第37話 心を守り抜け⑩


 放課後、心と俺は一等地の繁華街を歩いていた。

 学生が歩くにはアウェー感があったが、心は馴染んでいるように見えた。


「心、体調は大丈夫か?」


「え? はい。大丈夫ですけど」


「今日だけで交通事故に巻き込まれそうになったり、火傷を負ったり、熱中症になったりと散々な出来事が重なっているんだ。少しでも体調が悪いとなれば俺は心配なんだよ」


「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですよ。元気です」


「な、ならいいんだけど、少しでも異変を感じたらすぐに訴えてくれ。手遅れにならないように」


「今は安定していますので問題ありませんよ。ただ、糖分を欲しています。食べれば元気になると思います」


 そんな単純なものだったらいいのだが、何かあれば俺の責任だ。充分に注意を払わなければならない。


「あ、ここですね」


 心が立ち止まったのはおしゃれな雰囲気のケーキ屋である。

 華やか過ぎて男の俺には一歩距離を置きたくなる場所に感じた。


「ここは海外で修行した一流のパテシエが経営する店なんです。どれも美味しくて評判なんですよ。ただ値段が張っていてなかなか手がつけられないのと人気が故にすぐに売れ切れてしまうことから食べたことがない人が多くいます。しかし、今日は抽選で選ばれたグループだけが入れるバイキングデーなんです。これはもう奇跡とも言えます」


「へ、へー。そうか。それは良かったな。じゃ、俺は店の外で待機しているから何かあったら声を掛けてくれ」


「あら? 桃矢さんもご一緒になられないんですか?」


「いや、元々女子会を兼ねているんだろ? 男の俺が入る訳にはいかないよ」


「今日集まるメンバーには了承を得ていますよ。丁度、一人不参加の方がいましてその穴埋めに桃矢さんもご一緒にって言われましたので」


「いや、でも俺がいたら女子会にならないし、やっぱり遠慮しておくよ」


「そんなこと気にしなくてもいいのに。皆、良い人ですぐ馴染めると思いますよ?」


「いや、そういう問題じゃなくて……」


 俺は苦い表情を浮かべて外方を向く。それを見た心は察したように言う。


「もしかして桃矢さん。甘いものが苦手でした?」


「いや、苦手とかではないんだ。むしろ好きな方というか」


「あら、ならどうして?」


「その、健康的な問題で。俺、そういうの食べるとすぐ太るんだ。筋肉を売りにしているのに太ったら元も子もないだろ。だから太らないように極力甘いものは控えているんだ」


「あぁ、そういうことでしたか。すみません。何も知らずに誘ってしまって」


「いや、こっちこそごめん。俺個人の意地のせいで」


「いえいえ。気にしないで下さい。しかし、マッチョは大変ですね。好きなものを好きな時に食べられないなんて」


「まぁ、それがマッチョの使命ってやつだよ。ははは……」


「しかし残念ですね。今回の機会を逃すと二度とここのスイーツが食べられないかもしれません。一流のパテシエの店で食べ放題できるなんて今後訪れないかもしれませんね。あー本当に残念です。私だけ堪能しちゃって申し訳なく思います。でも安心して下さい。一流の味は口に出来ませんが、どんなものだったか写真と私の口から伝えますので」


 二度と。今後訪れない。そのワードが俺の頭の中で何度も流れた。


「それでは桃矢さん。一流を堪能してきますね」


 心が店の中に入ろうとしたその時、俺は声を掛けた。


「待ってくれ。心」


「はい?」


「お、俺もご一緒していいだろうか?」


「はい。勿論です」


 まんまと心の口車に乗せられてしまった。

 しかし、仕方がない。一流のスイーツだ。興味を唆られた。

 スイーツ男子(自称)の心に火がついてしまった。

 大丈夫。健康面に関しては今日をチートデイにすればなんとかなるだろうと高を括る。

 店内に入るとオシャレなインテリアが立ち並ぶ。

 まさに選ばれた者だけが入店を許された場所にふさわしい。


「あ、あの席ですわね。皆さん。お待たせしました」


 そういえば、心って学校では理事長の娘として同級生から一角を置かれる立場である。

 心と対等に接しているのは美紗都以外いないと思っていたが、他にもそんな存在がいたのだろうか。

 先に席に座っていたのは二人の女子である。


「心。先に始めちゃったよ」


 一人はベリーショートでオレンジ髪の美少女。

 整った顔でキレイ系といったところだろうか。座高が高く高身長だ。


「んー。ホッペタ落ちそう!」


 一人は黒髪でツインテールの美少女。

 幼い顔つきで妹属性が強い女の子である。小柄で細いが健康的な肌ツヤをしている。


 二人の女子は見たことがない人である。

 それは無理もない。二人は他校の制服を着ている。

 あれは確か私立花園渚女子学園の制服だ。都内でも有名なお嬢様学校として知られる。

 男からしてみれば憧れの聖地とも言える。

 そんな二人のお嬢様を前に俺は呆然としていた。


「桃矢さん。まずは座りましょう。確か、お二人とは初対面でしたね。紹介します」


「あ、あぁ」


 俺は二人の向かい側に心と並んで座る。

 スイーツバイキングを手前に俺はスイーツどころではなくなった。

 心級の美少女が二人。アウエー感が更に高まっていた。

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