第28話 心を守り抜け①


 朝、学校に行く支度をしていた時である。


「桃矢さん。貸していた漫画なのですが……」


 不意に心が部屋に入ってきた。着替えの途中だった俺は急いでズボンを上げた。


「ひゃっ! すみません。着替え中に」


「いや。気にしなくていいよ。漫画はそこに置いてある。全部読んだよ」


「そうですか。実は貸してほしいと頼まれていたので。桃矢さん。朝から筋トレしていたんですか?」


「あぁ、日々鍛えないとな。ボディガードとして」


「それは頼もしいですね。私もお付き合いしたいのですが、朝は苦手で」


「別に無理しなくていいよ。俺は好きでやっているんだし」


「そうですか。朝食の準備が出来ていますので下に降りてきて下さい」


「あぁ、分かった。すぐ行く」


「では……」


 その時である。扉が閉まっているにも関わらず開いていると思って顔面を扉に強打した。ゴンッ! と痛々しい音が響く。


「心! 大丈夫か?」


「えぇ、ご心配なく。少し寝ぼけていたようです」


 心は部屋を出てすぐのことである。

 すぐにドドドドッ! と慌ただしい音が廊下に響く。

 俺は急いで音のした方へ駆け寄る。


「こ、心?」


 何と心は階段からずっこけてお嬢様とは思えないポーズで伸びきっていた。


「いててて。だ、大丈夫です。少し躓いただけですので」


 ヨロヨロと立ち上がった心は頭を抱えながらフラついていた。

 トントン拍子で起こるこの現象に俺はある確信を感じた。


「心。お前、今日例の日じゃないのか?」


「えぇ。十中八九、アンラッキーデーかもしれません」


 そう。心には隠れた体質があり、時々訪れるアンラッキーデーというのが存在する。

 その日になると必ず不幸が訪れて何をしてもうまくいかないのだ。

 どのタイミングでその日が訪れるのか不明で心を困らせる要因であった。


「心。今日は学校、休め。こんな日くらい家で大人しくした方がいい」


「ありがとうございます。ですが、今日は大事な予定があるので休むに休めないんです。例えアンラッキーデーであろうと」


「今日は何があるんだ?」


「生徒会で修学旅行の打ち合わせで私が司会をやることになっているんです。あと、全校集会で表彰されるのでそれにも出なければならないのと全国大会へ出場する吹奏楽部への応援を生徒代表で発言します。他にも細かい予定が詰まっていて私が休むことで多くの人に迷惑をかけてしまいます。だから今日だけは絶対に休めないんです」


 何故よりによって予定が詰まった日にアンラッキーデーが訪れてしまうのだろうか。

 神様のイタズラに怒りを感じる。


「仕方がない。俺が全力で心を守ってやるよ。心の予定は誰にも邪魔させない」


「ありがとうございます。さすが桃矢さんですね」


「まぁ、ボディガードとして当然のことだ。今日一日は意地でも心に張り付いてやるよ」


「まぁ、頼もしい。頼りにしていますね。桃矢さん」


「あぁ、任せてくれ」


 朝食を済ませて家を出ると送迎用の車が用意されていた。


「いつも歩きだけど今日は車で行こう」


「はい。そうですね」


 後部座席に乗り込み車は出発した。


「執事さん。安全運転で頼む。いつもより慎重に」


「かしこまりました」


 車だから安全とは限らない。結局、移動のタイミングでも危険は潜んでいる。

 登校中でも油断は出来ない。

 法定速度や徐行、一時停止を確実に行っていて今の所問題ない。

 俺はいつでも心を守れるように隣で張り付いていた。

 大通りに入り、道なりに進めば学校だ。

 そして不幸は近づいていた。

 対向車の車はフラフラと蛇行運転をする。

 すると対向車線を大きく超えて突っ込んできたのだ。


「執事さん。避けて!」


「くっ!」


 ハンドルを切ってギリギリのタイミングで対向車との正面衝突を避ける。

 対向車はそのまま電柱にぶつかり停車した。


「お嬢様。お怪我は?」


「私は大丈夫」


 車は赤信号で停車する。俺は後方から気配を察した。

 ルームミラーを見ると乗用車が速度を緩めることなく迫る。

 運転手が寝ている姿が見えたのだ。


「アクセル踏んで! ぶつかる!」


「え?」


 赤信号に構わずアクセルを踏み込む。

 危うく左からきた車に衝突しそうになるが何とか回避。だが、居眠り運転の車はそのまま突っ込み、十字路ではクラクションの嵐で立て続けに衝突事故が起こっていた。

 何とか無傷で走り抜けた俺たちの乗る車は平常運転を続けていた。


「あっぶねぇ。ギリギリだったなぁ。心、大丈夫か?」


「……すみません。私のせいで危険に晒されて」


「大丈夫。心は気にせず日常生活を続けてくれ」


 心は内心心臓がバクバクだっただろう。

 いや、心以上に心臓がバクバクだったのは運転手の執事だったかもしれない。

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