第5話 訪問


 天山家の外観は勿論のこと。内装も高級感が漂っている。

 見たことがない家具で絶対に高価なものであると直感で分かる。


「そちらのソファに座って下さい」


「いや、でも。俺のような小汚い奴が座ったらソファ汚れちゃうから」


 そう言うと心は笑った。


「そんなくだらないことを気にしているんですか? いくらでも汚して下さいな。それに桃矢さんは汚くないですよ」


「じゃ、遠慮なく」


 座り心地の良い材質に俺はうっとりとする。

 家では床に直で座るしかなかったが、このように包み込まれるような感触が良い。


「お飲み物は何に致しましょうか。大抵のものは用意できますよ」


 横から先ほどの執事は訊ねてくる。


「えっと……水で」


「オススメでハーブティーがありますが?」


「え、じゃそれで」


「かしこまりました」


 執事が部屋から消えると心と二人きりになっていた。


「そんな緊張なさらず自分の家のように寛いで下さいな」


「そんな滅相もない。自分の家のようになんてとてもとても」


 ハーブティーが俺の前に出される。

 心は優雅にハーブティーを飲む。


「美味しいから飲んで見て下さい。毒なんて入っていませんから」


「はい」


 俺も一口ハーブティーを飲む。

 香りも凄かったが飲むと口いっぱいにサッパリとした酸味が広がった。


「美味しい」


「海外から取り寄せたものです。私のお気に入りなんですよ」


「へぇ、道理で」


 絶対高いやつだ。これ一杯でいくらするのだろうか。

 知るのが怖い。多分、知ってしまったら平常心ではいられないと思う。


「と、言っても安モノですよ。一箱六杯入りで二万円くらいだったかな?」


「ブゥー」と俺は吹き出す。


 と言うことは一杯で約三千円くらいか。

 スーパーで買えばその十分の一くらいだろう。

 金持ちの安いと言う基準が俺のような庶民と比べられない。


「そういえば、心の親は何をしている人なの? 大企業の社長とか?」


「私の父は学校法人の理事長をしています。母は化粧ブランドの経営者なんですよ」


 理事長に化粧ブランドの経営者?

 家が豪邸な理由にも納得だ。俺が絶対に関わることのない人種と言える。


「す、凄いね」と最早俺には捻った言葉が出ない。


「お嬢様」と執事が心に耳打ちをする。


「あぁ、そうでしたね。桃矢さん。寛いだままでいいので聞いて下さい。私が桃矢さんをここへ呼んだ理由を話さなくてはなりません」


「ん? あぁ、そういえばそうだったな」


「桃矢さん。今朝の新聞を読みましたか?」


「いや、うちは新聞取っていないから」


「ではこの記事を見て下さい」


 心が示した記事を見るとそこには俺と警察署長が写っており、感謝状を受け取るシーンがあった。

 笑顔の警察署長とは対照的に俺は少し嫌そうな顔をしている。

 その題材には【一人の学生が誘拐犯撃退&監禁少女救出】と大々的に取り上げられていた。ご丁寧に俺の本名までしっかりと記載されている。


「うわぁ。こんなのいつの間に撮られたんだよ。恥ずかしい」


「何を言っているんですか。他人から見られたら桃矢さんは間違いなくヒーローですよ。気が乗らない感じがまた良い味を出しています」


 まぁ、警察に感謝されたところで一銭も出ないと知ったらそんな顔になるだろう。


「これを見せるためにわざわざここに?」


「まさか。これは桃矢さんの今の立場を見せたに過ぎません。本題はその次です」


「本題?」


「私は桃矢さんには感謝しても仕切れません。それでも形のあるお礼をしたいのです」


「いや、俺はそんなお礼は要らないよ」


「桃矢さんはお金に困っているようですね」


「いや、まぁそれなりに」


「バイト先も解雇されたとか」


「何故、それを知っている?」


「桃矢さんのことは調べましたから」


「俺の個人情報は筒抜けってわけか」


「そんな警戒しないで下さいよ。これは悪用するためにしたわけではありません。その逆です。お礼がしたいんです。桃矢さんが望むものは何でも差し上げます」


「俺の望むもの?」


「いくら欲しいですか? 言い値で構いませんよ」


「いや、待て待て。それは流石にダメだ」


「ダメとは?」


「それで受け取ったら俺はクズ人間になってしまう。現金とかそう言うお礼はちょっと」


「そうですか。桃矢さんの気持ちを考えずにすみません」


 格好つけちゃったけど、惜しいことをしてしまったと心で悔やんだ。

 でも、ここで簡単に金を貰うのは違う気がすると直感した。うん。受け取れない。


「では別の方法でお礼をさせて下さい」


「別の方法?」


 心は何か秘策があるように口元が笑った。

 それがまた不気味だった。

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