第6話なんとなくいる気がした
保健室のベッドという名の楽園から追い出されたら、ベストタイミングで昼のチャイムが鳴った。
全ては予定調和だったのか!
いえいえ、偶然ですよ?
目覚めたら昼だっただけで。
腹時計のせいかな。
若さゆえにお昼ご飯を食べろと身体が言うのだ。
若いってすごいね……。
30歳でもお腹は空くよ?
ブラック企業勤めは時間通りにメシ食えることが少ないから、腹時計のリズムが狂うわけだけど。
夜に至っては食うべきか、寝るべきか、ネットやアニメを見るべきかの選択だ。
ネットやアニメは心の栄養……になってたかどうか、いまではわからないけれど。
真っ直ぐに食堂目がけて歩いて行ったのだが、教室よりも保健室の方が直線上にあって近いはずなのに、食堂はもう人で溢れて座れない様子だ。
いまさらこの満員電車の如く混雑する食堂という名の戦場に突っ込む気には当然なれない。
定食のメンチカツが絶品で、他もどれも手頃な値段。
ラーメンも安いがいつも伸びていて。
それだけは微妙、でも人気だ。
友達同士で連携して席を確保するため、ボッチだととても入りづらいのが問題だ。
食堂の横の売店で焼きそばパンとコロッケパンを買って、どこかでひっそりと食べようと思う。
廊下に溢れる若人たちの楽しそうな声を聞き流しながら、できるだけ人のいなさそうな場所へと足を伸ばそうと歩き出す。
「調子良くなったか?」
「ぼちぼちだねぇ〜、マキちゃん先生のお部屋でベッドに入ったからぐっすりよ」
彼女である姫乃にでも聞いたのだろう。
ふいに声をかけてきた相手、真幸に俺は意味ありげにそう返す。
保健室で寝てたことを怪しく言い換えただけ。
こういう言い方がどこかチャラい。
我ながら勝手に口から出てくるのだ。
「そういう真幸はどうした?
弁当あるだろ」
真幸は姫乃に弁当を作ってもらっている。
そうは言っても、朝に渡しているだけで毎日姫乃が真幸と一緒に食べているわけではない。
真幸の家は母親を中学のときに病気で亡くしてから、程なくして真幸と稀李の弁当を姫乃が作っている。
恋人だから作ってるわけではなく、昔ながらのよしみ、つまり由緒正しき幼馴染関係ゆえにだ。
2人が付き合いだしたのは去年の夏頃からで1年ほど前から。
弁当は高校に入ってからなので、それより前だ。
なので弁当代も真幸の父親から親経由で貰ってるそうだ。
家族ぐるみで仲が良く、真幸の母親と姫乃の母親が昔からの親友だったらしい。
チャラ男の俺が姫乃と関わるようになったのは、真幸と姫乃が付き合いだした後で、姫乃との寝取り浮気が始まったのは半年ほど前。
その関係に致命的なヒビを入れているのだから、チャラ男恭平の罪は言葉通り万死に値する。
気のせいか、お腹痛くなってきた。
なんで俺がこんな目に……。
真幸の彼女とキスしちゃったので、彼の目をまともに見れません。
ストップ俺、それは考えちゃダメだ!
考えないといけないことだけど今だけはダメだ。
ストレスで吐き気がしてきた。
真幸は焼きそばパンとお茶を持ち上げてみせる。
「追加の品をちょいとね、大丈夫か?
顔色悪いぞ?」
「大丈夫、委細問題ない」
ちょっとあなた様の彼女と関係がありましてね……なんて言えるかぁあああ!
「ほんとだね、いつも元気な川野君らしくないね?」
俺と真幸が話している横合いから入ってきたのは、姫乃と仲の良い
「俺、そんなに元気キャラだっけ?」
元気っ子でいえば君の方が元気っ子じゃないか。
インターハイ前に早期引退をした元バスケ部の明るい笑顔が魅力の子だ。
まさか真幸と示し合わせて食堂に来たわけではないだろうから、偶然俺たちを見掛けて声をかけたのだろう。
去年は同じクラスであり、姫乃を加えた4人でよく遊びにも出掛けていた。
いまは真幸と同じクラスで、俺は姫乃と同じクラスに別れている。
このクラス分けに悪魔的な匂いを感じるのは、スネに傷を持つ俺だけだろう。
恋心はどうにもならないとはいえ、どうしてこうなったと言わんばかりだが、さらに夢野は真幸のことが好きだ。
もちろん、ちょっとしたきっかけで俺が知ってしまっただけで、真幸も姫乃もそんなことは知らない。
俺もそれを誰かに言いふらすことはない。
それに夢野は俺と違い、真幸たちを応援こそすれ邪魔をしたり想いを告げることもない。
まさに出来た娘さんである。
しかし、この手の男女4人集まるとマンガや小説じゃあるまいし、こんな複雑怪奇な恋愛になってしまうのはなぜなのか。
他人事なら、このリアル充どもがァァアアアアア、と生ぬるい笑みで見てられるのに、当事者のど真ん中なのでいっそ泣きたい。
自分勝手に心を安らかに保ちたい俺は早々に心配してくれた優しい2人と別れ、人気のない倉庫裏の方に向かう。
倉庫裏といっても地味っと陰気な気配などはなく、中庭的な花壇の植え込みもあり落ち着きのある場所だ。
別に幽霊的なアレコレも悪い噂もないが不思議と人は来ない。
そもそも存在を知っている人自体が少ないのだろう。
思っている以上に高校生はこういう隠れ家的なスペースには寄り付かないし、探したりしないものなのかもしれない。
俺がここのスペースにたまに訪れる理由は、ここにある自販機にしか俺がお気に入りのナタデココジュースがないからだ。
そして、居た……。
いましも自販機からナタデココジュースをとりだした姫乃は俺を見て、幼馴染モードの笑みを浮かべ周囲をそれとなく確認した後に。
俺だけに見せるふわっとした微笑を浮かべた。
もう、ね。
まともな人生ってやつ、諦めていいかな?
寝取り浮気相手が可愛い過ぎ。
そんでもって。
な、ん、で、ここで遭遇する!?
……まあ、ぶっちゃけると居そうな気がした。
俺もお気に入りのナタデココは姫乃もお気に入りだったりもする。
そしてそれはこの人気のない倉庫裏の自販機にしかないのだ。
保健室からここまで途中食堂に寄ったが、教室に戻りもせずに真っ直ぐに身体はここに向かった。
俺もなんとなく感じる気配をそのままに歩いた。
姫乃が彼氏である真幸にもそんな笑顔を見せているのだと思うと、気が狂いそうになるのはきっと俺が女性経験がないせいだろう。
チャラ男恭平がそういうことで悶えてた記憶はない……と思う。
記憶の中ではその辺りの感情はまるで思い出せないのだ。
完全な別人だからか、それとも思い出してしまうと耐え切れなくなるからか、それはわからないが。
いやいや、チャラ男恭平のことより俺が現在進行形で悶え苦しんでるのは納得がいかないが!?
そういう相手なんだよと気にしなければ良いのだろうが、俺の願望というかイメージでは姫乃は誰にでも誘惑するようなことはしない。
俺の中で理想の姫乃を産み出しては、俺の心の柔らかいところを竹槍で突いてくるのだ。
やめなさい心に中の俺!
鉄より刺さりづらいけど竹槍が刺さった方が死亡率高そうな気がするから。
ささくれの差で。
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