第6話 俺は偽兄として「偽妹(クラスの美少女の変装姿)」に付き添う


 ボランティアも終わり、相変わらず今週もクラスではぼっち状態。西原さんもぼっち。ただひたすらクラスメートにばれないようにLINEで接している。

『内野君、明日だね』

『うん、明日のショッピング』

『家から少し離れてるし、あそこは家族連れしか来ない完全な子供とファミリー層向けだから同級生は来ない』

『クラスメートには見つからなそうだね』

『私も小学生になり切るんだからそう言うのは見られることは避けなければならないし』

『西原さん、小学生になり切るんだからね。コスプレイヤーよりコスプレイヤーらしい』

『何よ、楽しみなくせに』

『楽しみだよ。正直に言います。妹に飢えてました。昨日も言い争で胸くそ悪い』

『よろしい。気に入ってくれてて嬉しい。内野君の理想に近づきたい』

『明日はバラバラで行こう。電車の中で見つかってもマズいし』

『了解。明日の十一時に一階のエントランス前でね』

 こんな感じで俺は教室内外でバレないようにLINEで会話している。何としてもバレないようにと。



 翌日の週末。俺は西原さんの約束通り、自宅の最寄り駅から数駅離れたショッピングセンターに足を運んだ。

 やはり週末だけあって、家族連れが多い。学生らしき人は全く見当たらない。これなら安心できる。西原さんを安全に楽しませられる。

 ——そう思いながら、西原さんが女子トイレの方からやってきた。

「お待たせ、お兄ちゃん!」

 そこには薄いピンクのパーカーを纏い、下には軽い下着のシャツ、そして水色を基とする無難なスカートを身に纏い、ツインテールにして小学生らしいゴムバンドで髪を止めている。外見は完全に小学校高学年。この外見ならお兄ちゃんに見られても不思議ではない。西原さんの笑顔は可愛い。小学生姿なら尚更だ。

「西原さん、小学生姿に見える」

「もう、ここではその呼び名ではなく下の名前で呼びなさい。あくまでもこの中だけなんだから透お兄ちゃん」

 こんな西原さん見たことがない。完全にデレている。おしゃまな妹そのもの。義妹ならぬ「偽」妹だ、当然俺も「偽」兄だけど。今日は偽りの姿を演じきるしかない。俺の完全な理想型だ。家族の妹なんかより全然妹として接したい。こんな妹なら人生本当に変わっていたな。

「なあ、春香」

 下の名前で恐る恐る呼んでみた。

「うーん、お兄ちゃん何?」

「その格好。マジで気に入ってるか?」

「うん、もの凄く。お兄ちゃんのために今日服のチョイスを考えてみた。クローゼットの箱から何種類もある服を整理して、好みに合うように。このために残しておいて良かった」

 前屈みになりながら俺のことを小悪魔的に見つめる。

「最高だよ。春香。こんな妹が欲しかった」

「嬉しい! 存分に遊びましょ! 生まれ変われたみたい!」

 西原さんは張り切りながらショッピングセンターを駆け抜けていった。無邪気な姿で。

 ——二人が向かったのは、二階のゲームコーナー。

「まだこのシリーズ、クレーンキャッチャーであったんだ……」

 西原さんが取りたがってるのは、誰もが知っている超絶大ヒットした少年漫画のキャラクターのぬいぐるみ。

「お兄ちゃん、私これ持っていない」

 西原さんは、キラキラした目で俺を見つめる。

「仕方ないな。取ってやるよ」

 俺はクレーンゲームを始めた。ゲーセンのクレーンゲームは専門店に比べて設定が緩く、百円玉が大量に死ぬことはなさそうだ。ほんの数枚で獲得成功。

「うわー、欲しかった。お兄ちゃん流石だね?」

 周りがじろじろ見ている。リア小女子や幼稚園児らしき子供の集まり場だ。俺にとっては完全な場違い。

「お兄ちゃん、こっちもやってみてよ。可愛いよ!」

「バカ妹、俺の財布をパンクさせる気か」

 多くの機種を見つめる西原さん。とても子供っぽい。服装が幼くてもそれ以上に幼い言動が目立つ。ボランティアの時と変わらない。リアルでも精神年齢小学生。

 そんな西原さんでも心は癒やされる。理想のお兄ちゃんになれたようだ。マジで西原さんの小学生姿は可愛い。

「お兄ちゃん、子供服はこのゲーセンの横の一角にあるわ!」

 西原さんはキラキラした眼で歩いて行く。待ってくれ。俺は西原さんについて行けない。景品入れのビニール袋を取り、それに人形を入れた。



 子供服売り場に到着。アウトレット顔負けの品揃えと、様々なブランドが揃う圧巻さに俺は驚く。

 その横には初夏らしき既に子供用の水着が並んでいた。いいや、水着だけではない。水中眼鏡とかバスタオルとか浮き輪とか一通りの水中用品は揃っていた。

「凄い! こんなに水着が揃ってるのは夢みたい!」

 子供じみた笑顔で微笑む西原さんに何をして良いか分らない。本当に水着の品揃えも圧巻だ。こんなに女の子の水着は種類が多かったか? 全然分らない。そう言うの気にしないからな。

「そう言えば、ここでは試着で着るみたい。一つ一つ着てその中から選びたい!」

 本当にこのおびただしい水着を全部着用する気か? 西原さんの幼い思考からしたらあり得そう。

「なな、もっと考えようよ。それ全部試着してたら日が暮れるよ……」

 その面倒くさそうなニュアンスが西原さんを怒らせる。西原さんはむっとした態度で俺を軽く睨む。

「夢を壊さないで。今日は何のために来たんだっけ?」

「はいはい、分りました」

 とにかく種類が豊富。何から手をつけて良いか分らない。西原さんもキラキラした目線に成ながら迷っているようだ。

 その時三十代の販売店チーフ女性が俺らに寄ってきた。

「何かお探しですか?」

 俺らに声をかける。

「あの、俺の妹が、水着を選んでるようで。何から着たら良いのか迷っているのです。ビキニがいいのか、スクール水着みたいなのが良いのか」

「……そうですか、そちらの妹さんですね?」

 女性店員は西原さんの方を見ている。

「迷っているようでしたら、水着にも色々あるので代表的なモノから着用したほうが良いと思います。水着でもセパレート、ワンピースタイプがあり、そこからタンキニとか更に細かく分かれるので」

「お願いします! 私は何を選んで良いか分りません。お兄ちゃん、ちょっとお願い」

 西原さんはスマホを取り出した。

「試着したら私の撮影お願い。自撮りは自信ないし」

「別に良いけど、全部?」

「出来れば手当たり次第に」

 どれだけの水着を相手にそう言うこと言うのか?

「全部ではなくても、私に任せてください。きっと妹さんのタイプを見つけてみますよ」

 店員の説得により、西原さんは遠慮しがちだ。しかし俺は西原さんの水着ショーにつき合うことになった。


 先ず西原さんが着用したのは定番のセパレート。

 タンクトップは白と青のストライプで胸元にイカリマーク。ボトムスがスカートタイプ。

 無邪気で元気な姿で腕を組んで明るいスポーディなイメージ。


 二着目。これもセパレートだが、トップがビキニでワイシャツも着るタイプ。

 これは年頃の女の子が一番好きなタイプ。ビキニの紐が首をとりまき、水色の英字入りのシャツで覆い隠している。ボトムスはフリフリのスカートタイプ。


 三着目。トップはラッシュガードにボトムスは短ズボン。上下共に薄着で肌全体を覆い隠している。腕は後ろに抱え、大人しそうな、クールな表情を表した。


 四着目、定番タイプのワンピース。

 真ん中にリボンをつけたストライプタイプ。年齢以上に幼く見えがちであどけない姿に口を膨らませむーっとする。これこそ王道の幼年姿で人形みたいに見える。


「うーん、どれも可愛いけど……」

 俺はひたすらに西原さんの水着姿をスマホに写し続けた。まるでファッションショーのカメラマンみたい。

 もちろん頼まれ事だからではあるが、嫌々感はない。何か楽しいし西原さんの小学生の幼い可愛い姿を拝むことが出来ているので良かった。こんな姿クラスメートにバレたらただではすまないだろう。

「お兄ちゃん、真面目にどれが可愛いか考えてよ」

 西原さんは俺にぐいぐいせまる。

「俺はやっぱり……」

 どれも犯罪的に可愛い。選べない。

「何よ。照れすぎ……」

 今まで二次元の幼い女の子を脳内でしか楽しむことが出来なかったが、これはリアルの世界。リアルで偽妹の水着を拝める。じろじろ見ても犯罪ではない。本当に夢のような世界だぞ。試しに自分の頬をつねったが痛い。夢ではない。

「お客様。色々なタイプを試してみましたね。色々見ましたが、やはり妹さんにはワンピース姿がお似合いですよ」

 店員さんが、タイプを見極める。

「え、どうしてですか?」

「今見てましたけど、妹さん、とても無邪気にしています。幼い感じはしますけどラッシュガードやセパレートだとお洒落で大人っぽい印象です。やはり妹さんは少し無邪気でお兄さんとの関係を大事にする、お兄さんも妹を大事にするので少し子供らしい水着の方がお似合いですよ」

 店員さんにまで西原さんは幼いと見られてるのか?

「……そんなに私は幼く見えますか?」

 何か気に入らなさそうな西原さん。でもそう言う仕草がかわいい。こんな二重人格の姿は俺以外に知らないだろう。

「じゃあ、他のワンピースも試着してみますか? もう少し他のも探してみたら良いですよ、ワンピースにも色々あります」

 西原さんは受け入れたかのように、再度水着にキラキラしながら試着を再開した。

「お兄ちゃん、撮影よろしくね」

 ——何枚も何枚も試行錯誤の上で試着し、何とか買いたい水着が決まった。

「お兄ちゃん、これでいいでしょ。似合う? 私ちゃんと選んだからね」

 選んだのは、水色を基としたワンピース。胸元には無邪気な英字が白抜き。上は水玉のチェック姿で肩はフリフリ、下のスカートは白のストライプ。そして胸元にはピンクのリボンが施されてる。

「春香、本当に可愛いよ。兄として言うが、天使みたい」

 俺の脳みそは沸騰しそうだ。スク水風呂も相当過激だったがこれは更に凄い。じろじろ見れることが凄い喜び。こんな立場でなかったら完全に手が後ろに回ってただろう。こんな姿で一緒にプールで遊べたら本当にワクワクするだろうな。偽兄としてではあるが、これも段々と魅力を感じるようになった。

「じゃあ、この水着を買います」

 何とか買い物をして袋に包み、俺はさっきゲーセンで持ってきた袋の中にこっそり水着を入れた。万が一を想定して。

「良いお兄さんをお持ちのようですね。ちゃんと妹の買い物に来てあげてね。その年齢なら普通は母親か友達と来るはずですが……」

 先ずその前に俺らが普通ではないし。中身は。

「親が忙しいんで、妹が不憫なんです。友達も忙しくなかなか一緒に買いに行けないので」

「だから妹さんの事を大事にしているんですね。良い兄ですね」

 こんなこと言ってくれる店員もいるのか。世の中捨てたモノではない。

 ——その後も、本売り場ではマンガや児童書をキラキラさせながら見て、家具コーナーでは小学生のインテリ部屋のモックを楽しんでいた。

 本当に、妹がこんなのなら良いのに。



 お腹が減ったので、フードコートに向かった。既に昼を回っている。

 フードコートには何種類ものの店が入っていた。ハンバーガー、うどん、ラーメン、洋食等々。どれも子供向けを意識したメニューが多い。

「混んでるね、お兄ちゃん。ファミリー層ばかり」

 ほとんどの席は子供連れで賑わっている。昼過ぎでも混雑は収まらない。一苦労して何とか席を見つけた。

「何か買ってくるよ」

「いいわ、私も行く。私、洋食がいい。あの店舗ならアメリカに近い味だから」

 俺は西原さんと、洋食店舗に並んだ。

「すごいなここ」

 行列が半端なかった。

「皆子供は洋食好きだしね。アメリカはハンバーガーとかピザとかばっかりだしね。うどんとかラーメンとかあることが日本であることを物語っているね」

「アメリカにもフードコートはあったの?」

「何よ。発祥はアメリカなのよ。アメリカではこんなの当たり前だわ」

 人気のせいか、かなりの行列を並び、何とか注文したモノがテーブルに並んだ。

「うわ、美味しそう! やっぱり日本だわ! オムライスは!」

 俺も西原さんと同じケチャップたっぷりのオムライスを注文した。

「オムライスは日本にしかない食べ物だし、こうやってフードコートでオムライス食べてたら本当に異文化を感じる」

 俺たちはオムライスに手をつけた。

「卵ふわふわ。これはけっこう子供っぽい味かも」

 確かにここはフードコート。ほとんど子供連れ。俺たちぐらいだ。高校生同士は。でも建前上は違うけど。

「日本の味だわ。子供の好きな食べ物上位だし、私もこうして子供っぽい味に小学生の服装しているのが本当にムードを作ってる。ねえ、お兄ちゃん」

 デレデレした表情に西原さんは完全に子供になり切ってるんだと思う。現実と理想の区別がついていない。でもそれも可愛いが。

「お兄ちゃん、水が欲しい」

「仕方ないな、春香は。取ってきてやる」

 西原さんに見送られるまま、俺は近くの給水場に向かった。

 二つコップを取り出し、水を汲む。

 ——そのとき、フードコートの女性スタッフらしき人が、後ろから寄ってきた。

「ここ、失礼します。汚れてますので、少し拭いておきま……って、内野君?」

 え、何で? 今、内野君って俺の名前読んだのが聞こえた。

 聞き覚えある声。おれは恐る恐る後ろを見る。ポニーテールにした姿、目つきの良さ、明るい顔つき。赤と白のストライプのカッター、そして髪落ち防止の帽子姿。

 従業員姿になった津村がそこにいた。

「え、つ、津村? 何でこんな所に?」

「見て分らない? 私ここでバイトしているの」

「校則ではバイト禁止だろ」

「分ってるわよ。でも私須々木先生に届け出出している。理由があるならやっていいって許可が出た。理由を説明したら学校としても納得してくれた」

 あの先生のことだからバイトするぐらいなら勉強しろ、意識高めろなど言うはずなのに何で津村のバイトは良いんだ? そんな貧乏なのか?

「それよりも、何で内野君、二つ水持ってるの?」

 ギクッとした。

「へー、もしかして二人で来ているの?」

「……何でそんなことを?」

「内野君、高校生になって一人ぼっち多いから直ぐ分る。あまりクラスでも人のこと気にしないタイプだし」

 アルバイトしててもそう言うこと見えてくるのか。

「で、誰といるの? 教えてよ」

 まずい。だって、この先見られたら小学生姿の西原さんを見られる。

「今、仕事中だったらあっち行った方が良いんじゃないの」

「大丈夫、私の仕事は周囲へのサービス。お客様の気遣い。これも仕事」

 俺の後をついてくる津村。迫ってくる。本当にまずい。

「俺大丈夫だから」

「紙コップ二つ持っていくよ。サービスだよ。誰かいるんでしょ? 見てみたい」

 俺の後ついてくる津村。もうバレる。おれは冷や汗かいた。

 ——テーブルに着くやいなや、津村は目を開いて驚いた。

「え? 西原さん……どうして二人でいるの?」

 バレた。西原さんの小学生姿。小学生の水着がバレる。二人で一緒にいるところをクラスメートに見られた。明日絶対話題になる。西原さんは驚いてびくびくしている。

 何が何でも西原さんの高校生活は最低限守らなくてはいけない。何とかして嘘でも良いから説明しなければならない。

「津村、このことは黙っててくれ。俺らは先週のボランティアの反省会をやってたんだ、だからこんな所でしている所がクラスにバレたら大変なことになる」

「え、そうなの? 恥ずかしいことでは無いと思う。内野君、ビビりすぎ」

「お願いだから今日の事は。西原さんが俺とこんなところで一緒にいた所分ったら何か因縁とかつけられそうだし、色々と。そのことも考えてあげて」

 西原さんは面白くない顔をしている。何としても西原さんに危害が行かないように。

「反省会の割には、そこに大きなゲーセンのUFOキャッチャーの袋あるけど?」

 まずい、中身がバレる。

「俺たち、二人とも学校ではぼっち同士だろ。これから、どうやってぼっちを克服するかとか、西原さんがどうすれば友達と上手く出来るかとか考えた。で、一緒に行動して楽しんで考えていく。これも反省会……」

「ふーん、そうなんだ……」

 何か作り笑いする西原さん。そんなことは恥ずかしいことと思わないのか?

「そう言えば西原さんの姿はかなり子供っぽいけどどうしたの? 私服苦手?」

 これも見つかった。次から次にまずいものに目をつけてくる。勘が鋭い。

「……えーと、私ね、あまり家から出ないから制服は着こなせるけど私服は苦手。だから、こんな服になったって後で気付いた」

 西原さんも嘘つくのに必死なようだ。

「そ、そうなんだ。あまりにも小学生との雰囲気変わっていないから」

 何とか見逃してくれたそうだ。よかった。

「本当に大丈夫か? 津村。周りはまた混んできたぞ。他の所も手伝わないと」

 邪険な態度で津村に接する。

「大丈夫よ。私はこうやって話しながらお客さんのニーズに応えるのが仕事だもの。色々フードを運んだり、周り掃除したり、お客様とコミュニケーション取ったり。でも二人とも仲良くなれそうで安心した」

 本気で言ってるのか?

「それ、本当にそう思ってくれてるのか?」

 何か無性に腹立った、西原さんの顔も歪んでる。

「本当よ、内野君。言ったでしょ。私、西原さんと仲良くなって欲しいと思ってるから。西原さんも友達出来て良かったね」

 言い方が適当になる津村。西原さんはいつから友達認定したんだ?

「そんなに言うなら、今日の事は内緒にするから、クラスではね」

 何とか助かった。

「でもね、私ね……」

 津村が何か言いたそうにしている。

「……西原さんと、もう一度仲良くなってみたいなと思う」

 突然の津村の一言に西原さんも困惑している。こういう時に西原さんは弱い。

「私、小学生の時より話すの苦手になってる……こんな私で良いの?」

「仲良くするのは得意苦手あるし、少しずつね」

 何か二人の関係がぎこちない。互いに避けているような感じがする。津村も小学生の時の同級生の割には何か愛想がない。仲良くしたくても何か障壁がありそう。

 何かがおかしい。俺は少なくともそう感じる。

「もう私も、昔のように本読んだり出来るかどうかは分らない……」

 西原さんも下向いてしまっている。

「まあ、西原さん、下向かないで。時間は過ぎてしまったのは仕方ないけど、少しずつ」

 時間、恐らく小学五年生の転勤のこと言ってるんだろう。あまりにも時間は残酷だ。二人の関係を無にするほどに時間が経過している。

「何か、今日は思ったよりぎこちないね。でも二人は何とかやって行けそうだし安心したわ私。私はまだ忙しいから、店舗に戻るけど今日の事は黙っておくし、焦らず少しずつ二人と仲良くやって行けたらね。もう一度。じゃあね」

 ——西原さんは、何も言えないまま座り固まっていた。津村は早足で戻っていく。その矢先に別のファミリー層に絡んでいく。俺らの前では見せない明るく楽しそうな姿。完全な陽キャラだ。西原さんの食いつきも本当に良くない。この前の態度と言い絶対に何か二人を引き離すものがある。触れてはいけないものだろう。

「西原さん、とにかく良かったね。水着のことはバレてないから」

 さっきの偽兄妹の楽しい無邪気な姿はもうない。俺も西原さんも完全に暗い表情になっている。西原さんはもう我に返っている。

「津村さんは、あんな子じゃなかった……」

 水着のことがバレずホッとした表情ではなかった。それ以上に何か抱えてるような深刻な落ち込んだ表情だった。西原さんも津村に対し同じ事思ってるのか?

 絶対あんなリア充になるまでに何かがあるはず。

「内野君、これ食べ終わったら帰りましょ。私、ちょっと混乱している……」

「水着のことか?」

「……いいや、津村さんの事。私……話せなかった。色々……」

 どうしたんだろう。仲良くなりたいのか? 西原さんは津村の態度に怯えていたが、関わりたそうな一面もあった。何かの変化なんだろうか。

 そのまま無言でオムライスを食べ終わり、トレイを戻し、俺たちはフードコートを出て入口周辺に戻った。

「じゃあ内野君、お疲れ、色々あるけど今日の事はまだ整理ついていない。トイレで着替えて帰る。続きはまた学校でね今日は私こそ色々ゴメンね」

「今日は、俺もすっきりしていない。互いに頭を冷やそう、じゃあな」

 ——偽兄妹のワクワク感はもうなくなっていた。あれだけ楽しく無邪気な西原さんを見ることが出来たのに。津村の無愛想な態度が気になる。

 今日の夜のランニングは頭いっぱいで全然集中することが出来なかった。何時もより荒い息になっていた。







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