第9話:旅立ち



泉で水を汲んだ俺は、来た道を辿り山頂に戻って来た。

ロナはちゃんと着いて来てるだろうか?

気になって振り返ってみると、岩陰から耳が飛び出していた。


相変わらず隠れるのは苦手みたいだな。

というか勢いでロナを仲間に誘ったけど、ロナって戦えるのか...?

山狼族の血を引いてるから多少は戦えるんだろうけど、どの程度動けるのか確認しないといけないな。

いざと言う時に全く動けませんでした、なんて事になったらロナ自身が危険だし。そこら辺はしっかりしておいた方が良いだろう。

それにシーラにもロナを紹介しないといけないよなぁ...どうやって紹介しよう...


そんな事を考えている内に、シーラの元に着いた。

悩んでいても仕方ないな。

とりあえず汲んできた水を渡すか。


「お待たせ。これだけあれば足りるか?」


「えぇ、足りると思うわ」


シーラは水袋を受け取ると、テンロウの傷口に向けて中の水をかけ始めた。

何をしてるんだろう? 傷口でも洗ってるのかな。


俺が疑問に思っていると、シーラが魔法を発動した。


「水創血循(ブラッドリカバリー)!!」


すると、先程まで重篤だったテンロウの容態が、みるみる内に良くなっていった。


「今の魔法は?」


「水創血循(ブラッドリカバリー)と言って、水を血液に変換する事が出来るの。便利な魔法なんだけど、発動に2つほど条件があってね。1つ目は自分に対しては使えない。2つ目は対象の血液と身体に水が触れている状態じゃないと発動出来ないの」


何それ!! めちゃくちゃ便利じゃん!!

発動条件を考えても、使い勝手の良い治癒魔法だと思う。

足りなくなった血液を水創血循(ブラッドリカバリー)で補填したお陰で、血流が戻り容態が回復したって事か。

シーラは色々な魔法を習得してるんだな。

今度教えてもらおう。


「色々な魔法を使えて凄いな! どこで覚えたんだ? 独学??」


俺がそう聞くと、少し考える素振りを見せた後答え始めた。


「...こう見えて、この国の公爵家の出なのよ。幼少期から、魔法だけじゃなく剣術とかも習得させられたの」


やっぱり貴族だったか。

まあ装備に家紋が入ってる時点でそこそこな名家の出だとは思ってたけど、まさか公爵家だったなんて。


というか公爵家のお嬢様が1人で冒険者やってるっておかしくね?

護衛とか普通あるものなんじゃないの?

そんな事を考えていると。


『..っ...わ、我は..』


水創血循(ブラッドリカバリー)が効いたのか、テンロウの意識が戻ったようだ。

これで一安心だな。

どんな理由であれ、殺してしまっては目覚めが悪い。

そもそも殺す気なんて最初から無かったし。


「気が付いたか。良かったよ、無事に目が覚めて。まあそれも治療してくれたシーラのおかげなんだけどな」


『...まさか我が人に負けるとは。未だかつて、お主ほどの強者に出会った事は無い。ここを通りたければ通れ。我には止めようが無かろう。命は惜しいからな』


あれ? 思ったより冷静だな。

一瞬で倒してしまったし、流石に戦う意思は無いだろうとは思ってたけど、こうもすんなり許して貰えるなんて。


「じゃあ、お言葉に甘えて通らせて貰う。でも、その前に一つだけ聞いておきたい事があるんだ」


アレンは疑問に思っていた事を、テンロウに聞いてみる事にした。


「どうしてここを通るのがダメだったんだ? 縄張りを荒らされたっていう理由なら、山頂に足を踏み入れた時点で理由としては充分なはずだろう?」


「あっ、私もそこは気になったのよね。縄張りを荒らされたくないっていう割に、引き返すなら見逃してやるって、なんか矛盾してない?って」


シーラも疑問に思っていたみたいだ。

きっとテンロウは、縄張りを荒らされるのを嫌ったんじゃなく、この先に進ませたくない何か別の理由があるんじゃないだろうか。


するとテンロウは、おもむろに話し始めた。


『...お主、我が娘に会ったな? 微かに娘の臭いがするのでな』


「え、娘??」


「あぁ。さっき水を汲みに行った時に会ったよ」


『その様子だと、あの子の母に何があったのか聞いたのだな』


「えーーっと、アレン? ちょっと話が見えてこないんですけど...」


理解が追いつかないシーラを置き去るように、テンロウは話を続けていく。

というかこの会話、ロナにも多分聞こえてるよな。

話させて大丈夫なんだろうか。


『我らがあの子の母を食ったという話は知っているな。それは仕方がなかったのだ』


今、なんて言った? 仕方がなかった?

ダメだ。頭に血が上る感覚がする。

冷静になれ、落ち着くんだ。


自分にそう言い聞かせてみたが、溢れる感情が止まらなかった。


「.....仕方がなかっただって? あの子の母を奴隷のように扱い、亡くなるキッカケを作ったのはアンタ達だろう!! それの何が仕方がないんだ!!! あの子がどんな思いで生きてきたか、少しは考えたらわかるはずだろう!!! アンタはあの子の父親じゃないのかよ!!!」


『...今から20年程前の事だ。ある日、この山の麓に1人の人間の女がやって来た。その女は非常に痩せ細っておってな。衰弱が酷く今にも死にそうな状態だった。そうあの子の母、ミライだ。そして我らはミライを保護し、治療を施した』


「治療を施しただって...?」


『その治療が効いたのか、少しづつ、ミライの体調が良くなって行ってな。1年程経った頃には、すっかり元気になっていた。それを見て安心した我らは「もう大丈夫だろう。人の里に帰りなさい」と彼女に伝えた。だが、彼女はそれを断り、この山に残りたいと言い出したのだ。勿論、我らは止めた。だが、彼女は一向に山を降りようとせず、むしろ我らの生活が楽になるようにと、色々と手伝ってくれたのだ』


どういう事だ。奴隷として働かせてたんじゃなかったのか。

ロナから聞いた話ではもっと酷い扱いだったはず。


『その後、我とミライは結ばれ、あの子が産まれた。その時に改めてミライに聞いてみたのだ。「人の生活に戻らなくて良いのか」と。するとミライはどこか寂しそうな表情で話し始めた。「私は、ある病を患っているんです。その病は人にしか伝染る事が無いの。一度伝染ると死ぬまで治らない不治の病で致死率がとても高い。だから人の世界には戻れないんです」と。そして、泣きながらこうも言っていた。「この病があの子に。娘に伝染るんじゃないかって不安なの」....それを聞いた我らはミライとあの子を隔離する事に決めた。それがミライ自身の願いでもあったからな』


そんな事があったなんて。


『だが、次第に病は悪化していき、ミライの体調は芳しくなくなっていった。それでも彼女は、我らの手伝いをし続けた。少しでも横になって休んでいなさいと伝えても「助けてくれた山狼族にお返しがしたいから良い」と言ってきかなかった。そして、病が身体を蝕み寿命が訪れた時、ミライは我らに1つ頼み事をして来た。「私が亡くなったら食べてください。山狼族にはこの病は伝染らない。でもあの子には伝染るかもしれない。だから亡くなったらすぐ私を食べて、遺体を処理して欲しい」と。我らは、あの子を守る為に遺言に従った。そして、その姿を見てしまったあの子は、我らの元から出て行ってしまったのだ』


「....」


俺もシーラも言葉が出なかった。

というかシーラに至っては、口元を手で抑え、目からは涙が溢れていた。

声にならない声ですすり泣く程に。


この事をあの子は、ロナは知ってるんだろうか。

いや、知らないんじゃないだろうか。

幼心で見たものは、時に真実とはかけ離れてる事もある。

それでもこの事は、あの子は知っておくべきなんじゃないか。


後ろを振り返りロナが隠れている岩の方を見た。

先程と同じように耳がピョコッと飛び出ている。

ただ一つ違ったのは、その耳が小刻みに震え、時折荒い息遣いが聞こえてきていた。


テンロウも、恐らくそこにロナが居る事を知っていたんだろう。


『この先にはあの子、我が娘の根城があるのだ。我らがここを通したくなかったのは、あの子を守る為。ミライが亡くなった時に、あの子を守ると約束したからな』


「それで俺達に引き返すように言ってきたのか...」


『あぁ。お主達には済まない事をしたな.......そして我が娘よ。そこに居る事はわかっておる。姿を見せろとは言わん。だが、これが真実なのだ。すまなかったな。お前に寂しい思いをさせて、本当の事を伝えてやれんくて。すまなかった。本当にすまなかった』


何度も謝るテンロウ。

ずっと伝えたかったんだろう。

それでも、どんな風に会えばいいのかわからなかった。

会って伝えた時にロナを傷付けるかもしれないとわかっていたから。

この事を伝えるには、あの子はまだ幼かったんだろうな。


すると岩陰からロナが飛び出して来た。


その目にいっぱいの涙を溜めて、真っ直ぐにテンロウを見つめる。


「とと様...わっちは...わっちは....何も知らずにみんなに迷惑をかけて...かか様の気持ちも、みんなの気持ちも知らずに...わっちは...大バカものです...うっ..うぅぅ...うぁぁぁぁあ!!!」


『良いのだ。お前が悪いわけじゃない。すまなかった。ミライを、かか様を助けてやれず。我は父親失格だな』


「うぅ...っ...とと様。わっちは、この者と。アレンと一緒に旅に出とうごさいます!! 人として、山狼族として、双方の気持ちがわかるわっちだからこそ、世に出て見聞を深めとうございます!! そしてわっちには名前があります!! アレンが付けてくれたロナという名が!!」


復讐の旅、じゃなくなったか。

良かった。

きっとこれでロナも次に進めるだろう。


『ロナ...か。良い名を貰ったな。アレンだったか。我が娘を、ロナの事を頼んでも良いだろうか?』


こんな真剣な眼差しで頼まれたら断る方が野暮ってもんだな。

まあ元々断るつもりもないし、なんなら俺の方から誘ったんだけど。


「あぁ! 任せてくれ!! あんたの娘は俺が責任を持って守るよ」


「私にもその子の事、紹介してよね。仲間外れはごめんよ?」


そう言ってシーラが駆け寄ってきた。

俺は静かに頷いてロナの方を向く。


「改めて、これからよろしくな! ロナ。ビシバシ鍛えるから、覚悟しておけよ〜?」


「こちらこそよろしくお願いするのだ! すぐに強くなってアレンなんか追い抜いてやるのだ!!」



こうして、ロナと山狼族のわだかまりも解決し、新たな旅が始まるのだった。



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竜王、冒険者になりましたっ! @ke1_

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