第5話:大狼山
フロリアの街───正門前
特に用意する物も無かったから、先に正門前に来てしまった。
シーラが来るまでここで待つ事にしたのである。
30分後。
「あら。待たせた?ってあなた、さっきと何も変わってないじゃない!!準備しなかったの!?」
着いて早々声を荒らげるシーラ。
やっぱりこいつアレだ。
絶対、雌火竜の化身か何かだ。
赤毛の雌火竜が俺みたいに人の姿に化けてるんだきっと。
そんなアホな事を考えつつ、アレンは答える。
「特に準備する物も無かったしな!っていうか、正直何を準備すりゃいいのかもよくわからん!」
胸を張りながら何故か自慢げに答えるアレンに、シーラは思わずため息を着いてしまった。
「はぁ、この先本当に大丈夫なのかしら。先が思いやられるわ...」
まあ、嘆いていても何も始まらないという事でとりあえず自己紹介をする事になった。
「改めて、私はシーラ...シーラ・オルフェリアス。冒険者ランクはDで、剣と炎魔法を使った魔法剣スタイルを得意としているわ。短い間だけどよろしくね」
ん?オルフェリアス?どこかで聞いた事あるような...ダメだ、思い出せない。
竜族の記憶力は人間と大して変わらない。
何百年、何千年と生きるアレンからすれば、何百年も前に聞いたであろう名前なんて覚えていられないのだ。
シーラの自己紹介が終わりアレンの番が回ってきた。
「えーっと、俺の名前はアレン。戦闘スタイルは特に決まったものは無いが、魔法はそこそこ使えると思う。今回が初の依頼だから足を引っ張らないように気を付けるよ。よろしくな!」
挨拶が終わった2人は、今回の依頼内容をもう一度確認する事にした。
依頼書を開き、書かれている内容をシーラが説明し始める。
「今回の依頼はゴブリンの巣の殲滅よ。依頼者はメルナ村の村長。このままメルナ村に向かって、そこで詳しい話を聞く方が良さそうね。徒歩で3日っていうところかしら」
「あぁ、そうだな。メルナ村なら場所はわかる。道中も魔物が現れるだろうし気を付けながら行こう。」
とりあえず、目先の目標が決まった俺達はメルナ村に向かう事にした。
メルナ村というと、俺の記憶が間違ってなければ数百年前からある古い村だ。
位置的にはフロリアの街を南東に下り、フロリア森林を抜けた先に聳える大狼山を超えた所にある。
大狼山には数多くの狼が住んでいて、確か主と呼ばれる一際大きな狼が居たはずだ。
今も生きているとすれば、既に数百年以上生きている事になり、ただの狼というより土地神に近い存在になっているだろう。
滅多に出会すなんて事は無いだろうが、気をつけて進むとするか。
歩き始めて2日目の朝。
やっとフロリア森林を抜ける事が出来た。
目前には標高4,000mはあるであろう、大狼山が聳え立っている。
不思議とここに着くまで、魔物と戦闘する事は一度も無かった。
無駄に体力を削りたくないというシーラの考えもあり、魔物を見つけても戦闘はせず、避けながら移動した事が大きいようだ。
「この大狼山を越えれば目的地のメルナ村だ。ここは狼の群れが生息してる山で、一際巨大な狼が主として治めてるらしい。場合によっては戦闘も有り得るとかもしれないから、気は抜くなよ。」
「巨大な狼...もしかして、テンロウ様の事かしら?」
「テンロウ様?」
「えぇ。なんでも、何百年も昔から生きている土地神で、天を翔ける巨大な狼らしいの。」
天を翔ける狼でテンロウ様か。
安直というかなんというか...誰が考えたのか知らないけれど、もう少し真剣に名前を考えてあげれば良いのに。
「恐らく、俺が言ってた巨大な狼と同一個体だろう。出来れば遭遇したくない、でも万が一遭遇した場合はすぐに逃げるぞ。時間はかかるけど、山を迂回してメルナ村に向かおう。」
正直、俺一人ならテンロウ様に遭遇しても問題は無いはずだ。
相手がいくら土地神だろうと、竜族である俺が負ける事は無いだろう。
ただ、相手の力量がわからない以上、倒す事は出来てもシーラを守り切れるかと言われると断言は出来ないのである。
むやみやたらに命を危険に晒す事も無いと思い提案したのだが、シーラは予想外な反応をした。
「それはダメよ!!」
「え、どうしてだ!?わざわざ死にに行かなくても良いだろう!?」
「それはそうかもしれないけれど。でもダメ!時間がかかるだけゴブリンによる犠牲者がまた増えてしまう。そんなの死んでも嫌なのよ!!」
まさかここまで反発されるとは思わなかった。
でもこのシーラの反応。
ギルドで受付けの女性と言い合っていた事といい、どこか引っ掛かる。
「なぁ。不躾な質問かもしれないけど、ギルドで受付けと言い合っていただろ?依頼なら他にも沢山あったはずだ。それこそ、この依頼より割の良いものもあった。なのにわざわざ言い合いになってまでこの依頼に固執した理由って何だ?」
その質問をした瞬間、一瞬だけどシーラが何かを考えるような表情をした。
「...あなたには関係の無い事よ。ほら、早く行きましょう。」
そう言うと、シーラはアレンに背を向けて歩き始めてしまった。
やっぱり聞いたらまずい事だったのだろうか?
色々と気になる事はあるが、1人で行かせる訳にもいかず、アレンはシーラの後を追った。
────────────────────
大狼山────中腹
「ふぅー、かなり歩いたな。」
アレン達はフロリア森林を見渡せるくらいの高さまで来ていた。
シーラを見ると肩で息をしている。
どうやら息が上がってるようだ。
今でざっと標高2,000m付近って所か。
地上の78%の酸素濃度だからな、息が上がっても仕方ないだろう。
ここらで一旦休憩を挟んでおくか。
「おぉーーーい!シーラァ!そろそろ休憩しないかぁーー??」
「はぁ...はぁ....べ、別に大丈夫よ、これくらい!!それより...」
シーラが何かを言いかけたその瞬間、シーラの真横に巨大な岩が落ちてきた。
「きゃぁっ...!!!」
「シーラ!!クソッ!!」
コイツは落石なんかじゃない。
明らかに何者かの攻撃なのは明白だった。
その証拠にアレンとシーラの周りを囲むように次々と岩が落ちてくる。
このまま岩で閉じ込める気か!!
全身の魔力を活性化させ、攻撃態勢に入るアレン。
それとほぼ同時に腰に差している剣を抜くシーラの姿があった。
シーラは抜いた剣を自身の前で立てるように構え、魔法を発動させる。
「火炎の覇気(フレイムオーラ)!!」
その言葉を発した途端、真っ赤な炎がシーラの周りを取り囲み、揺れるように燃え上がった。
「周りの炎が徐々に剣に収縮して行く。凄い熱気だな、これがシーラが言ってた魔法剣か!」
完全に剣が炎を纏うと、シーラは勢いよく周りの岩に向かって斬撃を飛ばした。
「緋炎ノ斬撃(スカーレットブレイク)!!」
斬撃が着弾すると、大きな岩が真っ二つに割れた。
いや、溶けたという方が正しいだろう。
着弾した部分が高熱で溶けだし、真っ二つに溶解されている。
これでDランクかよ!思ったよりやるじゃないか!!
恐らくシーラは冒険者になったばかり。
こなした依頼の総数が少ないせいでランク自体は低いが、その実力は既にビギナーの域を超えていた。
攻撃力だけで言えばAランクにも匹敵する魔法剣士、それがシーラなのである。
溶けた岩の影から狼の大群が現れる。
その総数、凡そ100体。
次は俺の番だと言わんばかりに、アレンは魔法を発動した。
「最上級火炎魔法。火天崩滅(ソル・コラプス)」
突如上空に、直径100m程の青い火炎球が現れる。
青い炎、それが火炎球の高温を表していた。
その温度は実に10,000℃を超えているだろう。
それ程の高温の火炎球があるのにも関わらず、周囲が発火しない理由は、アレンが魔力の膜を作って保護しているからだ。
「大分手加減したつもりなんだけどなぁ。それでもこのサイズと温度だ。お前ら、骨すら残らねぇと思えよ?」
アレンがそう言うと、狼の群れは一目散に逃げて行った。
言葉が通じた訳では無い。
狼達は、アレンが作り出した火炎球を見て、本能的に命の危機を察したのだ。
狼が居なくなった事を確認したアレンは、魔法を解除する。
すると、少し離れていたシーラが近付いてきた。
「あなたの魔法...凄かったわね....見た事も無い魔法だったわ。アレン、あなたは一体...」
シーラの表情は驚きで満ちていた。
まるで化け物でも見たかのようなそんな表情をしている。
「一体...も何も俺はアレン。冒険者ビギナーのただのアレンだよ。さっきのはまあ、なんだ。火炎魔法が得意でさ。日頃の特訓の賜物的な!」
アレンがそう誤魔化すと、それ以上シーラは何も聞かなかった。
気になる部分に対して質問はするが深く追求はしない。
お互いに相手のテリトリーに踏み込まないように気を付けてる証拠だろう。
狼の群れを退けたアレンとシーラは一休みした後、再び山頂へと歩き始めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます