第9話 学校案内


「し、しまったあああぁぁぁ!」


 俺は頭を抱え込んでその場に崩れ落ちた。


「と、桃矢さん? どうしたんですか?」


「心。悪い。俺、この学校に編入出来ないかも」


「編入出来ない? どうしてですか? お父様は許可してくれているので条件は満たしているはずですよ?」


「違うんだ。編入云々の前に俺には入るための学費が払えない。だから無理なんだ」


「あぁ、なんだ。そんなことですか」


 やれやれといった感じで心は安心したように言う。


「そんなことって一番大事なことだろ?」


「安心してください。桃矢さんが払う学費はありませんよ」


「どう言うこと?」


「桃矢さんが私の雇用に入った時点で学費は免除されるんです」


「雇用に入ったら免除? 意味が分からないのだが?」


「つまりあれですよ。桃矢さんが私の雇用関係である限り、実質無料なんです。理事長権限で。私も言ってみれば学費は免除されているようなものなんですよ」


「いや、でもそれはそれで問題というか……」


「勿論、無条件で学費がタダというわけではないですよ? それなりに面倒ごとは引き受けることになっていますから」


「面倒ごとって?」


「まぁ、なんと言いますか。係決めとか誰もやりたがらない時ってあるじゃないですか。そういうものを率先して引き受けるってことです。他の生徒が知らないような面倒ごとって実は数え切れないほどあるんです。桃矢さんはそう言ったものをやってもらうことになります。勿論、私と一緒に」


 タダより怖いものはないと思ったが、今の俺には学費を払えないのでありがたい。

 それに心と一緒に引き受けられるなら安心できるのでむしろ良かったかもしれない。


「まだクラスは決まっていませんが、お父様のことだからきっと私と同じクラスにしてくれます。案内しますね」


 親バカってところだろうか。いや、心のボディーガードという性質上、近くに居れるように同じクラスにすることは必然的かもしれない。

 心のクラスは一年C組。校舎で言えば一階にあたる。


「ここですよ」


 ガラッと教室の扉をスライドさせる。だが、教室には誰も居なかった。

 この時間だと授業中のはずだが、他の人はどこへ?


「あ、しまった。この時間は移動教室だった」


 うっかりするように心は拳を頭に乗せた。

 だが、誰も居なくてむしろ助かった。誰か居たら俺が注目されてしまう。

 ただでさえ目立ちたくないのに数十人から注目の的にされたら目立つだろう。


「ここ。私の席なんです」


 心は窓際の丁度真ん中の位置に手を乗せた。


「桃矢さんはここかな」


 心は自分の席の隣を指した。


「ここってそこは誰かが座っているだろ」


「代わってもらいます」


「そんな勝手な……」


 そんな時だ。ゾロゾロと教室の中に生徒たちが入ってくる。

 授業が終わって教室に戻ってきたクラスメイトたちだ。


「あれ? 天山さん。授業を抜け出してどこに……。あれ? その人誰?」


 俺の存在に気づいた生徒たちは不思議そうに問う。


「菊池桃矢くん。まだ正式に編入はしていないけど、うちのクラスになる予定の転校生だよ」


 心は笑顔で俺の紹介をする。


「菊池?」


「どこかで聞いたような……」


「あれだよ。新聞で載っていた天山さんを華麗に救出したヒーローって」


「え? あの菊池桃矢?」


 急に俺は生徒たちに囲まれてしまう。


「どうやって犯人を撃退したんですか?」


「どうして天山さんの居場所が分かったんですか?」


「一人で全部やったんですか?」


 一気に質問攻めの嵐だ。


「え? 俺ってそんな有名人だった?」


 助けを求めるように俺は心に目を向けた。


「まぁ、この学校で知らない人は居ないと思いますよ。そもそも理事長の娘が誘拐されたってだけで騒がれてその上、無名の一般人が助け出したって言うんだからそれはもう……ね?」


 そうだ。この学校で言えば心は充分、影響力のなる人になっている。

 その悲劇から無事に帰ってきたきっかりは俺と言うこともあり、必然的に知名度が上がっていたのだ。


「皆さん。桃矢さんが困っていますよ。一旦、離れてください」


 心がそう言うと生徒たちは素直に離れていく。


「心……。お前、もしかして」


「ん? なんですか?」


「いや、なんでもない」


「さぁ、他にも案内する場所はたくさんあります。次、行きましょうか。桃矢さん」


 眩しい笑顔で心は言う。


 俺が今、こうやって気軽に心と喋っているが、他の生徒は一歩下がったように距離を取っている。まるでアイドルのような距離感だ。

 生徒の間で俺の知名度が上がっているのは心の影響が大きいかもしれない。

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