第10話 取引
「さて。一通り、学校案内は終わりましたかね」
「改めて思うけど、流石名門って感じだな」
「そうですか?」
「そうだよ。他の学校じゃ、こんな最新の設備じゃないし。何しろずっと歩いていてもゴミ一つないし綺麗すぎる。食堂だってメニューの種類が豊富だし。それに生徒はキラキラしていて美男美女しかいない。ここは天国か?」
「まぁ、清掃員や料理人がいるわけですし、校内はいつも綺麗ですね。名門校故に学費は高いですし、設備投資は他と比べてされています。それに将来の日本を背負う人ばかりですので並の人はいません。皆、何か尖った才能の持ち主ですからそれなりにね?」
俺はここで本当にやっていけるだろうか。
元々、凡人で並の俺が天才たちと混ざって学校生活を送っていく自信がない。
「桃矢さん? どうかしましたか?」
心は心配するように下から俺の顔を覗き込んだ。
「いや、何でもない。それより心は授業に参加しなくていいのか?」
「一、二限くらい出なくても影響ありませんよ。成績は学年で一番ですから」
「一番? 心って頭良いの?」
「まぁ、それなりに?」
先ほどの生徒たちの反応は単に心が理事長の娘だけではなく学年で一番の成績の持ち主と言うのも影響していたらしい。
それは一歩下がって接するのも分かる。変に権力だけではなく実力まであるのであれば頭が上がらないのも仕方がない。
「あ、心。こんなところにいた」
廊下を歩いていると正面から駆け足で茶髪ショートパーマの美少女がやってきた。
「あ、美紗都。どうしたの?」
「どうしたの? じゃないわよ。生徒会の会議。もうすぐ始まるって生徒会長さんが教室まで来たよ。こんなところで油売っていていいの?」
「いっけない。そう言えば昼休みにするんだった」
「ほら、早く。皆待っているよ」
「ごめん。すぐ行くね」
心は慌てながら俺を置いて去っていく。
「全く。真面目な癖にどこか抜けているところは相変わらずだな。ん?」
俺は初対面の女の子と廊下で二人きりになる。
「あなた、誰?」
「えっと、菊池桃矢と言います。時期、この学校の生徒になる予定です」
「あぁ、あなたがあの……。私、
美紗都は手を差し出した。俺はその手を握り返す。
「こ、こちらこそ。それより、心の友達?」
「え? 何で?」
「いや、他の生徒と比べて心との距離感が近いと言うか……」
「まぁ、友達といえば友達だけど違うといえば違うかな?」
「それはどう言う意味?」
「心と私はライバルみたいな関係よ」
「ラ、ライバル?」
「まぁ、ライバルって言っても私が一方的にそう思っているだけなんだけどね。ホラ、あの子って知名度もあって学力あるじゃない? 私はそんな完璧な人間じゃないからどこかであの子に憧れている。と言うよりもあの子のようになりたいとさえ思っている。そんなこと、本人は知らないだろうけど、私はずっと近くで観察することを決めた。そしたら何故か向こうから私に喋りかけて来て気付けば学校では一番よく話す関係になっていた。向こうは私のことをどう思っているか知らないけど、私はチャンスがあればあの子の立場を乗っ取りたいと思っているのにね。本当、バカみたい」
美紗都は寂しそうに下を向きながら淡々と言っていた。
「どうしてその話を俺に?」
「何でだろう。自分でも分からないや。初対面なのにね。あなたは心とどう言う関係なわけ? まさか運命的な出会いから付き合っているとか?」
「いや、俺と心はそんな関係性じゃないよ。ただ、雇われる側と雇う側の関係ってだけで」
「意味が分からないんだけど」
「つまり俺は心のボディガードとして雇われたんだよ」
「ボディガード? なに、それ」
まぁ、普通の人なら理解しがたいことだろう。だが、実際そうなのだから他に言いようがない。
「ボディガードってことはつまり、常に心の傍にいるってことだよね?」
「まぁ、そう言うことになるかな?」
「ふーん。なるほどね」
と、美紗都は何かを考えついたようにそう言った。
「ねぇ、菊池くん。私と取引をしない?」
「取引?」
「心の弱点を教えて」
「弱点って何で?」
「ボディガードなら弱点の一つや二つ知っていても不思議じゃないでしょ。その代わりにあなたの望むものを差し出すわ」
「俺の望むものって言われても……」
「見たところ、菊池くんって身体を鍛えることが生きがいで童貞でしょ?」
間違っていないが、答えられなかった。
「否定しないってことはそう言うことか。なら交換条件で女を教えてあげるよ」
「女を教える?」
「私、意外と胸はある方なんだよね」と、美紗都はゆさゆさと手で胸を強調した。
え? そんな簡単に付き合っていない男に身体を許すってこと?
俺は嫌な汗が額から垂れた。
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