第19話 不足の事態


「菊池桃矢くん。君を今日から特別活動の許可と生徒指導の責任者に命じます」


 生徒会長である椎名さんはそう俺に宣言した。


「えっと、それはつまりどういうことでしょうか?」


「簡単に言えば菊池くんには生徒会の依頼を直々に受けてもらうってことです。本当は生徒会に入ってもらう方がいいんだけど、この間選挙したばかりで既に定員オーバー。空きが無いから特別枠を設けさせてもらったってわけ。生徒会メンバーじゃ無いけど、生徒会として動ける権利があるって言えば分かるかな?」


「いや、でも俺にそんな大役は務まりませんよ」


「そんなことないよ。菊池くんの今回の活躍には皆、納得しているんだから。それにこれは理事長の推薦でもあるんだよ?」


「理事長?」


 心のお父さんが俺の後押しをしたというのか。

 確かにありえない話でもなさそうだ。


「それでどうかな? 引き受けてもらえる?」


「わ、分かりました。俺で良ければやらさせていただきます」


「本当に? ありがとう。なら決まりだね。これからよろしく。菊池くん」


 ニコリと椎名さんは微笑んだ。

 生徒会室を出て俺は腕を組みながら悩む。


「よ、良かったじゃないですか。会長もお父様も桃矢さんを評価してくれているんです。きっと期待しているんですよ」


 心は和やかな感じで俺に言った。


「それはありがたいことだと思うけど、俺に対して期待されすぎというか、期待に添えなかった時が怖いよ」


「桃矢さんがやれることをやったのであれば誰も責めませんよ。気楽に行きましょう」


「気楽に……か。そうだな。ありがとう、心」


「いえ」


 それから少しの間、生徒会からの依頼が無いまま、とある学校行事を迎える。

 それが球技大会である。

 ここ一ヶ月の間、少ない時間の中練習を続けていたが、限界もある。

 それでも俺は一生懸命取り組んでいた。しかし、当日にとある事態に陥っていた。

 朝、教室に入った瞬間に負のオーラを感じた俺は教室内に入るのを躊躇っていた。


「あり? 何だ、この重苦しい雰囲気は?」


「あ、菊池くん。大変だよ」


 俺の存在に気付いた佐伯佐保は駆け寄って来た。


「大変って?」


「それが……参加メンバーがことごとく休んじゃって」


「一人くらい居なくても補欠で賄えるだろ?」


「それが今日だけで十人も休んでいるのよ」


「じゅ、十人?」


 思わぬ数に俺は声を荒げていた。

 補欠要員として各クラス五人は用意することになっている。

 十人もいないとなると補欠を足しても穴が出る数だ。


「一体、どうして急に?」


「それが、その……欠席したメンバーが球技大会の前夜祭としてご飯に行ったらしんだけど、そこで食中毒で全員やられたらしいのよ」


「なんだよ、それ。てか前夜祭って何だよ。普通は終わった後の打ち上げでやるものだろ。何、考えているんだよ。それに食中毒って」


「今、補欠のメンバーを割り当てたんだけど五人足りないの。人数が少ない上に練習経験のない補欠では勝ち目がない。やっぱりうちのクラスは今回棄権しようかって思っていて」


 それでクラスのメンバーはいつにもなくテンションが低いわけだ。

 一生懸命練習したはずなのにこんな形で終わってしまっていいのだろうか。

 こんなのあんまりじゃないか。


「先生には私から棄権するって伝えるね」


「いや、待ってくれ。球技大会は棄権しない」


「え? でもメンバーが不足しているし」


「佐伯さん。出場するメンバークラスの中だったら問題ないんだよな?」


「まぁ、それはそうだけど」


「俺が出る。俺が元々出る予定の球技と合わせて一人六役で参加メンバーを申請してくれ。それなら問題ないだろ」


「菊池くん。あなた自分が何を言っているか分かっているの?」


「スケジュール表を見る限り、俺一人で回れそうだな」


「いや、現実的じゃない。一人で出るなんて体力的に保たないわよ。無理、無理」


「佐伯さん。桃矢さんならきっとやってくれますわ」


 話を遮るように心は助言した。


「天山さん。でもこれは真剣勝負。ただ出るだけとは訳が違うのよ?」


「大丈夫だ。佐伯さん。俺が出た試合は全部勝ってみせる。だから頼むよ」


 俺は熱い眼差しで佐伯さんを見た。

 それに負けたように佐伯さんは「はぁ」と溜息を吐いた。


「分かりました。そこまで言うなら菊池くんの名前で申請します。でも、無理はしないで。怪我でもしたら元も子もないから」


「ありがとう。佐伯さん」


 こうして俺のクラスは棄権を免れて出場が決定した。

 体力には自信がある俺にとってここは大きな見せ場になるだろう。

 そして最初の種目であるハンドボールから俺はクラス代表としてフィールドに立った。


「それでは一年C組対一年D組による試合を始めます。礼!」


「お願いします!」


「それでは各選手、位置について」


 俺は高身長を生かしてジャンプボールに抜擢されていた。そして、審判の開始の笛が鳴った瞬間、最初の球技が始まろうとしていた。 

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