第29話 心を守り抜け②


 前代未聞の通学を終えて校門前に降ろされた俺と心は足がふらついていた。


「大丈夫か? 心」


「えぇ、何とか。今日は特大の日かもしれませんね」


 今まで度々あったアンラッキーデーの中でも今回のような不幸は珍しいという。

 ということはこの先、幾つ命があっても足りないという意味合いだろうか。

 まだ通学の段階でこれだ。きっとこの先、更なる不幸が待ち受けていると思うと荷が重い。それでも心を守ることが俺の使命だ。


「とりあえず教室に行こう」


「あ、私は少し寄るところがあるので」


「どこに?」


「この漫画を貸すって約束をしているんですよ。朝のタイミングじゃないと会えない人なので」


「そうか。じゃ、俺も付き合うよ」


「ありがとうございます。桃矢さん」


 そう言って心が向かった先はテニスコートである。


「有村さん!」


 朝練中の有村さんに声を掛ける。

 心の呼びかけを聞いた有村さんは手を止めて駆け寄ってきた。


「てんざ……心ちゃん。来てくれたんだ」


「朝練頑張っていますね。これ、約束の漫画持って来ました」


「わざわざありがとう。こんなに早く持ってきてくれるなんて」


「一刻も早く読んでもらって感想が聞きたいので」


「そうですか。では急いで読み切ってきますね」


「いえ、ゆっくりで大丈夫ですよ」


 ふーん。心と有村さんはもう漫画の貸し借りをする関係になっているのか。

 一時はどうなるとかと思ったが、和解できて何よりだ。


「あ、菊池くん。おはようございます。菊池くんもこの漫画読みました?」


「あぁ、おはよう。うん。読んだよ。面白かった」


「桃矢さん。もう少し捻った感想はないんですか?」


「んー。最初に出てくるライバルが実は敵組織に入って……」


「それはネタバレです。感想じゃありません!」


「うっ! 悪い、悪い。どうも捻った感想が苦手で」


「まぁ、読ませてもらいますね」


 和やかに話している最中である。

 テニスコートは活気があった。


「はああああああああああああぁぁぁ!」と凄まじい掛け声と共にラケットが振りかぶる。

 次の瞬間、ラケットとボールが心に向かって飛んで来たのだ。

 本来、フェンスがあるのだが、有村さんはフェンスのある扉を開けっ放しにしていたのだ。秒速で飛んでくるラケットとボールに交わす余地はなかった。


「心! 有村さん。危ない!」


 俺は咄嗟に二人と突き飛ばして腕をクロスして受け止めた。

 ガンッと鈍い音が響いた。


「菊池くん?」


「桃矢さん。大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。ただのかすり傷さ。それより、心は怪我はしていないか?」


「私は大丈夫です」


「す、すみませーん。大丈夫ですか?」


 俺の前に泣きながら駆け寄る一人の部員。

 自分の失態で怪我をさせてしまったことに酷く落ち込んでいる様子だった。


「またあの子か」


「また?」


「すみません。彼女、新入部員で威力は凄まじいんだけど、かなりの方向音痴で。おまけによくラケットが手から抜けちゃうんです」と有村さんは説明する。


「それは存在が危険じゃないのか?」とこの時ばかり俺は冷静に突っ込む。


「それより桃矢さん。腕、少し痣になっているのでは?」


「大丈夫だって」


「見せて下さい」


 心は無理やり俺の袖を捲った。


「ほら、やっぱり。少し変色しています。保健室に行きましょう」




 保険の先生が不在だったこともあり、心が手当てをしてくれた。


「これでよし。あんまり無茶しないで下さいね」


「あぁ、でも良かったよ」


「え?」


「心に怪我がなくて。こんな打痕を付けたら可哀想だから」


「それを言うなら桃矢さんこそこんな打痕はダメですよ。無茶しないで下さい」


「大丈夫。俺、鍛えているから」


「それ、一切関係ありませんよね?」


 そして予鈴が鳴る。まだ朝の段階だと言うのにとてつもない疲労感だった。

 これが夜まで続く。俺は両手で頬を叩いて喝を入れる。


「よし。これも気合だ。こんなの序の口。屁でもないぜ」


「桃矢さん。朝一はホームルームの後、全校集会です」


「全校集会? そういえばそんなこと言っていたっけ」


 心が全校の前に立つイベントだ。絶対に何か起こる悪い予感しかしない。

 一時的とはいえ、心と離れなければならない。そうなったら守るにも守れなくなる。


「これは何かしらの対策がいるな。よし。あの手で行こう」


「あの手?」


 俺は自分の考えを心に話した。


「いや、それはどうかと。私より目立つじゃないですか」


「大丈夫! 俺はこれで乗り切るって決めた!」と、俺は生き込んだ。

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