第10話 俺は、クラスの「元」陰キャラ女子に相談をする


 翌日の教室。

 一時間目が始まった。西原さんは学校に来なくなった。西原さんの座席が空いている。クラスでも西原さんが休んだことが話題になる。

 どうしたんだろうか? ショックだったのか?

 俺のせいだ。西原さんを登校拒否させてしまった。

 もう俺の中には西原さんがいない。授業だけが淡々と進んでいく。

 須々木先生の話を聞き流してしまう。ノートだけをうわべだけで取っていく。昼食の時間も一人で寂しく中庭で。あの時のような楽しい会話はもうない。

 俺は何回もLINEで返事しても返答が来ない。無視しているんだろう。仕方ない。それに見合うようなショック与えたんだから。

 問題はこの先登校拒否しないかどうか?

 ——休憩時間も因縁は続いた。

「内野、どうするか決めたか? 明日の朝までに決めろよな」

 ニヤリと元浦は笑う。

「今日西原学校来てないけど、まさかお前のせいで登校拒否とか違うだろうな?」

 鋭いにらみをきかせてくる。俺はどうすることも出来ない。

 席に座りながら下を見るしか出来ない。

 ——時間は残酷。午後の授業も過ぎるのは早い。どうしたら良いか分らない。あっという間に放課後になった。

 体調が悪いわけではない、疲れてるわけでもない。でも何も考えられない。

 左を向いても机を見ても本人はいない。

「もう連絡する気にもなれない……」

 緊張感が抜けたせいか、帰宅の準備をする。何するのも気力が湧かない。本当に今そう言う状態。

 俺の失態のせいで大事な人を一人失ってしまった。誰にも相談出来ず、完全に一人になってしまった。

 こう悩んでる間にもタイムリミットは過ぎていく。俺は力なく帰ろうとする。

 その時後ろから誰かが迫ってくる。誰なのかは想像できる。俺のことを想って絡んでくるのはあの人しかいないのだから。

「内野君。最近私達会話してなかったけど、西原さんどうなっているの? 今日出席してないけどケンカでもしたの?」

 いつもの通り、明るく脳天気だ。でも絡まれるのは久しぶり。

「今日、凄く顔暗いよ。先生からも注意されてたでしょ。何かあったの?」

「今は話せない……」

「やっぱりケンカ?」 

 図星だ。正直には言えないが。

「ほっといてくれ。何でも良いだろ……」

 何でこんな絡まれるんだろうか。おかしい。自分の事は言わないくせに人のことばかり。最近の津村はそう。ムカついてきた。

「じゃあ聞くが、津村は何で西原さんと俺のことが気になるの?」

 少し津村が考えてしまう。

「うーん、そうね。私は西原さんと昔仲良くしてくれた。でも距離が開いてしまった。西原さんは本当に仲良くなりたいと思ってる。でもなかなか隙が無い。内野君と仲良くなってくれて、私よりも西原さんを楽しませることが出来る、そう思っている。二人が仲良くなってくれたら私よりも楽しませてくれる。内野君昔はそう言う性格だったし……」

 俺はムカついた。堪忍袋の緒がキレた。今西原さんがどんな仕打ち受けてるのか、俺が言ったとはいえ元は元浦の盗撮。何で人任せなんだ? 自分から西原さんに関わろうとしないくせに何が仲良くなんだよ。

 俺は表情をゆがめて話す。

「なあ、津村、何で俺ばっかに西原さん押しつけて、そんなに言うなら自分から関わろうとしないんだよ、仲良くなりたいんだったら自分から何とかしろよ!」

「何でだよ、もう西原さんは私よりも、内野君の方が相応しい。内野君だったら西原さんの痛みを理解出来るし……」

「いい加減にしろよ、津村が西原さんに関われよ! 凄く気にしてたぞ。それよりも何かあるだろ。西原さんとの関係を。そして、西原さんと俺の間の時間も」

 俺は本気で怒ってしまった。それでも津村は応じない。

「でも、こんな所では話せないな。屋上に行こう。ついて来い!」

 俺と津村は教室を後にして、屋上に向かった。



 校舎の屋上は俺と津村の二人だけ。ここなら誰もいない。二人で気兼ねなく話せる。津村が隠してそうなことを暴き出せる。

 容赦せず聞き出す。そう決めた。

「なあ、津村。何でこんな表情してるか分るか?」

「え、どうしたの、西原さんと何かあったのはそっちの方でしょ。今日も登校してないし何かあったはず、言ってごらん」

 津村は穏やかな表情で俺を諭す。ここならもう言い合いになってもいい。本気で話せるだろう。それにしても津村は勘が鋭くなった。昔とは違う。もう腹割って話そう。俺のことも津村のことも。もうお互いすっきりしよう——。

 ——俺は話した。温水プールのこと、ボランティアのこと、小学生の変装のこと、東京マリンランドのこと、そして元浦のことを。

「……」

 津村は黙り込んだ——当然だ。

「内野君……そんなことしてたんだ。私ショック……」

 津村の表情は一変した、こんな怒り心頭な津村は初めてだ。

「俺だって西原さんの想いには応えた! 何が悪い!」

 津村は下を向いて震えてる、今にも怒りそうな表情。あれだけ陽キャラとしてクラス中に笑顔を振りまき明るく接する津村が信じられない表情になる。

「そんな幼い姿させて喜んでたんでしょ!」

「違う!」

 俺も腹が立った。何で疑われる筋合いがあるのか。

「じゃあどういうことなの? 何で小学生姿に。あの時もおかしいと思っていた。あんな姿絶対あり得ない。何であんな姿にしたの? おかしいよ」

「正直言う、西原さんは津村とずっと仲良くなりたかったんだ……昔のように仲良くなりたいと。海外出張中、ずっと寂しかったんだ……それが限界超えたんだよ。俺の前でも何度も打ち明けてたわ!」

 津村は凍り付いた。

「津村こそ、何で西原さんに向き合わないんだよ! 西原さんはずっと俺の前でも仲良くなりたい仲良くなりたいと言ってたわ! さっき仲良くなりたいとか言ってたな! 何でじゃあ直ぐにでも実行しないんだよ! フードコートの時も俺にだけ押しつけて置き去りか! ふざけるな! 俺のせいにばっかするな!」

 俺は本気で怒鳴ってしまった。津村も怒り心頭になった。

「私だって、自分の立場があった……」

 ——津村の表情は徐々に弱くなる。

「立場って何だよ。どういうことだ。もう隠さないで話せよ」

「自分を守りたかった、ただそれだけ……」

「何だよそれ、ずっとおかしいと思った、西原さんに関わったらその間に何かまずいことがあるから避けてたんだろ。中学三年の時の学校生活も同級生だったから俺はお前のことも分る。何かその間あったんだろ。それが西原さんを遠ざけてる原因だろ、もう話せよ」

 俺は津村を追い詰めた。もう津村は言い返せない。

「もうここまで言われたら、隠しきれない。私、本当の事話すね……」

 ——やっぱりそうだった。話したくないことがあったんだ。


「私、前の中学の時、イジメに遭いました」


 ——そうか。道理で中三の時に転入し、暗かった中学校生活の理由が今理解出来た。

 西原さんは腹割って話そうとする。

「私は、小学校の学区は西原さんと同じだった。西原さんが海外転勤になったとき、一人ぼっちになった。中学に進学したら少しは友達出来たが、中一の時にリーダー格の女子に睨まれてしまった。で、次第にイジメに。陰口は叩かれ、トイレで殴る蹴る、水をかけられる、意図的にクラス全員で無視、仲間はずれ。私は学校で過ごすことが出来なくなった。先生にも無視され学校に行けなくなった。中二年の時は完全に登校拒否。外に一歩も出れなくなってしまった……」

 ——そんな経験をしてたのか、全然知らなかった、そこまで酷かったとは。

「中学の時、そうには見えなかったが」

 振り絞るように話していく。

「私、中学の編入の時にクラスでイジメに遭わないように過ごすことが精一杯だった……勉強だけは頑張った自負もある。私、本当はずっと内野君に憧れてたのに!」

 俺は首をかしげる。

「俺なんて、今はダメ人間なのに」

「そんなことない。私中三で転入して直ぐ内野君に惚れた。勉強も運動も優秀。成績はトップ、陸上部は県大会。朝会で表彰状。凄く好きだった。実は私の初恋だったのに、ずっと内野君のこと好きだったのに!」

 俺のことを片思いしてたんだ、津村は、信じられない。

「俺は、でも、もう落ち崩れた……」

「私は内野君に惚れてた、陸上部での走る姿、クラスでの明るい姿。内野君がここ受験すると聞いて私も一緒の高校に行きたい、この偏差値なら私はイジメに遭わない。合格したときは本当に飛び抜けるほど嬉しかった」

 あの時の津村は本当に頑張ってた、勉強も。誰よりも努力してた。俺は見ていた。

「それでね、入学して更に変わろうと思った。アルバイトして。あのフードコートなら変われることを確信した。接客でお客さんと接する。家族連れや老人など色々な人と触れ合うい接触することで人と話す自信がついた。そう言う目的ならアルバイトしていい許可も出た。この学校の意識高い系なら分るでしょ。それだけでなく私は服装とか髪型も勉強した、バイト代を服や美容などにつぎ込んだ。どうしたら可愛くなるか、身だしなみが良くなるとか、人と話せるとか、明るく振る舞うとか、そう言うのも努力した。そうする間に段々人が寄り付いてくるようになった。それに内野君と出会って女性ホルモンがもの凄い分泌されてこの二年で私、もの凄い胸が膨らんだ……こんな大きい胸になれたのも内野君を好きになったからなのに……」

 ——そうだったのか。津村は本当に胸が大きい。胸元がベストを着ててもはち切れんばかりに窮屈。こんなに大きくなれたのもお陰なのか……西原さんもそうだし津村も元浦も皆努力していた。俺だけ現実から逃げてしまっていた。

「私、本当は変わった自分になって内野君に告白する予定だった。でも変わり果てた貴方をみて本当にショックを受けた」

 まさか、俺のことをずっと好きだったのか? そんなに俺は惚れられるような自分であった自覚はない。

「私はショックだった。それでもこれからは内野君の力になりたいと思った。私が暗かった中学時代に助けてもらった逆の立場として。西原さんには本当にくっついてほしいとも思っていた。それを後押ししたかった。でもさっきの話聞いて失望した。今の内野君は本当に最低。私の青春を返してほしい。本当に……」

 俺だって昔はちゃんとしてた。あの事件以降、全てが変わり果てた。

「俺だって、西原さんを守りたいんだ……」

 俺は言った、本当は西原さんと仲良くなりたい。恋愛感情は分らないが少なくともクラスメートとして。

「俺は昔、自信があったんだ……津村に憧れられるほど。でも高校入学して元浦のこととか学校の存在に俺は潰されたんだ。自信過剰だったんだ。俺は誰にも必要とされないことを凄く恨んでた。でも西原さんに必要とされて凄くうれしかったんだ。色々弱みを握ってる関係であっても。西原さんは俺に打ち明けてくれた。だから西原さんを守りたい……」

 ——俺は力込めて話した。

「なあ」

 俺は更に言いたいことを言おうとした。

「よく考えれば元浦を許せなくなった、何とか今思えば段々報復したくなった、もうこれ以上は俺も許せない。俺だけに因縁つけるならいいけど西原さんを人質に取るやり方が俺はどうしても許せない、段々そう思うようになった」

「彼奴は大して強くない。自分の得意なことを強調するかっこつけ。苦手なことからは逃げるタイプ」

 確かにそう言う節がある。彼奴のクラスでの態度は本当に調子が良い。しかも自分のタイミングの良いときだけ。陸上部の時も要領の良い奴だった、でも苦手なことや面倒なことは上手く立場の弱い同級生にやらせてた。

「私が思うには、何か苦手なことに持ち込んで恥かかせるのが一番良いと思う」

 津村は本当に勘が良い。

「元浦自体に弱みを握らせるのは良いと思う。苦手なこととかは逃げそうだし、そこを突いて例の写真の件は決着つけるしかないかもね」

「それで、西原さんはどうするの?」

 自分だけこうして元浦に立ち向かうのに、津村はどうして西原さんに向き合わないのか。

「津村は、西原さんのこと、本心からどう思ってるんだよ? 西原さんに向き合えないのか? 正直憤り感じてたんだ。何で西原さんの事を避けてたのか」

「そう言うように否定されるとは思わなかった……」

 津村が、黙り込む。俺は言い過ぎたのか?

「私だって、本当は西原さんと仲良くなりたい。再開したのに……自分の保身ばかり考えて、あの時のことを思い出させて転校したとかバレるのが怖かった。イジメの過去を知られたくなかった。西原さんと関われば学区のことが分る。私も弱かったね。西原さんをシカトなんかして……」

「今からでも遅くないから、関わってやれよ。明日からでも……」

 ——津村は震えてる。

「私、今までバカだった。自分が変われた、昔の自分に戻りたくないと思って西原さんを避けてた。内野君におしつけてしまって。元浦の件は私も手伝うわ」

 嬉しい、打ち明けて良かった。何としてもあの恥ずかしい写真は流出してはいけない。西原さんの高校生活を守るために。

「とにかく、弱みを見つけるしかない、でもそれなら明日までに何とかしないと」

 明日までってもう時間が無い。今は夕方、元浦との約束は明日午前七時の校庭前。もう半日と僅かしか時間しか残っていない。

「西原さんの家はこの前行ったことがある。最悪訪問すれば良い。津村も一緒に」

 自信を持って津村は言う。

「分ったわ。私、西原さんに向き合う。私の事を思ってくれたことが貴方の口から確認が出来たわ、私も腹割って話す。もう隠したりしない。イジメのことも隠さない」

「俺は明日までに元浦の弱みを考える。色々話せて良かった。気が軽くなった」

 俺は今までのことを全て元浦にぶつける、絶対彼奴に恥を掻かせる。そう決めた。

「明日の朝までに何とかする。津村は西原さんの事を想ってあげてほしい。明日も普通に通学して。それから。後もう一言言えばプールに行く約束は忘れてないか? 西原さん、津村と今でも一緒に行きたい行きたい言ってたぞ」

「私は忘れてない。一緒に行きたい、仲直りして行く。六年前の約束を果たす」

 そうと決まったらやるだけだ。決心して、夕焼けが差し込む屋上を後にした。



 その夜はソファで色々考えていた。

 津村のこれまでのこと、元浦の弱点のこと。彼奴に何かで勝てれば良い。

 よく考えれば今でも俺はランニングをしている。長距離走なら自信もある。マラソンも自信はある。陸上部はやめたけど、ロリオタだけど、一人で黙々運動はしている、ランニングにスイミング。この学校は意識高いから一年生二年生に冬場にハーフマラソンまで強要させている。ほとんどの生徒がリタイヤし完走した生徒は半分以下。

 ハーフマラソン、俺は学年で二位だった。上位者はバスケやサッカーなど球技系の部活ばかり。そんな連中に混じって勝てたんだ。

「そう言えば彼奴、長距離全然だったな……」

 ——思い出した、ハーフマラソンの時彼奴は河川敷をベチャクチャ話ながら歩いていた。リタイヤしたことも覚えてる。スタート時点でもう彼奴は後ろの方。長距離は全然ダメ。

 彼奴の取り柄は短距離走だけ。一五〇〇メートル走とか全然ダメ。本当に最初の百メートルの瞬発力だけがピカイチ。二百メートルが限度。

 そこに何かヒントがあるかも知れない。

「そこに持ち込めば、彼奴を何とか出来るかも知れない。彼奴に勝てるのは長距離走だけだな。これを駆使すれば良いな……」

 ——俺はニヤついた。何とか罠に持ち込もう。

 そう考えて自室に籠り夜もすがら策を考えた。






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