第8話 面接


 翌日。俺は天山心のボディーガードとして雇われて一夜を開けた。

 その日に向かった先は青葉聖凪学園の相談室である。


「よく来てくれたね。菊池桃矢くん」


 中で待っていたのは天山誠一郎てんざんせいいちろう。心の父親だ。

 歳は五十代と聞いていたが、見た目は若々しく三十代と言われても気づかない容姿をしている。心に似てどこか優しい雰囲気を感じた。


「話は聞いているよ。住込みで娘のボディガードをするって」


「はい。親父さんの許可を取っているのか怪しい契約ですけど」


「勿論、承認済みだよ。君になら娘を任せられる。なんと言っても娘の命の恩人だ。そういえばお礼がまだだってね」


「いえ、お礼なら十分すぎるほどされましたから」


「そうか。それで今日ここに来てもらったのはこの学校に入るための入学テストを受けてもらおうと思ったからだ」


「テスト? 俺、何も用意していませんけど?」


「そんな難しいものではない。軽い面接だよ。君が本当にこの学校にふさわしいかどうかこの目で見させてほしいと思ってね」


 聞いてねぇ。心は何も言っていなかったけど、やっぱりタダで名門学校に入れるなんて考えが甘かった。

 親のコネで楽勝みたいな感じだったけど、これは安心できない。


「あ、あの。もしこの面接で相応しくないと判断されたら?」


「その時は入学させない。それと場合によっては住込みでボディガードも考えさせてもらうことも考えられる」


 厳しい顔つきで誠一郎さんは言い放つ。

 そんな大事な場だとは知らず、俺はラフな服装で来てしまった。

 そもそも正装用の服なんて持ち合わせていないのでどのみち詰んでいる。

 俺の偶然が重なった運もここまでだろうか。


「さて。そろそろ面接を始めようか」


 俺の感情とは無関係で面接は始まってしまう。


「まずは自己紹介をしてもらえるかな?」


「はい。菊池桃矢。十六歳です。中学の時は柔道部に所属していました。全国大会に出場した経験はありますが、優勝には程遠い結果でした。体力には自信あります。長距離の移動や重い荷物の運搬の仕事は得意です」


 出だしから捻った言葉が出なかった。言った後でミスったと強く思う。


「そうですか。次の質問です。菊池くんはこの学校に入ったら何を学びたいと思いますか?」


 何を学びたい? そんなこと考えたことがなかった。ただ有名な学校に入れたらなんでもいいと思っていたからだ。


「それは……心を。天山心を守りたい。今はそれだけが目的です。ただ、これだけは言えます。俺は……いや、自分はこの学校に入ったら誰かの役に立てる人になりたいと思っています」


「具体的にどう役に立ちたいのかな?」


 今までしっかりとした考えがなかった。俺がどう人の役に立ちたいのか。

 そもそも俺は親から捨てられて捨てられた先でもゴミ扱いされる存在だった。

 そんな俺が誰かの役に立てる人材になれるのだろうか。

 いや、違う。俺が受けた苦しみは他の誰かに背負わせてはいけない。

 そのためには俺が率先して動かなくちゃならない。


「俺の有り余ったこの力で困っている人を助けたい。今は具体性がありませんが、この学校に入ってから探していきたいと思います。そのためにはまず天山心に学べるところは学ぼうと思います」


「うちの娘にそんな学ぶところがあるのかな?」


「分かるんです。彼女の振る舞いを見ると人を引き寄せる何かを感じるんです。誠一郎さんと似て影響力のある人だと自分は思います」


「気に入った。菊池くん。君をこの学校への編入を許可しよう」


「本当ですか?」


「あぁ。卒業までに人の役になれたと証明してくれ。もし証明できない場合、卒業はさせない。退学だ。それでも構わないかな?」


 重い条件に聞こえるが、やり切れる自信があった。


「はい。構いません」


「ようこそ。青葉生凪学園へ。菊池桃矢くん。君は今日からうちの生徒だ」


「ありがとうございます。理事長」


「今日は校内の見学をするといい。後日、制服など必要なものを用意するよ」


「分かりました」


「心。入りなさい」


 誠一郎さんの呼びかけで心が部屋に入って来た。


「菊池くんに学校を案内してあげなさい」


「はい。お父様。良かったね。桃矢さん」


「お、おう」


「行こうか。学校を案内してあげる」


「し、失礼しました」


 誠一郎さんにお礼を言い、部屋を出た。

 廊下で緊張が一気に吐き出された。


「どうだった?」

「すげー緊張した。圧迫面接だよ」


「そんなこともないと思うけどな。でも晴れてうちの生徒になれたね」


「それは良かったんだけど。何かが引っ掛かるんだよ」


「お父様に出された条件のこと?」


「それもあるんだけど、大事なことを忘れている気がするんだ」


「大事なこと?」


 ハッと俺は大事なことを思い出し、冷汗が止まらなくなっていた。

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