第9話 俺は、偽兄妹の姿がバレてピンチになる
週末のプールの翌朝、俺は教室で何らかの幸福感に覆われていた。
西原さんの関係も昨日の帰りの列車で精算し、これからは普通のクラスメートの一人としての関わり方を模索していく。
このガヤガヤしたクラスと相変わらずぼっちの状態ではまだ難しい。これで変にクラスで関わったら元の木阿弥。
俺は何時ものようにラノベを一人で読み吹けていた。
クラスの男子から何かの視線を感じる。明らかに俺のことをじろじろ見ている。そして俺が立ち上がり教室に出ようとして歩くと男子が一人俺のことをあざ笑うかのようなに見下していた。
何だろう? 西原さんと仲良くしていることがそんなにムカつくのか? プールの事など誰も知らないだろ。男子の執念は怖い。
——授業中もそんな感じだった。何か変な気がする。俺はぼっちだ。誰も俺のことなど気も遣ってくれない。一匹狼はこう言う仕打ちにも耐える能力が必要だな。
時間の過ぎるのは早く、放課後になった。
今日は西原さんとはLINEは出来ていないけど明日の整理もあるし、無理に関わるのはやめよう、西原さんにも心の整理はある。今日は落ち着こう。
俺は帰り支度をして、下校しようと教室を出ようとした瞬間の出来事だった。
「内野、ちょっと話があるんだけど……」
後ろには元浦がいた、元浦が睨みながら俺のほうを見つめた。そして俺の右手を掴む。俺は身動きが取れなくなった。
俺はこいつの態度がウザい。まだ因縁があるのかと思った。
「お前に話があるから廊下まで来いって」
何だろうか。まだ因縁か、それとも嫌がらせなのか?
「俺はお前に関わる時間は無い。手を離せ」
俺は反抗的に言った。
その瞬間、元浦の顔が歪む。
「離してやるよ。だけどそしたらこの画像をアップして良いか?」
元浦は、その瞬間、スマホを取り出し、俺に写真画像をみせようとした。
「え、何これ?」
俺はその瞬間凍り付いた。その写真は昨日の俺と西原さんが東京マリンランドの造波プールで浮き輪に一緒に揺れ動いている写真だった。それも至近距離で。
「だから、これをネットにアップしていいかって?」
再度凍り付いた。一体何者の仕業なのか、俺の情報がバレたのか? そんなはずはない。
「さあどうするんだ? バラしていいのか?」
元浦の表情はにやけている。
「どういうことだ……」
「説明してやるよ、俺についてこい」
俺は元浦に言われるがままについていった。
——連れて行かれたのは校舎の中庭。以前西原さんと一緒に昼休みに過ごした場所だ。静寂な寂しい環境。
「ど、どうして、こんな写真を……」
俺は恐る恐る写真のことを聞く。
「俺は、先週のお前がここで西原と昼食を取ってたときに、ここで全部聞いていたんだよ、その情報が俺に漏れたんだよ」
想定外だった。何でこの場所が分るのか?
「この死角の所で全部聞いていたんだよ。お前が簡単に西原と仲良くなれるはずがない。どっかで弱みにつけ込んでるはず。でそう言うお前が許せなかったから俺はお前の監視をしていったんだよ。許せないから」
元浦の表情は険しい。
「だから……俺のことをストーカーしてたのか?」
俺は弱々しく答える。
「そうだよ。お前が西原とつき合うなんて許せない。だから見てたんだよ」
「で……東京マリンランドまで後をつけてたのか?」
「そうだよ! 先週ここでその情報を得たときはまさに青天の霹靂だった。残念だったな。そんな情報をここで漏らしてくれて。更に運悪い事に俺は毎年新聞購読者感謝サービスとして無料招待券を複数もらってるんだよ。ちょうどその日が招待日だったから。家族連れ多かっただろ。俺一人でストーカーしたらまずいから俺はクラスの友人を連れてお前らをずっと二人がかりで追い続けてた」
完全に想定外だ。
「プールでもサングラスしたり、ラッシュガードを着てお前に気付かれないようにペアで追いかけて写真撮るのは至難の業だっただったからね。特にこの角度からの写真撮るのは苦労した、持参した大型浮き輪に俺が乗って、その連れとお前と一緒に映すのに角度とタイミングが難しかったわ。でもその甲斐あって色々撮れたしな」
そこまでして俺を追い詰めたいのか。
「この写真だけでないぞ、色々写真撮ったからな」
次々に元浦のスマホから写真が出てくる。俺と二人で歩いているところ、俺が西原さんの浮き輪に捕まっているところなど。
「極めつけは、これだ……」
元浦の見せたのは動画だった。そこには流水プールで西原さんが「お兄ちゃん、お兄ちゃん」叫んでる例の動画だった。この後西原さんにいやらしいことをしまくったあの時の。
最悪だ。これがバレれば西原さんの人生は終わってしまう。
「お兄ちゃんって何だ? 凄く楽しそうだな。何かお前、西原の弱みにつけ込んでマインドコントロールとかしてるんだろ」
「してないぞ!」
「嘘つくな。お前は失恋したんだ。本来ならお前が口聞くことなんかあり得ない。お前そのショックで陸上部ためたからな。入ったときはあんな調子のってたのに」
何が何でも西原さんの小学生姿が拡散されることはあってはならない。俺より西原さんを守る。何か救いの手はないのか?
「言いたくないんだろうな。まあ仕方ない」
元浦の表情は余裕そのもの。
「でもな、俺は、お前が許せないんだよ……」
元浦の表情が、次第に険しくなっていく。
「俺は入学して西原を見かけた。人生が変わった。俺は彼奴を彼女にしたい。その一心で俺はずっと陸上部や定期試験で努力してきた。身なりも服装も。お前みたいなやめてグータラしてオタクに走ったお前なんかとは違う。そんなお前がぬくぬく仲良くしやがって!」
単なる嫉妬か? この威圧感と憎悪感。ただ俺のことを目の敵にしているだけだろ。
「俺は、西原とつき合いたい。お前みたいに何の努力もせず気取ってるのが許せない。だからお前の西原さんへの想いを潰す」
「俺のことをそんなに目の敵にしてるのか!」
「そうだよ! これ以上お前が何かするんだったら本気でこの画像、クラスの中に貼り付けるぞ! 今は俺のクラスの友人数人に教えたわ! 今はその程度で止めてる。でもお前が改めないなら俺は容赦しない」
だからさっきクラスの中で変な目で見られてたのか。やり方が汚い。邪悪な笑みを浮かべながら俺を見つめる。もしこんな写真がばらまかれたら西原さんの人生は傷つくだろう。西原さんの親も。俺のお陰で少し明るくなった、少しずつ関係をやり直したいと打ち明けてくれた。でもこんな奴に弱み握られたら仕方ない。
「どうしたい気なんだ?」
俺は自信なさげにつぶやく、元浦は自信を持った態度になる。
「簡単だ。お前が西原と絶交すること。そしたらこの写真は消去する」
信じられない、今までの関係を潰す気か?
「絶交して、どうするんだよ……」
「簡単な話。俺が西原さんの彼氏になる。彼奴は可愛いしあどけないけど癒やされる。俺は彼女にすれば俺はもっと箔がつくからな、お前なんかより俺の方がずっと良いはず」
こいつに本当に西原さんの好意があるのか? こいつに西原さんを渡して本当に西原さんを想ってやれるのか?
「想像力ないな、絶交はないだろ。そんなことして西原さん傷ついたらどうするの? 俺が絶交したら唐突だからな。皆疑いにかかる。それがバレればお前も危ないぞ」
「ふーん、そうなのか? お前も偉そうなこと言うようになったな」
細い目で見下す元浦、少しはダメージを与えられたのか? 俺は本当に後悔した、中庭とは言えどもこんな場所で水着とかのことを言うんじゃなかった。
「今絶交を決めるなんて無理だろうな。良いだろ。俺は三日間猶予を与える。お前が西原と絶交してこの写真を捨てるか。それともそれはいくら何でも可哀想だから限定的に関わることは許す。最低限の話し合い程度にとどめとおくとか、学校内で。でもそうならこの写真は保存してお前が何か変なことすればこの写真をばらまく。どっちが良いかはお前の選択だ。三日間で決めろ」
俺は何も言い返せなかった。どうしたらいいのか。
「俺は手粗なことはやりたくない。西原を悲しませたくない。ただお前が深くつき合うことが許せない。西原を最小限楽しませるための接触なら俺は許してやると言ってる。俺優しいだろ。他の連中だったらもうあの写真はクラス内で暴露されてたぞ。俺で良かったな」
自信もって元村は俺を見下し見つめる。
「俺もそろそろ部活だ。行かなきゃ。じゃあ三日後、どういう返事をするか俺は楽しみにしているぞ」
元村は自信を持って立ち去ろうとした。
「あ、それから……」
元村は振り返り俺を再度見つめた。
「まだ何かあるのかよ……」
「親しくメールとかで連絡したりするなよ。やったとしても最小限の関わりにとどめておけよ。後でメールチェックするからな、メール見せなかったらあの写真、クラス中にばらすからな」
元浦は去っていった。もう俺が西原さんと絶交しろと言う事なんだろう。このままなら西原さんが危ない。
俺は力が抜けた。それで力なくしゃがみこんだ。西原さんを幸せにしたければ元浦の要求を飲むしかない。
「ちくしょう!」
俺は大声で叫んでしまった。
自分の安直な行動のせいでこんな羽目になったこと、もう少し外で西原さんと関わればこんな弱みを握られずにずんだこと。そうした状態を作った自分のせいだ。凄く悔しい。何でもう少し考えられなかったのか?
最悪の状態に追い込まれた。
誰にも相談できない。
西原さんに安易に話しかけられない。
せめて俺が彼奴に何か勝てる要素でもあれば、こんなことにならなかった。自分の弱さ、情けなさ、かつてのプライドの高さが招いた事件。
俺は腰を震わせ立ち尽くすしかなかった。
「ど、どうしたらいいんだよ……」
この二日間、俺は教室で凄く居心地の悪さを感じている。西原さんに近づけない。話かけられない。元浦の視線が気になる。
授業も頭に入らない。何もしないまま時間だけが残酷に過ぎていく。タイムリミットまで刻一刻と時間が過ぎている。
そして昼休みになった。俺は教室から立ち去った。クラスでの居心地が非常に悪い。気分悪い。今日は一人でぼっち飯でもしよう。
俺は、以前西原さんと昼食を取った中庭の裏で一人座り込んで昼飯を食べながら考えている。今は残酷なほど静寂だ、人の気配がない。
この先、西原さんの幸せを願うならどっちがいいか。
西原さんと絶交。証拠がなくなるのは大きいが、西原さんの心に大きな傷を残す。俺自体が西原さんへの加害者になる。津村の気持ちも裏切る。あまりにもこれは残酷だ。
証拠は残るが、西原さんとの知り合い程度の付き合い。
どっちも残酷だ。考えられない。
そう考えてる間に、西原さんからLINEの連絡が来た。
『内野君、今どこにいる?』
嫌なタイミングで西原さんからの連絡が来た。
『今日は一人、ちょっと考え事をしていた』
『何悩んでるの?』
本当の事が言えない。今は保留して欲しい。
『今は一人にしてくれ、放課後、ちょっと話したい』
俺は言ってしまった。もう後戻りできない。
『うん、いいよ』
放課後の帰り道。俺と西原さんは校門前で待ち合わせた。
下校時間だけあって、次から次に生徒が帰っていく。その横の校舎での前で俺は心して構えた。これからどんなに残酷なこと言ってしまうか分らない。西原さんを守るため、そして俺自身が裁きを受けるために。
「お疲れ、内野君」
西原さんがやってきた。何かウキウキしているみたい。
「話したいって……何の話なの?」
西原さんは謎めいた表情で俺を見つめる。
「とても言いづらいことがあって……」
「どうしたの?」
緊張のあまりドキドキする。本当に言っていいのか? 言ってしまえば西原さんは悲しむだろう。でもバレてあんな姿を見せられる。そしたら西原さんはこの学校にいれなくなるだろう。どっちがマシなのか?
——俺たちは何も言わず黙々と近くの児童公園まで来た。以前待ち合わせをしたあの公園。ここなら誰も生徒はいない。子供達が相変わらず無邪気に遊んでいる。
そんな中で俺は西原さんと面と顔を向かい合わせにして覚悟を決めた。
手には大量の汗が滲んでいる。
「内野君、こんな人の少ない所まで来て、どうしたの?」
西原さんに怪しまれる。
俺は勇気を振り絞る
「西原さん……」
恐る恐る俺は話した。
「やっぱり、俺たち、しばらく距離を置きたいと思って……」
西原さんの表情は凍り付いた。
「何、何でそんなこと突然言うの?」
「やっぱり俺たち釣り合わないと思って。西原さんはモテるし、皆から憧れられ、絶世の美女だし、男子なら誰にでも優しく出来そうだし、そんな俺となんか釣り合わない。俺みたいなオタクでなおかつロリコンで少女の姿させて嬉しがってるような俺なんかと仲良くしたら西原さんは本当に嫌な思いする。だから……」
「そんなことないって!」
西原さんががなり立てる。
「そんあことあるよ! 俺、本当に悪い事をしてしまった。西原さんとこれ以上いると、俺は西原さんに迷惑をかけてしまう。俺、クラスで睨まれてるし……」
俺は意図的に西原さんを遠ざけようとしている。
折角仲良くなれたのに。何でこんなこと言うんだろ。西原さんに傷ついたことを言ってるのは自分でも自覚できている。でもこう言うこというしかない。
「私は津村さんと仲良くなりたい……一緒に仲良くなるために協力するって言ったよね! 私本当に内野君には期待してたのに! なのに何で?」
怒っている表情ではなく半泣き状態。
「私は内野君と仲良くなれて良かった、色々私の想いも叶えてくれて良かった。これから2人で色々楽しいことが始まるのに、何で……」
俺は分ってる、西原さんを傷つけてることを、でもそれは本心で言ってない。だから本気で辛い。西原さんを確実に傷つけている。
「何かそう言うこともあって、考え直したいと思って……」
「何でなの、何が絶世の美女なの? 私そんな顔に生まれたことを望んでないのに皆勝手だよ。私の事を外見だけで可愛い可愛い言って遠ざけていく。だから私友達作るのが苦手になった。ずっと一人で苦しかったわ! 折角そんな中で出来た友達なのに、どうしてそう言うこと言うの?」
西原さんは泣き出した。涙が瞼からにじみ出る。
——泣かせてしまった、最悪だ。
でもこれでいいのかも。これ以上関わると西原さんに危害が及ぶ。もう西原さんに危害を加えたくない。俺が遠ざければ西原さんは俺のことを忘れてくれるだろう。
「西原さんが嫌いになったわけではない。ただ付き合い方を考え直すだけ……」
「じゃあ……もういい……」
西原さんは何も言えなくなった。そして何も言わず泣きながら公園を後にした。
俺は西原さんを止めやしない。西原さんが遠ざかっていく。これが一番マシな手段だったのかも知れない。
ずっと俺は立ち尽くした。しばらくして子供達が帰っていき公園に一人取り残されても俺は動けない。
「俺だって……西原さんと一緒に過ごしたかった!」
下を向きながら叫んでしまった。
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