第33話 心を守り抜け⑥


校庭で学年マラソンについて体育教師から説明があった。

各地点に分かれてスタートされること。

そして上位三名に銀の星を付与されること。

大まかなルールはこれら二点だが、マラソンが街中を走ることになる。

地元住民への配慮を忘れない。それは最低限のルールとして言われた。

但し、不正があった者にはペナルティーとして罰則があるというが、その内容まで語られることはなかった。まぁ、それなりに重い罰を受けることになると思う。

説明の後、生徒たちは各スタート地点で散りばめられた。

俺はC地点へ向かう。その地点は河川敷だ。


「あら? 何であなたがここにいるわけ?」


 そう声を掛けたのは美紗都だった。


「俺は今回不参加だ。心のボディガードに徹するためにな」


「ふーん。通りで。でもいいの? せっかくの星獲得チャンスを棒に振って」


「大したことないさ。また別の機会で頑張ればいい」


「強者の自信ってことか。いいわね。優遇されている人は。私みたいな凡人にとってこういうイベントの積み重ねが命懸けだっていうのに」


「相変わらずお前は嫌な言い方しかしないな。そんなんじゃ周りに嫌われるぞ。もう少しうまくやらないと誰も相手しなくなるぞ」


「余計なお世話。私がこういう態度は菊池くんと心だけ。他の人には愛想よくやっているんだから。意外とね」


「どうだか。まぁ、お前も頑張れよ。俺はボディガードと共に見張り役で忙しいからさ」


「見張り役? あぁ、不正がないかってやつ? へぇ、あなたそんなことまでさせられているんだ。ご苦労様。じゃ、精々頑張ってね」


 颯爽と美紗都はスタート位置に向かった。


「相変わらず可愛げがない奴だな」


「ははは。あれが美紗都ですから。不器用なだけですから大目に見て下さい」


 心はフォローするように言う。


 学年全体が揃うのは球技大会以来だ。よく見れば見慣れた顔がいる。

 だが、Cということは平均よりやや低い位置にいるため、ここに集められた人は運動が苦手な部類だ。それでも成績が優秀な人がちらほらいた。


「そろそろ時間だな。心、無理だけはしないでくれよ」


「はい。勿論です」


 各地点を担当する教師からスタート合図が行われる。


「位置について! よーいどん!」


 合図とともにC地点の生徒たちは一斉に走りだす。

 心もその流れで走った。

 俺は生徒の邪魔にならないようにコースの外側を走りながら心を見守る。

 マラソンというのは長距離だ。長距離の走り方があるのだが、無鉄砲に全力で走る者やペース配分を考えなふがら走る者と分かれた。


「ちょっと。心。私の横を走らないでくれる?」


「美紗都が私の横を走っているんでしょ? あなたがどこか行きなさいよ」


「私はペース配分を考えて走っているのよ。仲良しみたいだから先行くか後ろに下がるかしてもらえる?」


「私はこのペースをキープしているの。嫌だったら美紗都がどっちかにしなさいよ」


「はぁ? 私に指図のつもり?」


 走りながら美紗都と心は言い争っていた。なんとも無駄な争いだ。

 だが、その言い争いを遮るように一人の生徒が二人の間を颯爽と走り抜けて行く。


「な、なに? 今の? 速過ぎて見えなかった……」


「後ろから来たってことはAかB地点の人じゃないかな?」


「え? ありえないでしょ。こんな短時間でここまで辿り着くなんてどこのアスリートよ」


「そういえば聞いたことがあります。うちの学年で駅伝に出場している選手がいるって。確か名前は……」


早杉駿速はやすぎしゅんそく」と俺は横から口を挟んだ。


「桃矢さん。よく知っていましたね」


「たまたまテレビで見たんだよ。うちの学校で凄い選手がいるんだなって」


「はは。じゃ、上位三人のうち彼は確定で入るってことか。最初から無理ゲーじゃない」


「なら美紗都はここで諦めなさい。私は残りの二枠に意地でも入るから。お先に!」


 一気にギアを上げるように心は地面を蹴って前に走り出した。


「はぁ? 心に出来て私に出来ない訳ないんだから! 待ちなさい。心!」


 美紗都も負けずと加速した。

 はぁ、仲が良いのか悪いのか本当に分からない。

 俺も二人に追いつくため加速しようとした。

 しかし、俺は見てはいけない光景を見てしまう。

 通常、決められたコースがあるのだが、一部の生徒はコースを外れて公園の中に入って行く。おそらくショートカットで距離を短くする作戦だった。

 あれだけ教師から注意を受けたはずなのに不正をするものがいるとは考えられなかった。

 だが、不正者の方へ向かうと心から視界が外れてしまう。

 心を負うべきか。それとも不正者の特定をするため引き返すか。

 身体が二つあれば迷うことないのに生憎、俺の身体は一つしかない。


「ぐっ! 悪い、心。不正者が誰か特定したら全速力で向かうからそれまでは何事もないことを祈るしかない。ちょっとの間だけ辛抱してくれ」


 俺は心に悪いと思いながら来た道を引き返した。

 最悪、美紗都と競っている間は大丈夫だろう。

 見張り役として役目を果たしたらすぐ向かう。

 俺の足だったらすぐ追いつく甘い想定をした。


「全く、一体どこの誰だよ。インチキするような不届き者は!」


 ルールを破る不正者に文句を言いつつ、俺は走った。

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