第34話 心を守り抜け⑦


 引き返して公園の中に入った俺は不正者を目撃する。

 ガコンッと公園内にあった自販機でジュースを買っていたのだ。


「おい! お前たち。何をしているんだ」


「やべっ! 見つかった……って誰かと思ったら菊池じゃないか」


 そこにいたのは同じクラスの仲良し三人組の男子だ。

 飛渡ひわたり佐井村さいむら小竹こたけでうちの学校では珍しい不真面目な生徒である。

 以前、球技大会の前日に食中毒を引き起こした中心にいたのがこの三人である。


「こんなこところ何をしているんだ。不正をしようとしているなら悠長だな」


「不正? 別にインチキして勝とうとしていないよ。俺たちは諦め組だ」


「諦め組?」


「こんな意味のないイベントに本気になれないってことだよ。俺たちは適当に時間を潰して頃合いを見たら疲れた演技をしてゴールに行くつもりだ。菊池もそのつもりでここに来たんだろ?」


「俺は元々参加していない。お前らが公園に入って行くのを見たから注意しに来ただけだ。見張り役としてな」


「それはご苦労なことで。俺たちのことはチクらないでくれよ。最初から本気になるつもりはないからさ」


「悪いがそういう訳にもいかない。今、ちゃんとコースに戻って真面目に取り組むなら見逃してやる。だが、ここで駄弁るつもりなら報告させてもらう」


「お、おい。硬いこと言うなよ。別に誰にも迷惑を掛けている訳じゃないんだ。大袈裟なんだよ、お前は」


「おい。飛渡。菊池は真面目の塊だよ。あの天山さんの付き人だし、冗談が通じないんだよ。ひょっとしたら教師に見つかったよりも面倒かもしれないぞ」


「ぐっ! 分かったよ。コースに戻ればいいんだろ? 行こうぜ。あいつとは仲良くなれそうにないや」


 三人組は渋々と吐き捨てるようにコースに戻っていく。


「こっちとしてもお断りだぜ。全く、どうしようもない奴らだな」


 俺は心を追いかけようとしたその時だ。

 再び公園内に生徒が入ってくるのが見えた。


「またかよ。次は誰だ……ってあいつかよ」


 鳴川史須人だ。自分中心に世界が回っていて誰からの意見も受け入れないと面倒な奴として有名だ。俺としてもあいつを説得するのは至難である。


「おい。鳴川、何をしているんだよ」


「おやおや、誰かと思ったら菊池くんじゃないかい。君もここでティータイムを楽しむつもりかい?」


「そんな訳ないだろ。俺はお前みたいな不正者の見張り役だよ。さっさとコースに戻れよ」


「それは難しい相談だよ」


「な、何?」


「僕は疲れたんだ。ここで水分補給をしないと死んでしまう。君は僕の生命維持を邪魔すると言うのかい?」


「何を言っているんだ。お前は。水分補給って汗一滴も掻いてないし、疲れているように見えないぞ。むしろ涼しい顔をしているじゃないか」


「それは君の感想だろ? 僕は疲労で死にそうだ。今すぐ水分補給をしないければ死んでしまう。君は僕を見殺しにしようって言うのかい? 随分薄情だね、菊池くん。見損なったよ」


「あのな、そんなにペラペラ喋れて何が死にそうだよ。ただここで軽く一服したいって見え見えなんだよ。お前のことだ。ここでマラソンが終わるまで時間を潰すつもりだろ。どうなんだ? えぇ?」


 俺は少しイライラしていたこともあり、乱暴な口振りになっていた。

 ここまで会話だけで人を苛つかせる奴は鳴川の他に見たことがない。


「とにかく僕は水分補給を優先させてもらうよ」


 そう言って鳴川は自販機に向かい、ロイヤルミルクティーを買った。


「おい。水分補給するのにそんな甘ったるい飲み物を買うバカがどこにいる? 結局、優雅に休憩したいだけだろ」


「んー。本当だったらカフェで水分補給をしたいところだが、生憎この付近にはそう言った場所がない。仕方なく自販機で済ませてしまうことが心残りだよ」


 俺の話を全く聞いていないようで鳴川はロイヤルミルクティーを飲み始めた。


「おい。鳴川!」


「んー。これは僕好みの味じゃないな。菊池くん。君にあげるよ。感謝すると良い」

 そう言って鳴川は俺に飲みかけのペットボトルを差し出した。


「いらないよ! それよりコースに戻れ! お前がここでサボっていたって報告するぞ」


「それは君も同じじゃないのかな? 報告すると言うことは必然的に君も同罪だ」


「残念でした。俺は今回不参加で見張り役なんだ」


「なるほど。なら僕も見張り役をさせてもらうよ。これでサボりに該当しない」


「勝手に決めるな。頑張らなくてもいいからせめて真面目に取り組んでいる風で走ってくれよ」


「ふん。やはり君とは話が通じ合いそうにない。君が居ては優雅なティータイムが台無しだ。それに僕に相応しいドリンクがない。他を当たることにしよう」


 仕方がなくと言った感じで鳴川は一旦、コースへ戻った。

 鳴川と話が通じる人は誰も存在しないと思う。結局は自己中心的なのだ。

 どこかでまたサボりそうで心配ではあるが、最後までマラソンに取り組むことを祈るばかりだ。


「あ、しまった。こうしちゃいられない。早く心を追いかけないと。余計な時間を喰っちまった。待っていろよ、心!」


 ようやく俺は見張り役としての使命から解放された。

 そして次にやるべきことは心のボディガードだ。

 何も起こっていないことを祈りながら全速力でコースを走り抜けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る