第35話 心を守り抜け⑧
寄り道をしてしまった俺は全力で心を追いかけていた。
全ては真面目に授業を受けない生徒のせいで振り回されてしまった訳だ。
「おかしいな。全力で走っているのに全然心に会えない。もしかしてもうゴールしちゃったとか?」
グングンと走る生徒をごぼう抜きしているにも関わらず、心の姿がないことに疑問を持ち始めていた。
「あら。菊池くんじゃないの」
とある生徒を抜いて声を掛けられたことで俺は足踏みをしながら振り返った。
「おう。委員長」
佐伯佐保だ。真面目に走っているが、どうも足が遅いのが気になった。
「私、委員長でもなんでもないけど」
「雰囲気的に委員長って感じだからつい」
「せめて名前で呼んでほしいところね。菊池くん、あなた不参加って聞いたけど参加しているの?」
「いや、そう言う訳じゃないけど。そうだ! 佐伯さん。心は通らなかったか?」
「天山さんなら雨宮さんと全力で走り抜いて行っちゃったよ」
「やっぱりまだ先だったか。ありがとう。俺、急ぐから」
そう言って先を急ごうとした時だった。
佐伯は完全に立ち止まってしまう。
「佐伯さん?」
「気にしないで。少し疲れただけだから」
引きずっている左足が気になった俺は佐伯さんの靴下を捲った。
すると左足首が赤く腫れていたのだ。
「少し捻っただけだから」
「いや、滅茶苦茶痛いだろ。これ」
「大丈夫だよ。痛いことには変わりないけど、歩けないほどじゃ……わ、わわわ。ちょ、菊池くん。あなた、何をやっているの!」
俺は佐伯さんを背中でおぶった。
「ゴールまで運んでやる」
「待って。恥ずかしい。私、汗臭いかもだし。それに重いから」
「そう言う私情は捨てろ。怪我人なんだから黙って運ばれろ。それに鍛えているから問題なし!」
「何よ。強引なんだから」
「しっかり捕まっていろ。先を急ぐから」
「え? ちょ、何で走るのよ! いやあああぁぁぁ」
佐伯さんの叫びが風を切る音で聞こえないくらいに俺は走った。
大きな拾い物をしてしまったが、心から離れてしまった罪悪感が優っていたのだ。
それよりも背中に弾力のある膨らみが気になってしまう。
「佐伯さん。意外と胸あるね。何カップ?」
「そう言う私情は捨てろ!」
佐伯さんは全力で俺の首を締めた。
「ぐっ。苦しい! すみませんでした。放して!」
余計なことを言ったせいで思わぬ攻撃を受けることになる。
それでも足を止めることは出来なかった。
「もうすぐ学校だ。もうゴールした人いるかな」
「さぁ。どうだろうね。少なくとも天山さんはしていないと思うけど。それより汗すごいけど大丈夫? 少し休憩したら?」
俺の額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
「大丈夫。それより俺の汗が付いちゃうな。あんまり身体を密着しないようにした方がいいよ」
「別に菊池くんの汗だったらいくらでも付いてもいいけど」
佐伯さんは呟くようにそう言った。
それはどう言う意味だろうか。まぁ、少なくとも変な意味ではないと思うが、おそらく気を使ってくれているのだと思う。
そんな状態のまま学校の中へ入った。既にゴールした人は複数いる。
上位三人は決まってしまった後だった。
「あれ、天山さんじゃない?」
佐伯さんが指で示す方向には誰かが倒れている姿があった。
「心?」
心はゴール付近で倒れ込んでいる。怪我でもしたのか。苦しそうに息を吐く。
「おい。心! 大丈夫か」
俺の呼びかけに心はうっすらと目を開けた。
「桃矢さん。やりましたわ。私、上位三人に入れましたの」
「え? 本当か?」
「アンラッキーデーなのにラッキーなことが起こったのは初めてですわ」
「それより心。そんな地面に寝転がって汚れるぞ」
「お嬢様にあるまじき行為でしょ? ですが、残念なことに心はもう動けませんのよ」
「どこか怪我でもしたのか?」
「……疲れましたの。おそらく人生の中で……一番全力で走ったかもしれません」
ただのバッテリー切れか。それにしては行き過ぎている気がする。
何か俺が居ない間に起こったのだろうか。その原因はすぐに判明することとなる。
「天山さん……。もしかして」と佐伯さんは何かを察したように俺の背中から呟く。
「もしかしてって何さ」
「菊池くん。軽い熱中症よ。今ならまだ間に合う。急いで身体を冷やした方がいいかも」
「それは大変だ!」
俺は心と佐伯さんを担いで保健室へ向かった。
今日は晴天だ。おまけに昼からグングンと気温が上昇している。
こんな日に全力で走ったら熱中症になるのも無理はない。
そういえば俺も頭がクラクラする。今更ながら自分の体調を自覚したのだ。
当然ながら本日の授業の参加はできなかった。
(と、言っても残り一限なので大した影響はない)
放課後まで仲良く保健室で安静を要することとなる。
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