第8話:山狼族の少女



シーラから、水を汲むように頼まれた俺は、山頂から少し降りた所にある泉に来ていた。

周囲を木々に囲まれており、泉の中心には大きな木が1本だけ生えている。

陽光が葉の隙間から入って来て、とても幻想的な雰囲気だ。


ここまで来たら大丈夫だろう。


「あっぶねぇぇぇぇぇえええ!!! 竜ってバレたかと思ったぁぁぁあ!!! いや、だってねぇ!? まさか斬撃にまで全属性乗るとは思わないしぃ!? 土地神って言う程だから、ちょっと怯んでくれれば良いなぁくらいに思って放っただけなのに、瀕死になるなんて考えもしないじゃん!?!? そもそも何あの爆発!? 全属性混ぜたら爆発すんの!? 長い事生きて来たけど、さっき初めて知ったんですが!?」


俺は誰に対して言い訳をしてるのだろうか...

叫び声が響いてしまったが、シーラ達には聞かれていないと思う。

まあ、今回はバレて無さそうだけど、シーラのあの表情。

あれ完全に怪しんでたよな。

まだ俺が竜だって事は気付かれてないみたいだけど、ただの人間ではないとは勘づいてるみたいだった。

これ以上、ボロが出ないように気をつけないと。

どうにも力加減というか、意図せず人外な行動をしてしまってるみたいだし。

人の常識ってやつに慣れないといけないな。


水を汲みながら一人で反省会を開く俺。

そんな俺の事を、木々の隙間から覗き込む影があった。


あれで隠れてるつもりなのかねぇ。

あの影の形と魔力で、大体の予想はついてるんだけどな。


『竜...カッコイイ..』


おいおい、声聞こえてますよー。

というか頭の中に流れて来てますよー。

この頭の中に直接流れてくる感じ、完全にテンロウ様と同じだな。

というか、さっきの聞かれてたのか...どうしよう。

まあ敵意は感じられないし、とりあえず声を掛けてみるか。


「なぁ、さっきからそこで見てる君さー。隠れてるのバレてるから出てきなよ」


『えぇっ!?』


「えぇっ!? って....気配も消せていなければ、大きな耳も見えてるし、完全にバレバレだって」


そう言うと、影の主が木の後ろからスっと出て来た。

やはり予想通りというか。

影の主はテンロウ様をそのまま小さくしたような、狼の子どもだった。


『わ、わっちによく気づいたのだ!!!』


「だから、バレバレなんだってば...それで、なんで俺の事を見てたんだ?」


『弟子にして欲しいのだ...』


「ん...?」


『わっちを! お主の弟子にして欲しいのだ!!』


子狼が叫ぶと、その周りにボンっと煙が舞った。


え、何!? 何事!?


ゆっくりと煙が消えると、そこには少女が立っていた。


あー、そういう事? 俺と同じパターンこれ?

転生ではないだろうけど、変化的なやつじゃないこれ?


身長は150cm程だろう。

髪はボブカットくらいの綺麗な白髪で、着物のようなものを着ている。

パッと見の年齢はシーラより少し幼いくらいだな。人で言う15歳くらいだろうか。

目鼻立ちがハッキリしていて、シーラに負けず劣らずの美人だと思う。


『とと様...テンロウを倒したその腕を見込んで! わっちを弟子にして欲しいのだ!!!』


改めて懇願してくる少女。

驚いたな。山狼族とは思っていたが、まさかテンロウ様の子どもだったなんて。

さて、どうしたものか。


『さっきの独り言を聞いたところ、お主は竜なのだろう? その事は絶対に他言せぬ! だからどうかお願いだ! わっちを弟子にしてくれ!!』


「他言しないのはありがたいけれど、なんで俺なんだ? そもそも、君からしたら俺は父親の仇みたいなものだろ。」


俺が子狼にそう聞くと、子狼は血相を変えて声を荒らげ始めた。


『わっちは...一族とは決別しておる!!』


「どういう事だ?」


『わっちはテンロウと、人間のかか様の間に生まれた人狼なのだ。とと様と一族は、かか様を奴隷と同等に扱い、かか様は身体の酷使によって命を落とした。するとあろう事か...亡くなったかか様を..一族はバラバラにして食ってしまった!!! わ、わっちは...わっちは!! うっ...うっ..かか様の仇を取りたい!! だから一族と決別したのだ!! かか様を食ってしまうような山狼族として生きたくない!! わっちは!! かか様と同じ、人として生きたいのだ...!!!』


溢れる涙を必死に堪えながら、子狼は語った。

自分の母を殺した一族とテンロウへの恨み。

そんな一族と同族として生きたくない悩み。

幼いながら、色々と苦労したんだろう。

竜である俺が聞いても、胸が痛くなる話だと思った。


俺達竜族は、親を知らない。

卵から孵った竜は、産まれた時から一人で生きなくてはならないのだ。

でもそれは竜族が、他の種族と比べて圧倒的な強さを誇っているから出来る事だろう。

産まれてすぐの竜でも、自然界ではヒエラルキーの上位に位置する実力を持つ。

だからこそ、竜族は家族の絆というものに縁遠い。

そんな竜族の俺でも、この子の境遇は可哀想だと思った。


『だからわっちは、とと様より強くならなくちゃいけないのだ。強くなってあの世で見てるかか様を安心させてあげたいのだ。』


「それでテンロウを倒した俺の弟子になりたいって事か」


気持ちは汲んでやりたい。

でも、弟子にしたとしてそのまま復讐の道にこの子を進ませて良いのだろうか。

復讐を果たした時、この子に何が残るんだろう。

待っているのは虚しさだけなんじゃないか。


色々悩んだ結果、俺は1つ提案をしてみる事にした。


「弟子とは違うけどさ。もし良ければ、俺と一緒に冒険者にならないか? 俺は竜で君は狼、お互い人じゃないけれど人として生きたいって気持ちは同じだ。冒険者として経験値を積めば実力だって上がる。悪い話じゃないだろう?」


そう伝えた途端、子狼の目が輝いた。


『なる!! わっちも冒険者になりたいのだ!! でも良いのか?』


「俺としても仲間が増えるのはありがたいしな。そういえば、今更だけど名前はなんて言うんだ?」


『わっちに名前はないのだ。というか、山狼族で名を持ってるのはとと様くらいなのだ。』


「え、でも名前が無いと不便じゃないか?」


『この山で生きていくだけなら特別不便という事も無いぞ?』


「そうかもしれないけど、これからは冒険者として生きていくんだろう? 名前が無いと冒険者になる事も出来ないぞ」


『そ、そうなのか!? それは大変なのだ!! 名前! 名前が欲しいのだ!!』


めちゃくちゃ単純なやつだな。

でも名前か。

んー、そうだなぁ。


「あ、ロナはどうだ? 古い言葉で『白き牙』って意味だったはずだ」


『ロナ...ロナ!! 気に入ったのだ!! わっちの名前はロナなのだ!!』


余程気に入ってくれたのか、今付いたばかりの自分の名を繰り返し何度も口ずさむ。

ここまで喜んで貰えるなら付けた甲斐もあったってものだ。


「あとその話し方どうにかならないか? 頭の中に直接流す話し方の人間なんて居ないからさ」


「わ、わかったのだ!! これで良いか?」


普通に喋る事出来たのかよ!! ってツッコミたくなったがグッと堪えた。


「とりあえず俺は一旦テンロウのところに戻ろうと思うんだが。ロナはどうする?」


「んー...岩陰に隠れながら見てるのだ!! 出発する時に合流するのだ!」


「わかった。それじゃあまた後でな」


こうして新たな仲間を迎えたアレンだった。


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