第6話:テンロウ様



大狼山───山頂。



早朝に登り始めたというのに、すっかり夕暮れになっていた。

狼の襲撃を警戒しながらだったから、仕方ないだろう。

山頂から見る夕日は、いつにも増して赤く輝いて見える。

ここまで登ってきた疲れなど、全て吹っ飛ぶ程の綺麗さだった。


「綺麗ね...」


シーラが一言呟いた。

夕日の光に照らされた彼女の表情は、どこか悲しげに見える。

シーラがこの依頼を受けたのには、きっと何か事情あるはず。

アレンは深く追求はしなかったが確信していた。

この依頼に固執した理由、それが何なのかハッキリとはわからない。

でも彼女がゴブリンと口にした時、表情が暗くなった気がした。


「あとはこのまま山を降りればメルナ村に着くのよね?」


「あぁ、この山を降りてすぐ近くにあったはず。今日中には着くと思うよ。」


「そう...ねぇ、アレン。メルナ村に着いたらちゃんと言うから。」


「...え?」


「私がこの依頼を受けた理由。メルナ村に着いたら、その時ちゃんとあなたにも説明する。」


驚いたな。

シーラは俺が何を考えてたのかわかっていたようだ。

俺としても確かに気にはなる。でも本当に話したくない事なら、無理して聞かなくてもいいと思っている。


誰しも、他人に話せない事はあるものだろう。

俺が自分の正体を隠してる事と同じように。



無理して話さなくても大丈夫だって、伝えた方がいいのかもしれないな。


「...なぁ、シーラ。」


アレンがシーラの名前を呼んだその時、突然突風が吹き荒れる。


「急になんだこの風!? シーラ! 大丈夫か!?」


名前を呼ぶがシーラには届かない。

完全に声を掻き消す程の突風。

その場に立っているのも、やっとなくらいの強さだった。

その風は1分ほど吹き続けた後、何事も無かったかのように突如吹き止んだ。

そして風が止んだ瞬間、アレンとシーラはとてつもない威圧感に襲われる。


「くっ....何なの? この威圧感。」


シーラはあまりの風に目を瞑ってしまっていた。

正直、目を瞑っていてもわかる程の威圧感だった。

とても恐ろしかったが、シーラはゆっくりと目を開けていく。


威圧感の主が視界に入った瞬間、シーラの鼓動が急激に速くなった。

呼吸が乱れ、全身から冷や汗が吹き出して来るのがわかる。


「そんな...何よこれ...」


シーラは夢でも見てるんじゃないかと思った。

そう思ってしまう程...いや、そう思いたい程の光景が広がっていた。


2人の目前に居たのは、1匹の狼。

中腹で遭遇した群れと同じ、白い毛並みである。

ただ1つ違うのは、その狼の大きさだった。


人の身長よりも大きな爪が生え、口の中には何本もの牙が見えている。

高さは40mはあるだろう。大き過ぎて全容が見えない程だった。


『立ち去れ。人の子らよ』


頭の中に直接流れてくるような声だ。

2人は確信する。間違いなくこの狼が、テンロウ様なのだと。



アレンは横目でシーラの様子を確認していた。


これは駄目だな。

完全に戦意を喪失してるみたいだ。

恐らく、逃げろと言っても身体が動かないだろう。


もしもの時は、1人で戦うしかないか。


「あんだがテンロウ様か。悪いがここを通らせて貰いたい。麓にあるメルナ村に用があるだけなんだ。決してあんた達の縄張りを荒らすつもりは無い。」


ここで大人しく、はいどーぞって言ってくれれば良いんだけど。


『ならぬ。ここは我らが山狼族の生活圏。そこに足を踏み入れた以上、来た道を戻るか。もしくはここで朽ち果てるかの二択だけだ。』


ですよねーーーー!! そんな気がしてました、はい。

淡い希望が打ち砕かれたな。ってなると、だ。

乗り気じゃないけど、やるしかないか。


シーラは、迂回するのは嫌だと言ってた。

手伝うと決めた以上、その思いは汲んでやりたい。

1秒でも早く、メルナ村まで連れて行ってやりたいんだ。


ただ、一つだけ言わせて欲しい。

たかがゴブリンの巣を殲滅するのに、俺達は何でこんな危険な目にあってるんだ?

この依頼がDランクって、迂回ルート前提のランク設定じゃねーか!


「来た道を戻る、か。申し訳ないがそれは出来ない。一刻も早くメルナ村に向かいたい。通して貰えないなら、力ずくで通るまでだ。」


そう言った途端、テンロウ様は今まで放ってた以上の威圧感を放ち始めた。


いや、これもう威圧感というより殺気だよね。

目が血走ってるもん。完全にこれ殺る気満々じゃん。

戦いは避けたかったけど、仕方がない。やるしかないか。


戦闘は避けられないと悟った俺は、両手を前に突き出し、魔法を発動した。


発動した魔法は、魔鉄創成。

魔力を込めた鉄を創造し、思い通りの形に生成する事が出来る魔法だ。

込めた魔力の量によって、鉄の強度が変わるのが特徴なんだけど、普通の魔術師が使ってもただの鉄しか創造出来ない。


そもそも、鉱石を一から創造するだけでかなりの魔力を消費してしまう為、実力が伴ってないと創造した鉄に込める魔力すら残らないのだ。

それが理由で基本的にこの魔法は、製鉄所や鍛冶屋等で使われる事が多く、戦闘で使われることはほとんど無い。


まあ、あくまでも普通の魔術師なら、だけどね。

そう!ドラゴンの俺がこの魔法を使えば、余裕で戦闘に使えてしまうのである!

例えば、大きな鉄の塊を創造して敵の頭上に落としてしまうだけで、大体の戦闘は終わらせられるだろう。

でも、今回は敵を倒すのが目的なわけじゃない。

実力を示してここを通らせて貰うのが目的だからやり過ぎには注意なのだ。


俺はその魔法、魔鉄創成で1本の剣を創り出す。

出来上がった片手剣に、俺の魔力をほんの少し混ぜ込んで行く。


「よし、完成だ!」


魔力が込められた剣は、ただの鉄の塊とは思えない程のオーラを放っていた。

ほんの少しとはいえ、竜である俺の魔力が込められているからだろうか。剣をよく見てみると、全属性が付与されてるようだ。


これ...使って大丈夫かな。


いや、きっと大丈夫だろう!

こいつも一応は土地神なわけだし!!

神って付いてるんだから!!

うん!! 大丈夫!!


『ほう。人の子にしては多少魔法を使えるようだな。だが、そんな鉄の棒で我に傷を付けられるとでも?』


「まあ、それはやってみないとわからないでしょ。すんなり通してくれるなら良かったんだけど、どうもそういうわけにはいかないみたいだし。」


その場で準備体操を始める俺。

戦闘前に身体をほぐすのは大切な事なのだ!

ましてや、人の身体になって初の肉弾戦だからな!

念入りにやっておこう。


「シーラ! そこでじっとしてるんだぞー!」


「え、えぇ...わかったわ」


腰が抜けちゃってるシーラに声を掛けた俺は、準備体操を終わらせる。


「よし! それじゃあ、行くぞ。」


俺の一言が戦いのゴングとなった。

俺は一気にテンロウ様との間合いを詰め、背後を取る。


殺さないように手足切り取ってしまえば良いか。


そのまま左後ろ足に向けて斬撃を放つ。

この斬撃は、シーラが岩に放った技を模倣したものだ。

恐らくだが、俺が今放った斬撃の方が威力は高いだろう。

何しろ、全属性が付与された剣で放った斬撃だからな。


真っ直ぐに飛んで行った斬撃は、そのままテンロウ様の左後ろ足に直撃する。

だが、ここに来て予想外な事が起こった。

斬撃が当たった瞬間、大爆発が起きてしまったのだ。


『ぐぁぁぁぁあ!!!!!!』


直撃した足が完全に吹き飛んでるな。

そりゃあ叫びたくもなるわ。


どうやら全属性を含んでいた為、各属性同士が干渉し合い不安定な状態だったようだ。

直撃した時の衝撃で、属性のバランスが崩れて大爆発が起きたってとこなんだろう。


「シーラの斬撃が【緋炎ノ斬撃(スカーレットブレイク)】なら、俺が今放った斬撃は【破壊ノ斬撃(ディストラクションブレイク)】って感じか。」



そのままテンロウ様は戦闘続行が出来なくなり、俺の圧勝で終わったのである。


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