第31話 心を守り抜け④


 全校集会をやり抜けた俺は一気に力が抜けていた。


「桃矢さん。大丈夫ですか?」


「あぁ、問題ない」


 いけない。心に心配をかけられているようではこの先やっていけない。

 今日はまだ始まったばかり。こんなことでは一日持たないぞ。

 俺はバチンと頬を叩いた。


「よし。気合い入った」


 まぁ、後は教室で授業を聞いているだけだ。肉体的な疲労はしばらくないだろう。

「桃矢さん。次は移動教室ですよ? 早く準備してください」


「いっ! 次の授業ってなんだっけ?」


「調理実習です」


 つかの間の休憩かと思ったが、悪い予感しかしない。

 それでも授業であれば受ける以外なかった。


「それでは事前にこちらで決めた班に分かれて下さい」


 各班四人ずつに分かれた。

 俺の班は不思議なことに(意図的に)心と同じ班になっていた。

 どうやら班や席を決める際、理事長の圧があるのか、必然的に俺は心と組まされることになっている。それはボディガードという立場上、仕方のないことである。


「げっ! 心と同じ班か。最悪」


 嫌味のように美紗都は言う。


「はい、はい。それは残念でした」


 いつものことのように心は返した。

 この二人は仲が良いのか、悪いのかよく分からない。

 だが、心に対してこのような態度で接してくるのは美紗都を置いて他にいないので貴重な存在とも言える。

 心は立場上、同級生でも距離を置かれる存在だからだ。

 お嬢様であり、理事長の一人娘ともなれば無理もない。


「えっと、菊池くん。同じ班だね。よ、よろしく」


 俺に声をかけてきた小柄の男。同じクラスのはずだが、名前が出てこない。


「えっと、小暮!」


「違うよ。大暮だよ。小さいからってわざと名前を間違えないでくれよ」


「悪い、悪い。よろしく」


 そうだ。大暮翔也おおぐれしょうや。身長は百五十五センチと小柄でいつも自信なさそうでよく弄られているのを見かける。特に俺とは接点はなかった。


「はい! 各班に分かれたわね。その班は料理が得意な人と苦手な人が集まった班だから得意な人は苦手な人に教えながら料理を進めて下さい。今日は料理の基本としてオムレツとポテトサラダを作ってもらいます。分からないことがあれば先生に聞いて下さい。それでは各班で調理を開始して下さい!」


 先生の号令で各班、調理に取り掛かる。


「料理が出来る人と出来ない人が分かれているのか。ちなみに料理出来ない人って?」


 俺がそう言うと心と大暮が手をあげた。


「料理って普段、自分ですることなくて」


「僕もお母さんが全部やってくれるから」


 料理が出来ないことを恥ずかしそうに二人は言う。


「ふん。これだからお嬢様は。料理の一つも出来ないなんて」


「いいでしょ、別に。そのための授業なんだから」


「あーあ。私が手取り足取り教えてあげないとならないのか。【料理を教えて下さい。美紗都様】って言ってもらわないとね」


「何であなたにそんなこと言われなきゃならないのよ。授業なんだから普通に教えなさいよ」


「おい。言い争っている場合じゃないぞ。時間が無駄だ。早く取り掛かるぞ」


 俺は制裁役としても必要だった。


「菊池くん。あなた、料理できるの?」


「まぁね。今まで自炊していたし、栄養管理を徹底したいから自分で作った方が計算できるから」


「へー。意外。筋肉バカかと思ったけど、そう言う家庭的なところもあるのね」


「嫌味か。筋肉バカほど料理する人は結構いるよ。出されたものだとカロリー計算できないから」


「そうなんだ。じゃ、二手に分かれて教えましょうよ。私は心を教えるからあなたは小暮を面倒みてくれる?」


「大暮だよ。僕の名前」


 大暮が否定するが、美紗都は聞いていなかった。

 包丁でジャガイモの皮むきをしている時だった。


「あーダメダメ。まず包丁の持ち方がなっていない。短く持って手を丸めないと」

「こうかな?」


「そうそう」


「なるほど。菊池くんは何でも出来て凄いな。僕、君に憧れているんだ。逞ましくてカッコいいから。どうしたら君みたいになれるかな?」


「まずは筋トレだな」


「チビの僕でも君みたいな身体になれるかな?」


「体型は関係ない。やるかやらないかだ。筋肉は必ず応えてくれるさ」


「そうか。筋トレか。ジムに通ってみようかな」


 大暮はおそらく自分に自信がないタイプ。ならば筋トレで筋肉を付ければ自分に自信が持てる。そんなアドバイスをしていた。

 いや、料理を教えると言う目的がどこかにいってしまっていた。

 そうだ。心の様子はどうだろうか。

 ふと、心の方へ視線を向けたその時だった。

 心の持つフライパンは火柱が登っていた。

 何がどうなってそうなったのか。俺は見ていなかった。


「わ、わわわわわ。こ、これどうしたらいいの?」


 火を見た心はパニックになっていた。


「心! 蓋をしろ」


「蓋ってどこ? 熱っ!」


 心はフライパンを投げてしまう。その方向には別の班の女子生徒がいた。

 このままでは熱したフライパンが当たって火傷してしまう。

 俺は動いた。頭上に舞ったフライパンを素手でキャッチした。

 しゅー……と湯気が立ち込めた。

 俺は強引にフライパンを受け止めたと同時に握力で火を消した。

 二次災害は防いだ。


「桃矢さん。大丈夫ですか? 怪我は? すぐに保健室へ」


 と、心配する心の呼びかけに俺はこう応えた。


「大丈夫。鍛えているから」


 ポカーンと周囲は呆然といきを潜む。


「へー。筋トレすることでそんな離れ業も出来るんだ。これは筋トレするしかないよ」


 と、大暮が俺に憧れを抱く中「そんなわけないでしょ」と美紗都は頭を抱えながら冷静なツッコミをした。

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