呼吸する卵

楽しげな歌を聴いていたってそれは嘘に過ぎない。自分の体より大きな鍵を背負ってどこまでも行く事だけが真実なのだ。脳味噌の内側から打ち鳴らされる、逃れることの出来ないクソみたいな悲鳴。何もかもがわたしより良くて、誰もがそれを認めざるを得ず、あなたもそれは抗い難く知ってしまっている。あなたがそれを一番正確に理解している。もう死んでしまった人の本を読みながら。わたしも本当は分かっている。備わった処遇の無価値を。焚き染めた表情の無意味さを。今日という長い夜が終わっていく。

これから先の事を考えていた。今と少しも変わらなかった。わたしは死んだままだった。曇り空の明るい夜更けに死んだままだった。まるで永遠が存在するかのような口振りで。苦悩の日々。それを思い出させるいくつかの音色。南仏のバカンス。地獄にあがる産声。そのまま重ねられた裏切り。死んでしまいたい。忘れられないのなら。死んでしまいたい。忘れられないのなら。昨日の晩もそう思った。使い果たした。もう全部使い果たした。今夜の主題となる夢と夢の境目。贔屓目に見なくとも美しい女。誰にとっても魅力的な女。街でいちばんの美女。肩の上を撫でていく天使の羽根。あなたが去ってしまう前にわたしは思考を放棄する。あなたがここから逃げていく前にわたしは善く在ることを止める。実際は問題が溢れていても、不一致が交差し合っても、掛け違えた針金と針金の一組であっても。

透明の嘘。ジンジャーエールの香り。自分がいかに下らない人間かを忘れていたのに。一度でも何か掴んだかのように。存在することが。ただ生き続けるだけのことが。美しかった過去の日々。醜さ。若さ。清らかさ。悲しさ。悲しみ。醜さ。あらゆる啓示が拝借して来た嘘のように思われてならない。左耳を思い切り殴打して聞こえなくしてやりたい。右のこめかみからピストルを撃ち込んで脳味噌を飛び散らしてやりたい。赤ん坊の笑う声が聞こえる。

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