば、ばかな!?


 だがそもそも、女っ気と心のゆとりのない30歳童貞が高校生とはいえ、クラスの美少女に抗えると思う方が間違っているのだ。


 それに身体が反応すると心も反応してしまうものだ。

 しかも姫乃は俺に好意的……どころか、ちょっとこうアレじゃね、こうラブ的な……。


 寝取り浮気なのに……。

 親友の彼女なのに……。


 俺は枕に顔を押し付けたまま、思わず頭を抱える。

 正直言って、このままだと永遠の愛を誓えてしまうほど堕とされそうだ。


 ……ただ以前のチャラ男の俺と今の俺は違う。


 いつかチャラ男の俺が目覚めて姫乃の身体をむさぼるだけむさぼって、飽きたと言ってポイっと捨てるのだ。


「……うん、ないなぁ。

 そんなのちょっと可哀想過ぎるだろ」

 ちょっと冷静になれた。


 よくあることだといえばそうだ。

 だが、その手の話を聞くたびに俺はどうにもやるせない気持ちにさせられる。


 姫乃をそういう地獄に堕とすなどあってはならない。

 今の俺たちが真っ直ぐにその地獄に突き進んでいるとしても。


 そもそも姫乃は俺との関係を本当はどう思っているのだろうか?


 今が気持ち良ければそれで良いという快楽主義か。

 それとも寝取り浮気の刺激にやられて擬似恋の快楽にハマっているのか。


 快楽はドラッグや麻薬の快楽にも通じる。

 それに溺れれば待っているのは地獄のみ。


 でも実際、どう思っているかは……。

「なんにもわからんな」

 これが全てだ。


 結局、相手を知るには話をしてみなければどうにもならない。

 恋の熱病は相手を知る前にも発生する。

 だからタチが悪い。


 しかして、たった1日で俺の本音はハッキリとわかってしまった。

 わかりたくもないのに。


 もしかしたらチャラ男の俺も同じことを思っていたからこそ、今の俺も引きづられているのかもしれない。


 それは。

 姫乃を寝取って自分の彼女にしてしまいたい、ということ。

「最悪だ……」


 俺はゴロリと仰向けになり、見慣れているだろうがどこか記憶にない天井を見上げ、俺のことについて考える。


 小学5年のときにばあちゃんが死んで以来、この家に俺以外の人間が帰ってくることはほぼない。


 だから女の子は連れ込み放題である。

 誰も連れ込んだことはないけどよ。


 姫乃ともしもああいう関係ではなく、姫乃も真幸の彼女ではなかったら、今頃どうだっただろう。


 その答えは俺は知っている。

 関わらない、だ。


 姫乃と2人でも話すようになったのは真幸と姫乃が付き合いだしてから。


 クラスメイトでもあり、親友の幼馴染ではあっても俺はチャラい言葉だけは掛けておいて、本質的には距離を取っていたことだろう。


 油断があった、と言ってもいいのだろうか。

 真幸の……親友の彼女だから大丈夫とでも。


 俺自身がチャラ男という危険人物なのだから、近づいてしまえば姫乃のように不幸に堕とされる人は出てくる。

 その意味をチャラ男の俺はどれだけわかっていたのか。


 大切な友情よりも欲望と快楽に勝てなかった。

 それとも、それほどまでに姫乃が欲しかったのか。


 俺の記憶の中に感情は浮かび上がってこない以上、真実はわからないままだ。


「どーにもなりませんねぇ」


 不意打ちのように、耳の奥に姫乃の声が響く。


『恭平くん』


 恭平『くん』は君でも、クンでもなくささやき染みるような『くん』。

 残響だけならまだしも、同時発生的に姫乃を抱いたときの脳を溶かすほどのやらかな感触すらも脳内は再現させる。


 くぁぁああああ、まったくこの若い肉体は肉欲に関してどうしようもない。

 あえて言葉にするのはどうにか止めよう。

 ああ、とどめてみせるとも。


 ……っていうか、無理!


 そんなことを思いつつ、俺は完全に正気ではなかったのだろう。


 なにやら電話を発信する音が耳に響く。

 いつのまにか手にしたスマホの画面には水鳥姫乃の名前をコールしていた。


「あっ……」

 ヤベっと慌ててスマホを止めるべき持ち替えるが、なぜか手が滑ってコールを止めるボタンが押せない。


 指が震える間に画面が切り替わった。

 通話が繋がった。

 白くなる頭。

 もう電話を掛けなかったことにはならない。


 向こうからは言葉を発しない。

 だから俺は……。


「はろはろ〜、姫乃?

 ごめんね、間違えちゃったぁ」

 陽気に気軽にチャラ男らしく。

 顔は相手には見えないけれど、いつもの軽薄な笑顔を貼り付けて。


「電話、掛けてくれるんだね」

 どこか苦笑するような響きで、数時間ぶりに聞いた姫乃の声が俺の中に染み渡ってくる。


 まったく、この欲にまみれた身体はほんとに。

「いま大丈夫?」

「……ちょっと待って。

 ……うん、いま布団頭から被ってるから」


 暑くない?


「姫乃もベッド?

 俺も俺も。

 一緒のベッドに入ってるみたいじゃないかぁ?」


 おい、オートモード俺。

 なに言ってやがる。


「……うん。

 同じ布団。

 悪い子、だね」


 ゾクゾクと背中に快感が走る。

 ヤバい、これ以上は精神的にヤラレてしまう。


「俺ちゃん、超寂しくてさぁ。

 ちょっと姫乃の今の顔とか送ってくんない?

 ちょっとで良いからさぁ〜?」

「なにに使うの?」

「そりゃあ、俺ちゃんの心を姫乃の顔で慰めるんよ?」


 どこまで本気で言ってるのか、俺の口を通してほざくチャラ男の言葉の真意などわからない。


「……恭平くんも送ってくれるなら」

「送る送る〜。

 大切に使ってね!」


 なんでこっちにも要求するのかさっぱり意図はわからないが、交換条件にしては等価ではないと思うのだが、そんなので良いのだろうか?


 そう思うが、疑問を口にすることもなくチャラ男の口は同意を返す。

 姫乃は鈴が鳴るような心地良い響きで呟く。

「今日、学校で……」

「うん、学校で?」

「キス、しちゃったね」


 ゾクゾクゾクゥゥウウウウと快感が耳から入り込み全身に回り込む。

 ウィスパーボイスでささやかれたそれは、俺に姫乃との唇の感触を思い出させた。


 抱きたい!

 姫乃をどうしようもないほど抱きしめたい。


 身悶えするほど、どころか身悶えして部屋をゴロゴロと転がってしまいそうだ。


 このままずっと声だけでも聞きたいと思うほどに身悶えしていた。


「このままずっと姫乃の声、聞いてたいなぁ〜。ちょっと寝るまでスマホ横に置いててよ?

 姫乃の寝息を聞きながら俺も寝るからさぁ〜?」


「画像送れないよ?」

「それは困るなぁ〜、姫乃の画像を見てないと俺、寝れそうにないからなぁ〜?」


 声聞かないと寝れないのか、画像がないと寝れないのか、どっちだよ!?


 そのどちらにしてもこんなチャラ男の会話に付き合う姫乃は、やっぱり隙がありすぎなんじゃないのか?


「俺との会話に付き合ってて平気?」

 なぜかそんな疑問はチャラ男フィルを通さず、そのまま姫乃に伝えてしまった。


「……ダメ?」

「ダメかダメじゃないかといえば……きっとダメなのだろうな」


「恭平くん」

「ん?」

「……」


「ごめん、聞き取れなかっただけだ

 もう一度お願い」

「ううん、ありがと。

 ……またね」


 その最後の『またね』の響きがいつまでも俺の耳に残った。


 すぐにピロンと通知音と共に、枕を背にした姫乃の画像。


 口元に軽い微笑を浮かべたそれは。

 愛しい人に向ける、はにかくむような笑顔だった。

 彼氏の友人には見せるべきではないし、俺が持っていい写真でもなかった。


 対抗するように俺もチャラ男らしい、横向きピースポーズで決めた顔を姫乃に送る。


 それはすぐに既読が付いた。


 その後に5文字ほどのメッセージが返ってきたが、それは俺がその言葉を理解する前にすぐに消された。


 会話1つで恋人同士のようなやり取りをしながら。

 俺たちはどこまでいっても裏切り者の関係だった。

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