第26話 不審者騒動の結末


 男に下着を見られた女性の取る行動は二パターンだと思う。

 一つは物理的な攻撃で感情を発散するタイプ。

 一つは感情的になり、泣いたり隠れたりするタイプ。

 そして有村千穂利は見た目から後者の行動を取ると踏んでいたが、実際にされた行動は強烈なビンタである。


「ど、どうもすみませんでした」


「あの、私が開けたせいなの。本当にごめんなさいね」


 俺と美紗都はとりあえず謝罪を入れる。


「いえ、私の方こそいきなりビンタしてごめんなさい。その……痛かったですよね?」


「いえ、全然」と俺は言い切るが、実はまだ頬がジンジンする。


 運動部であることから手を振る力は強いようだ。


「有村さん。急に押しかけて申し訳ないけど、少し時間ありますか」


 話を切り出すように心は言う。


「少しなら」


「ありがとう。時間は取らせないわ」


 ソフトテニス部の部室は女子臭と言うか、ほんのりと香水の匂いが鼻に付いた。

 そして綺麗に整頓されていた。


「ジュースとお菓子ありますけど、入りますか?」


「いえ、お構いなく……」


「頂きます!」と俺は迷わず即答する。


「菊池くん。あなたねぇ。何しに来たか分かっているの?」


「いや、頂けるものは頂いておかないと損というか失礼じゃないですか」


「そういえばあなた、心に雇われる前は貧乏だったわね。その貧乏性なんとかならないの?」


「部室、綺麗にしていますね。もしかして有村さんがいつも掃除しているんですか?」


 美紗都の質問に答えることなく俺は思ったことを聞いていた。


「はい。帰る前には必ず掃除をするようにしています。他の人は気にせず帰っちゃうんですけど、私はそういうのが苦手だからいつも帰るのが遅いんです」


「素晴らしいです。部屋の汚れは心の乱れって言いますよね」と俺は心を見た。


「桃矢さん。その目はどういう目ですか? 言っておきますけど、私の場合は考え抜かれた配置をしているため、一ミリも汚れてなど……」


「あの、それよりご用件はなんですか」


 話が長くなりそうだと悟った有村さんは間髪入れずに聞いた。


「有村さん。不審者騒動についてです」と俺はポテチをパリッとしながら言う。


「不審者? まだ聞き足りないんですか? 同じことを言うことになりますけど、私が証言した以上の話はありませんよ? それでもよければ話しますけど」


「いや、俺たちが聞きたいのは不審者の特徴じゃありません。そもそもそんな人物初めからいないんじゃないんですか?」


「何を言っているんですか? 私はこの目で見たんです。いないはずありません」


 有村さんは声のトーンを上げながら否定した。


「ですが、有村さん以外に目撃証言がありません。それっておかしくありませんか?」


「そ、それはたまたま私しか見ていなかったんじゃないですか?」


「そうです。それがおかしいんですよ」


「な、な、何が?」


 有村さんは明らかに動揺していた。俺が次に言うことが予測できている反応である。


「有村さん以外の目撃情報がない。勿論、匿名希望からの証言はありますが、それはあなたの捏造ですよ。あたかも複数から証言があるように見せて実名からの証言で現実味を出した。それが俺たちの考えです。お願いです。有村さん。正直に話してください。俺たちは何も敵ではない。真実を知りたいんですよ」


 そう言うと有村さんはグッと奥歯を噛み締めた。


「分かりました。正直にお話しします」


 観念したように有村さんは息を吐いた。


「菊池さんの言う通り、不審者は私が作り出した架空の存在です」


 有村さんは認めた。俺たちの推測が的中した瞬間である。


「どうしてそんな無意味なことを? あなたの目的はなんだったの?」


 美紗都は棘のあるような問いかけをする。


「そ、それは……」と有村さんは言い辛そうにもじもじする。


 助けを求めるように有村さんは心に目線を向けた。


「どんな理由なのか教えてほしい。大丈夫。私は真剣に聞く。だから真剣に話してほしい」


 と、心は有村さんの肩に手を置いた。


「はい。では言いますけど、大元の理由は天山心さん。あなたなんですよ」


「わ、私?」


 意外な理由に心は驚きを隠せなかった。


「その……自分でもよく分からないところがあるんですけど、天山さんのことが好き……みたいなんです。でも女が女を好きになるんて自分でもどうかと思うのにどんどん気持ちが抑えられない自分がいるんです。それで少しでも天山さんの気を引こうと……」


「架空の不審者を作り出して心と会話する機会を増やしたってこと?」


 美紗都は結論を言うと有村さんは頷いた。


「なんじゃそりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 理由が理由だけに俺は思わず大声を上げていた。

 普通に話せないからと周りを巻き込んでしまうような物語を作ってしまうとはなんとも言えない結末である。


「ご、ごめんなさい。最初はきっかけが必要だと思って適当な嘘を言ってしまったんです。でも話が膨らむことで後に引けなくなっちゃって匿名で目撃証言をしたんです。まさかこんなことになるとは思わなくて。あの、どうかお許しを!」


 有村さんは自分の非を認めたようで心の前で土下座をした。

 本気で反省しているのが伝わる。そしてこれを見た心はどう判断するのか。

 緊迫した場なのにジュースとお菓子を平らげた俺は緊張感がなかったと思う。

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