第3話 感謝と解雇
警察が現場に到着後、天山心は警察に保護された。
パトカーに乗せられてすぐに彼女の姿を見ることはなくなった。
そして俺も重要参考人として警察署へ同行されることになる。
警察署の取調室で俺は刑事と向かい合わせで話をする。
「天山心さんは二週間前、学校帰りに突如誘拐された。それから消息を絶って手掛かりがまるでなかった。正直、お手上げだったよ」
「誘拐……なんですよね? 彼女は」
「その通りだ。犯人の目的は身代金。親には交渉の電話があったが、なかなか話が進まず難航していた。そして菊池さんが監禁部屋を発見して事件は解決した。本当に感謝するよ」
「そうですか」
「どうしてあの部屋に行った? 誘拐犯がいるって気づかなかったのかい?」
「それは知らないですよ。俺はただ配達先を間違えただけなんですから」
「事情は分かったが、まさか誘拐犯を一網打尽にするとは。しかも素手で。君は何かの達人なのか?」
「普通の学生ですよ。まぁ、金がないから趣味で筋トレをしているくらいですかね」
「筋トレだけで複数の男を倒せるものなのか?」
「筋トレはいいですよ。体力は尽くし力仕事に役立つ。何より健康的でいられる。一般人には負けませんよ」
刑事さんは俺の発言に頭を抱える。想像した反応と少し違っていた。
「結果的に良かったかもしれないが、もし何かあったらどうするつもりだ。相手は武器を持っていた。最悪、大怪我をすることも考えられたんだ。怪しいと思ったら身を引いてすぐに警察を呼ぶこと。無闇な行動は慎んでくれ」
「はい。すみませんでした」
「まぁ、警察が手を焼いていた事件だ。君のようなただの学生に解決されて立場が無いのも事実。本当によくやってくれたよ。感謝する」
「あの、それよりあの子は?」
「今は病院で診てもらっている。かなり衰弱していたようだったからしばらく入院になると思う。心配しなくても大丈夫だよ」
「そうですか」
そして俺は当時の事情を細かく説明させられて解放された。
勝手に犯人のアジトに踏み込んだことに対して注意を受けたが、警察から感謝状を渡された。
「はぁ、こんな紙切れより現金をくれよな。警察もケチだな」
感謝をされても俺には無意味だった。
そして天山心についても警察は個人情報だからと何も教えてくれなかった。
まぁ、一瞬の出会いだったが、彼女がどこかで元気でいるのなら良かった。
人助けをするのは自分に見返りがなくても気持ちいいものだ。それがよく分かった。
だが、それとは別に俺の不幸は続く。
「クビ……ですか?」
俺はアルバイト先のピザ屋の店長にそう宣告された。
「あぁ、菊池くんが届けるはずだったお宅からクレームが入ってね。頼んだピザが届かないと。結局別の人が配達して謝罪する羽目になった。配達の途中でバックレるとうちは困るんだよ」
事情があったとはいえ、それを話したところで信じてもらえない内容だった。
部屋を間違えてその先が監禁部屋で誘拐犯を撃退して警察に事情を聞かれていたなんて信じてもらえる自信がない。
しかもこの店長は自分の意見しか言わず、バイトや社員の意見をまるで聞かない人だ。
どう考えても真実を言ったところで言い訳するなと突き返されるだけだろう。
「分かりました。短い間でしたけど、お世話になりました」
俺は頭を下げて解雇を受け入れた。
元々、長く働くつもりはなかった。ただ時給がいいだけで働いていたに過ぎない。
また時給に良いバイトを探せばいい話だ。
俺は吹っ切れていた。というよりも面倒なことから解放されたと思い上がっていたかもしれない。
「はぁ、どこか良いバイト先ないかな」
俺は家に帰り、次のバイト先で悩んでいた。
というよりも今の俺には金を稼がないと生きていけない。
昨年、両親は離婚し、俺は母方の祖父に引き取られることになった。
しかし、祖父はギャンブル好きで俺を引き取る余裕がなかったことが判明する。
十五歳にして一人で生きていかなければならない状況になった俺は内定していた私立高校を辞退して定時制の学校へ通いながら生活費稼ぐ日々を送るようになった。
まともな学校生活の憧れを捨てて生きるために働く毎日だった。だが、そんな働き口は絶たれた。
どこか良い仕事先がないかとネットで検索をしていた時である。
ピンポーンと呼び鈴が鳴る。
「はい。どちら様で……」
俺が扉を開けると身なりを整えた中年の男性が立っていた。
「菊池桃矢様ですね?」
「はぁ、あなた一体誰ですか? 俺、忙しいんですけど」
バイトをクビになったこともあり、俺は少々機嫌が悪かったのでぶっきら棒な対応になっていた。
「お嬢様があなた様に会いたいとお呼びです。一緒に来て頂けませんか?」
「お嬢様?」
家の前には黒塗りに高級車が停まっていた。
そして後部座席の窓が開くと一人の人物がこちらに向かって会釈する。
そう、そこには天山心の姿があったのだ。
「あなた様には是非、お礼をしたいとお嬢様が仰っております。一緒に来て頂けますよね?」とほぼ強制とも言える発言に俺は頷くことしか出来なかった。
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