第30話 心を守り抜け③


 全校集会。新学期や終業式の時は決まって行う行事一つだが、この日は突発的に行われることとなった。体育館に各クラス一列に並びジッと校長の話を聞く。

 一見、退屈の時間であるが、俺にとっては一刻も油断できない時間であった。


「ねぇ、菊池くん」と前に並んでいた美紗都に声を掛けられた。


「さっきからキョロキョロと何? 気になってしょうがないんだけど」


「いや、心に何かあったら困るから周囲を警戒しているんだ」


「ただの全校集会で何を大げさに。何も起こらないわよ。目立つからジッとしなさいよ」


「いや、そうもいかない。今日はアンラッキーデーだ。何が起こるか予想できない。だからこうやって目を光らせているんだ」


「へー。ってことは今日の心はダメダメってことか。良いこと聞いちゃった」


 ニヤニヤと美紗都は内心笑みを浮かべた。


「嫌な笑み浮かべやがって」


「ちなみに今日は何かあったの?」


「まぁ、危うく事故に巻き込まれそうになったよ」


「それはご愁傷様」


 おっと。美紗都と言い合っている場合じゃない。

 心の見張りに集中しなければならない。今のところは大丈夫だが、最後まで油断できない。


「それでは表彰に移ります。名前を呼ばれた方は前に来てください」


 複数の生徒が次々と名前を呼ばれる。その中で心の名前が呼ばれた。


「では以上の者は下級生から順番に前に来てください」


 心が前に行く。俺はこの時を待っていたかのように素早く前に出た。

 何気ない光景のはずが、とあることで生徒から注目のまとになっていた。


「なんだ? あいつ」


「何あれ」


「何かのイベント?」


 俺は全身黒タイツになり、心のボディガードに徹していた。

 そう、演劇から補助役として使われる黒タイツを拝借していた。

 当然、全校生徒からは意味がわからない様子でざわついていた。


「桃矢さん。やっぱり目立ちますよ。私が恥ずかしいです」


「ばか。これくらい近づかないと心を守れないだろ」


「それはそうかもしれませんけど、やっぱり恥ずかしいんです」


「文句を言うな。俺だって恥ずかしい」


 表彰が始まっていよいよ心の番である。


「それでは続いて天山心さん」


「は、はい」


 心が教壇の前に行くと同時に俺も付き人として後ろに張り付いていた。


「えー。天山心殿。あなたは……ん? 後ろにいる君は誰かな?」


 当然のように校長は俺の存在に気づいてしまう。


「えっと、お気になさらず。校長先生」


 ニコリと心は堅い笑みを浮かべる。

 数秒の沈黙の後、校長は表彰を続けた。


「天山心殿。あなたは…………」と、どうやら心は校外のボランティア活動に専念したことによる表彰だった。地域、県などからの感謝状を受けたことによる表彰だ。

 心は両手で表彰状を受け取り、礼をする。そして全校生徒からの拍手。

 今のところ何も起こらない。

 いや、起こらないことに関して良いのだが、ここまでして護衛している俺の立場がなくなってしまうので何か起こってほしいような歯痒さがあった。

 そして自分のクラスに戻ろうと階段に足を掛けたその時である。

 カツンと心は足を踏み外してしまう。


「危ない」と誰もが思った。


「心!」


 俺はスライディングで自分の背中を差し出し、心の下敷きになった。


「きゃ! 桃矢さん?」


「ぐっ! 怪我はないか?」


「はい。ありがとうございます。少し躓いてしまいました」


 俺も役に立てたかなと少し嬉しかった。

 表彰式が終わり、次は部活動の応援だ。連続で心は前に立つことになる。


「えー県大会を優勝した吹奏楽部は来週から全国大会へ出場します。それに伴って生徒代表として天山心さんから応援の言葉があります。天山さん。お願いします」


 司会をする教師に紹介され、心はマイクを手に取る。


「生徒代表の天山心です。吹奏楽部の皆さん。県大会優勝おめでとうございます。皆様の血に滲む努力をしてきたことは存じています。その甲斐もあり、次は全国大会への出場の切符を手に入れたと思います。全国大会での活躍を陰ながら応援しております。吹奏楽部の皆さん。ここからが本番です。頑張って下さい。私からの応援メッセージは以上とさせて頂きます」


 心の言葉で吹奏楽部は大いに歓声をあげた。



 その時である。

 心の頭上で何かユラユラと揺れる気配を感じ取った。

 あれは……照明だ。体育館が歓声で湧き上がったことにより振動が伝わったのだ。

 ガクンと照明は落ちた。


「心!」


 俺は近くでスタンバイしていたこともあり、素早く心を押し倒して間一髪のところで交わしたのだ。

 一歩遅かったら確実にぶつかっていた。全校生徒たちは悲鳴を上げる。

 一つの事故が起こった瞬間だった。


「無事か。心!」


「はい。桃矢さんが守ってくれるって信じていたので安心して平常心でいられました」


 信用されていることは嬉しいのだが、もう少し危機感を持ってほしいものだ。流石、お嬢様といったところか。

 危険が迫っても心に余裕を持っていた。

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