第32話 心を守り抜け⑤
火傷した手はすぐに氷水で冷やされた。
「桃矢さん。大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。それよりも心も火傷したんじゃないのか?」
「私は少し『熱っ!』ってなったくらいで少し冷やしたら大丈夫ですよ」
「見せてくれ」
俺は強引に心の手を握って火傷の跡がないか調べた。
どうやら跡になってなさそうだ。
「大丈夫そうだな」
「桃矢さん。そんな強引に手を握っちゃって。乱暴なんだから」
「わ、悪い。女の子なんだし、跡が残ったら大変だと思ったから」
「ありがとうございます。心は大丈夫ですよ」
心はニコリと微笑んだ。
心のアンラッキーデーは伊達ではない。とはいえ、これで終わった訳ではない。
午前が終わっただけでまだ午後もある。一刻も油断は出来ない。
「心。午後の予定はどんな感じだっけ?」
「はい。午後一から体育で学年マラソンがあります。放課後は生徒会での会議がありましてその後は女子会に途中参加する流れになっています」
何かが起こりそうなイベントだ。
「学年マラソンは見学とかでいいんじゃないか? 体調が悪いとか女の子の日とか」
「そんな嘘をついて見学したくありません。要はズル休みのようなものです」
「いや、嘘を付きたくないのは分かるけど、今の今まで危ない目に遭ってきたんだし、少しでもリスクを減らした方がいいんじゃないかと思う訳であって……」
弱気になりながら言う俺に対して心は真顔になって言った。
「桃矢さんの言いたいことはよく分かります。危険が常につきまとっているって言うことは自分でも十分に理解しています。でも挑戦したいんです。もし危険が生じればリタイアしますから参加することを許してくれませんか?」
「それは心の気持ちを尊重するのが俺の務めだから否定するつもりはないけど、そうしてそこまでして参加したいんだ?」
「ただの体育の授業と思っているかもしれませんが、これにも利点がある大事なイベントなんですよ」
そうなの? てか、この学校では何気ない授業がイベントになることが多々存在する。
そう言う校風なのだろうか。
「ひょっとしてまた星か?」
「察しがいいですね。桃矢さん。その通りです。この学年マラソンでは上位3名には銀の星が授与されるんですよ」
「なるほど。それで心は目の色を変えているってことか」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。確かに星は魅力的ですが、それだけが目的ではないですよ」
「一体、何があるって言うんだよ」
「監視です。教師の監視は勿論、あるんですけどそれだけでは難しいんです。そこで生徒会のメンバーである私はその監視役に割り振られているんです」
「だったらその役は俺にも声が掛かるはずだけど、何も聞いていないぞ?」
「ただの見張り役ですので桃矢さんがわざわざすることはありませんよ」
「そうなのか。上位三人が星を得られるってことは足が速い奴が断然有利だな。走るのが苦手な奴は損する。少し不規則なイベントだな」
「そうとも限りませんよ。有利不利に見えて実は平等だったりするんです」
「平等? マラソンで?」
「平等というのはスタート地点が人によって違うんです。AからD地点まであって体力テストの成績によって走る距離が違います」
「なるほど。得意な人は遠くから。不得意な人は近くからスタートするってことか」
「そういうことです。だから誰でも上位に入れる可能性はあります」
「それで距離を誤魔化したり不正をする人がいないか見張り役をするってことか」
「はい。ちなみに私はC地点から。桃矢さんはS地点からのスタートになります」
「S地点? A地点からじゃないの?」
「桃矢さんは体力テストでは学年一位だったでしょ? だから大きなハンデが必要なんです」
「面倒なルールだな。スタート地点が違うと心を護衛出来ないじゃないか」
「仕方ありませんよ。桃矢さんと私では体力が違い過ぎます」
「んー。よし! 決めた。俺、学年マラソンを棄権する。そして心の護衛と見張り役に徹する」
「え? 桃矢さん。何を仰っているんですか? わざわざ棄権しなくてもいいのでは?」
「心を一人には出来ないよ。そういうルールなら俺は参加しなくていい。星より心の方が心配だ」
「私は嬉しいですけど、本当に良いのですか?」
「当たり前だ。星なんて適当にまた頑張ればいいんだ」
「そうですか。分かりました。では、お言葉に甘えてよろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ。なんなら心は見張り役なんて忘れて走ることに意識してもいいぞ。見張り役は俺が気を張っているから」
「それはありがたいですね。正直、走りながら監視をするとなれば蔓延してしまいますから。私の仕事なのになんだか申し訳ないですね」
「気にするな。心の負担を減らせるなら俺は嬉しいから」
心は穏やかな笑みを浮かべた。頼りにされている証拠だった。
星を獲得するチャンスは無くなってしまったが、今は心の傍に居てあげたい。
何かあった時に近くにいないのでは何の為のボディーガードか分からない。
そして午後を知らせる予鈴が鳴る。
「時間です。早く体操服に着替えて校庭に行きましょう」
「やべ。もうそんな時間か。急ぐぞ、心」
一年生は続々と校庭に集まる。
上位三人に銀の星が付与される隠れイベントである学年マラソンが始まろうとしていた。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎
お知らせ!
新作投稿中です。
よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます