終わりの喪失
食べるという行為が齎す快感は、味覚では無く喉を通り過ぎるその瞬間に宿る。
味覚は少量ずつ快感の秤に積ばれていくが、たった一度の大きな喉への落下により秤の位置は逆転する。
あるいは茶碗の舌触り、スプーンの味、フォークの温度。
金属と金属が触れ合う時の微かな音すら聴き取れる。膜を張った画面のそのまま向こう側に、ゆっくりとした本物の画面がある。
脱臭された砂糖の味。
甘さの殻の外側だけが味として残っている。
うさぎのぬいぐるみがこちらを疑り深い目で見ている。わたしは慌てて彼を抱き上げる。
「きみはこの喉を焼き尽くす南米の酒そのものだよ」
部分は全体であり、全体はまた部分である。──何回聞き直してもそうとしか聞こえない音声が流れてくる。男は真面目ぶった冗談口調でその言葉を言い、その声に少し「年の瀬だね…」という声が重なるのであまり聞き取れないのだ。
真っ赤な鳥を三人で囲んで順番に息を吹く。鳥は喘ぎ苦しむ。
モッツァレラチーズの中の牛乳が安い値段であたたかく泳いでいる。
絹が喉を通り過ぎていく。
一口水を飲んで、どうしてこんなことになってしまったのかを考える。もう一度、もう二度、もう三度、数え切れないくらい繰り返し考え続けている。舌に絡みついてくる。額を駆け回る裸足の天使。ゆっくりと舐め取る。葉に挟まった生クリーム。
これは父親が幼い娘に向けて歌った曲だということがたった一言で、一声で分かる。聞いたことの無い口の言語であっても。
懐かしくほの明るい夕日が、カーテンの隙間から差し込んでいる。紫色とオレンジ色のコントラストが作り上げる空。
髪の毛の触れたところに鶯の羽が落ちる。小さな羽が微笑みを漏らしながら、美しい音楽を、ただ美しいだけの音楽を流している。
星の輝く音。よく晴れた昼の後の空。
悪事を暴かれ続ける。十重二十重に責められる。
右に出ようが左に曲がろうが、結局自分の人生はこうなっていたのだと思う。でもその何億、何兆──わからないけれど数え切れないほどの仮説ないしパターンがある中で、この仮定ないしパターンに居るということは、とても幸運なのかも知れない。
柔らかくジャンプする。黄色い空の中の、緑色の観葉植物たちを背に。
頭の中で嘘が弾けている。
ネオンで囲まれたいくつかのアルファベット。特に意味の無い並び。爽やかな音。
電話越しに女の声が聞こえる。わたしと話している女の声が聞こえる。同じ音楽が溶けたアイスのように響いている。
突然雷に打たれたかのごとく、この音楽の良さを明晰に理解する。
両手を合わせて指を組み、神に祈る。
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