第7話やっぱり俺はダメかもしれない

 学校内に人気がないスペースというのは、どこかしらにあるものだ。


 その場所というのが、また適度に花壇に花が咲き誇っている場所だというのだから、花を愛でる心を高校生たちには是非養っていただきたい。


 さて、そんな場所だがこれがよくある寝取りストーリーならば、さらに盛り上げるためにここで怪しい第3の寝取り男が登場してくるのだ。


 そして事態は救いようのないドロドロに堕ちていく。


 いっそ、その方が良かったのではないか?

 自分勝手な心が言い放つ。


 その第3の男になびく程度の女性なら俺はいらない。

 転生前の30歳童貞の自分なら、そう冷徹に傲慢に言い放てただろう。


 でも今の自分はどうだろう?


 自販機の前でナタデココのジュースの缶を持って、俺が近づいてくるのを佇んで待っている姫乃を見ていると、いまだに姫乃がそういう浮気を良しとするタイプに見えない。


 ついでに言えば、彼女の周りにある花壇の草花も輝いて見えるのだから俺の目はいま絶対におかしい。


 じゃあ、姫乃のことを俺はどれだけ知っているかといえば、何度も身体を重ねておきながら大したことを知らないのではないかとも思える。


 だからこれは多分、相当、間違いなく俺の願望が入っているけれども!


 そういうやつがそもそもチャラ男に寝取られたりしないだろ、と至極真っ当で冷静な事実が俺の頭の中で主張する。


 俺という少年の心はとても純真で複雑なのだ。


 姫乃を見て、ひどく浮き立つ自分がいる。

 冷静な自分がそれを遠くから眺める。

 こんなことは終わらせないといけない、そう呟きながら。


 さてその結果、心にこびりついた姫乃という存在を俺から引き剥がすとどうなるか?

 今の俺だと自らの自我も保てないぐらいに落ち込むかもしれない。


 以前のチャラ男の俺なら、適当に遊んだら捨ててやろうとぐらい思ってたことだろうけど。


 だがそれはどうでもいい。

 大事なのは俺よりも……。


 俺はウダウダと考えながらも一歩一歩確実に姫乃の元に近づいている。


 この足はどこに向かっているのかなぁ〜?


 ええ、そうですよ、そうなんだよ!(逆ギレ)

 この身体は姫乃大好き過ぎんだよ!


 もちろん俺が、ということじゃない……と思いたい。


 まだな、多分、でももしかしたら……いやいや、まだイケる!


 もう手の届く距離まで近づいて柔らかな笑みで俺の目を見ながら、姫乃は艶やかな唇を開く。


「調子良くなった?」


 彼氏彼女で同じ言葉を掛けてくるんだから、心が通じ合ってるんだろうなとか、そんなことを思って嫉妬してしまった。


 心配してくれている相手にこういうところで嫉妬しているのだから、自分のクズさ加減が嫌になる。


 これこそが恋という熱病の恐ろしさ。

 変に浮き足立つし、わけがわからない嫉妬とかするし。


 こうして改めて考えてみると、俺は姫乃のことをなにも知らない。


 親友と呼ぶ真幸についてもどれだけ知っているのか、そもそも姫乃とどこまで……関係を持ったのか。


 そこに俺の心の悪魔チャラ男が囁く。


 良いじゃん、誰かが見てるかどうか気にせず今すぐ抱きしめて唇を奪って、なにもかも壊して親友の彼女を奪ってしまおうぜ?


 どうせすでに寝取り浮気は行われているんだ。

 ただそれを吐き出すだけ。


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、俺の目をジーッと見つめていた姫乃が、自然な動きで背伸びをして俺の唇に自分の唇を触れさせた。


 触れるだけのキス。


「いま誰もいないから。

 ナイショ、ね?」


 先程触れた唇に可愛く指を1本立てて微笑する。

 先手を取られて俺は崩れそうになるのをグッとこらえた。


 だから、その顔を浮気相手に見せてんじゃねぇー!


 彼氏にも見せてるだろうけどよぉ。

 ……それはそれで凹む自分が嫌だ。


 逆にもっと傲慢にクズチャラ男らしくいくべきか?

 そもそもクズのチャラ男は相手に対して、最初は優しかったり的確なアドバイスをしたりして、少しずつ罠に嵌めていく。


 姫乃のあごを掴み、こちらにグイッと向けさせる。

 姫乃は突然の俺のやや乱暴な仕草に……目を閉じた。


 違う、そうじゃない!

 姫乃、もう堕ちてないか?

 そりゃそうか、すでに肉体関係も1回や2回ではない。


 何回かははっきりと覚えていないが、下手したら彼氏である真幸より多い……って、彼氏ともそういうことをしてるだろうと考えただけで凹むな、俺!!!


「真幸ともこういうことしてるか?」


 ついに言ってはならんことを口走ってしまった!

 してるに決まってる。

 俺はマゾか、マゾだったのか!?


 寝取り浮気はそれだけ不毛だということであり、焼け野原でぺんぺん草も生えない。

 ぺんぺん草がどんな草か知らないけれど。


「……してない。

 恭平くんとだけ」


 それはそれでダメだろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 俺は思わず自分の胸を押さえる。

 待て、落ち着け。

 以前のチャラ男の俺なら、ここで動揺するのは変だ。


 だが、そもそも俺が転生して以前のチャラ男恭平と違うことをバレてはいけないものなのか?


「恭平くん、……だよ」

 姫乃が何かを言った。


「ごめん、いまなんて言った?

 聞いてなかった、悪いな」

 俺は咄嗟にチャラ男モードを発動。

 悪気なさそうにニッと笑って見せる。


「ううん、なんでもない。

 これあげるね」

 姫乃は静かに首を振り、俺にナタデココのジュースを手渡した。


 僅かに触れた指先がビリリとした気がした。

 その触れた手を離してはいけない、そんな気持ちにさせられながら。

 触れてはいけない相手のくせに。


「じゃあ、またね?」


 あの日と同じように、姫乃は名残惜しげに少しだけ振り返って微笑んだ後、真っ直ぐにその場から駆けて行った。


 要するにこのナタデココのジュースは初めから、俺のためにわざわざ買いに来てくれたということだ。

 親友の彼女が、わざわざ。


 その背を見送って、校舎の影に見えなくなると俺はひざまづいて頭を抱えてしまう。


 そうやって去っていった親友の彼女である姫乃は、やっぱりとんでもなく可愛いかった。


 俺は身体の奥底から突き上げる衝動を誤魔化すために声を出さずに、心の中で精一杯とにかく無意味に叫ぶ。


 ちくしょぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 やっぱり俺はもうダメかもしれない!!

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