第4話 俺は、クラスの美少女の子供っぽい一面を知ってしまう
翌日の朝、クラス内で周りの目線を感じる。
特に元浦からの目線。
周り(特に男子)からの冷たい目線。これに俺はこれから耐え抜く羽目になるのか?
完全に拷問だ。
二時間目の授業。この時間は世界史。
先生はベテランの年輩の叔父タイプ。ひたすら質問攻めしてくることが特徴。当たればかなり難解なキーワードを答えさせられる。
よく考えれば俺は西原さんの左隣。近くの席だった。ちらっと西原さんのノートを拝見する。横からの目線で。西原さんのノートは綺麗に纏まっている。見ているだけで惚れ惚れするような段組、分かりやすそうな図表。インデックスも貼ってあり参考書として使えそうなノート。俺の纏め方とは大違い。
——俺はより西原さんを意識するようになった。これまでは近くなのに避けてばっかりだったのに。そのときだった。
「内野、今ぼーっとしてただろ」
嫌なタイミングで先生に捕まった。
「そんな先生の話もろくに聞いてなくて余裕なんだな。じゃあ答えてみろ。1814年に行われたナポレオン戦争の後にウィーンで行われた会議は?」
アドリブで回答を要求してくる
「ウィーン会議」
「じゃあ、その後、その会議はどうなった? 答えてみろ」
予想外の展開だ、これは結構シビアだぞ。そのときだった。
西原さんがとっさに俺の机にメモ用紙を瞬間的に置いた。何かこの回答の答えっぽい。分かりやすく書いてある。助かった。
「今の見た? 西原さん」
後ろの方から僅かな噂話が聞こえる。
「何で内野なんかに渡してるの? 嫌みな質問を明らかに助けようとしていた」
「あり得ないし」
クラスメートがざわつく中、西原さんの顔が蒼白気味だった。このタイミングは流石にマズいだろ。
「内野、早く答えろ」
先生が追求する。これは助け舟だ。ありがとう。助かった。
「ウィーン協定書を調印し、ウィーン体制が作られた」
メモに書いてあることをそのまま読み上げる。
「そうだな。正解」
ほっとした。でも周りの注目度は更に高まっている。
「あいつ、何か西原さんに仕組んでるだろ」
「まさか、つき合ってるとか」
とりとめも無い噂が流れる。西原さんは震え気味だ。
「あの二人に何の接点? ボランティアやってたからって」
「あんな陰キャラに接点なんかないよ。西原さんの方が一方的に気を遣ってるんだろ。昨日の挙手もそんな感じだったし」
「どう考えても、不釣り合い」
「内野の奴、西原さんをどこまで気を使わせてるんだ?」
「ちょっと五月蠅いわよ。内野君がそんな訳ないでしょ」
ついに津村が周りに注意してしまう
「気にしすぎだよ。内野君がそんなわけない」
「冴恵も、気にしない方が良いよ。内野なんか変だし」
冴恵の友人女子も声を出す。
「今は授業中だから静かにして」
津村の一言で、周りが静かになった。流石クラスの中心人物のリア充の発言権は大きいのがよく分る。
「津村、いろいろ五月蠅い。じゃあ、この後の展開、どのようにウィーン側が変遷したかこの続き答えてみろ」
容赦ない質問が飛んでしまう。津村は悪くないのに先生は何でそこのタイミングで当てるんだ。当てるべきは、俺のことで私語を喋ってた男子連中だろ。
本当にこの世界史の先生は嫌らしい。
「すみません、私予習不足ですので分りません」
津村は上手く切り返す。これもリア充の技なのか。何とか先生も見逃してくれたけど本当に嫌らしい先生。
それよりも俺が噂になること分ってて西原さんは俺に見える形で助けた。でもあのタイミングなら却ってまずかった。西原さんはこういう時にも空気が読めてないな。自分の勘定だけで周りを巻き込もうとする。
西原さんは確かに美少女だけど、人と関わると子供っぽさが出るし、コミュ力の無さも露わになる。そう言うことが分かってしまった。
時間も過ぎるのも早く、六時間目の英語の授業も終わった。
「はい、今日の授業はここまで。明日は今日授業したところの討論をやります。もちろん英語で答えてもらいます。しっかり自分の意見と回答を話せるように準備しておいてください」
「起立、気をつけ、礼」
「ありがとうございました」
最後の授業は英語だった。相変わらず高度な要求の連発。須々木先生は職員室に戻る準備をしていた。
「あと、それから」
須々木先生が教室から出る時のことだった。
「内野君と西原さんは例のボランティアの件でこれから中央図書館に向かうこと」
須々木先生の一言でまたクラスメートが固まった。
西原さんは罰悪そうな顔をする。
俺の方を見て何かまた怯える
「内野君、先行ってるね」
小声で話しかけ、何かから逃げるようにさっと西原さんは教室を後にした。
本当に気まずい。
「今の見た? やっぱり西原さん、内野に気を遣ってるじゃんかよ。
「だな、そそくさ逃げるような態度だったし」
「西原さんだって何か弱み握られたんだろうな。何かある」
俺は本当に暴力を伴わない羽交い締めにあってるような感触だ。
「内野、やっぱ何かあるよな。様子変だもの」
やはり元浦の因縁だ。このタイミングで絡んでくる、やっかいだ。
「何も、ないよ……」
俺は力弱い声を押し殺すように元浦を牽制した。
「ないはずがない。おかしいな。俺は、今気分が悪い。何とか言ってみろ」
俺は黙り込む
「ほら、黙り込んでないで何とか言えよ」
元浦のやつ当たりがエスカレートしていく。嫌なタイミングで俺をつぶしにかかる。何でそんなに俺に執着するんだ。
「もういい加減元浦君も、内野君に絡むのやめてちょうだい。つき合ってる訳ないでしょ。どうして何時もそんなに目の敵にするの?」
津村が面と向かって元浦に注意する。元浦は悔し紛れに俺の方を睨み付ける。
「今日はこのぐらいにしてやる。絶対にお前は常にマークするから……」
そう言いながら逃げるように元浦は教室から出た。まだ周りがガヤガヤしている。津村は今日二回目のファインプレー。クラスのカースト上位の発言は本当に権限がある。その権限に何時もなだめられてる。もう気分が悪い、俺は立ち去るようにして教室から早足で去って行く。もう嫌だ。こんなに舐められるのは——。
「……ち、ちょっと待って。内野君」
津村は、その時、俺を早足でおいかけようとした。
「内野君、言われっぱなしはダメよ、何とか言わないと……」
俺は津村から逃げるようにして早足で歩く。津村が後からついてくる。
「ついてこないでよ、これから図書館行くんだ、例のボランティア——」
何かむかっとした。何でこうなるんだろうか。津村に助けられっぱなし。中学の時とは完全に立場が逆だ。俺は自分が落ちぶれた屈辱感をこの津村に存分に味わされている。
「別に助けてって言った覚えないし」
俺は立ち止まり、ムカついて津村の方を見る。気付けば、階段近くまで来ていた。クラスメートの存在が薄くなる場所まで。
「私は本当に、内野君のこと思って……」
ムカついた。津村と西原さんは小五の時にクラスメートだったはず。何でこう津村は西原さんに無関心なのだろうか。あの時ウザそうな顔したのか? 西原さんには構おうとしないのか? 全てが謎である。俺は覚悟を決めて、津村に聞いてみる。
「そんなに言うなら、西原さんとはどうなったの? 友達だったんだろ昔」
西原さん。この一言で津村の様子が変わった。今までの好意の顔つきが段々と作り笑いになっていくのが分る。
「べ、別に何でも無い。ちょっと小学生の時に一緒だっただけ。もう西原さんは立派だし、内野君とも何か上手くやれてそうだったし。今日の社会の授業とか、だから気にしてないだけだから……」
本当にそうなのか? 何かぎこちない態度。
「何かおかしいぞ、何か西原さんとの関係に何があったんだ?」
津村の顔から穏やかな表情が消えた。
「……だから良いでしょ。それ以上、何か言うことある?」
西原さんのことで気まずいのは俺でも分かる。
「そう言えば、中学の時は明るくなかったけど、高校に入ってから信じられないほど変わってしまったね。明るく。まるで中学の時とは立場が逆転したようだ」
その時、津村の表情が大きく歪んだ。
「内野君も変わってしまったね」
津村の表情が鋭くなる。余裕がないようだった。
「だけど、中学時代を知る俺にとっては信じられないような変貌だよ。そんなに明るいんだったら何で西原さんとは復縁しないの? 小学校からの再開なんだぞ、気にならないか?」
俺は顔をゆがめて津村に説得する。
その時だった。
「別に良いでしょ! 内野君の知ったことではない!」
完全にむすっとした表情になった。初めて見る津村の表情。暗い過去を探られたことに怒ってるのか、西原さんのことを言われたのが嫌なのか何故なのかは分らないがとにかく津村は真剣に怒りを露わにした。
「おかしい。西原さんの事なのか? 過去のことなのか? 何が嫌なのかさっぱり俺には分らないけど、どうしたの急に?」
「知ったことではないわ!」
口がドンドン尖っていく。
「じゃあ聞くけど何で西原さんとは小学校の時に面識あるのに、何で関わろうとしないんだよ。何で避けるんだよ。一人ぼっちで凄く寂しそうだぞ……」
そして津村は頭にきたせいか、完全に怒り心頭になる。
「内野君だって、ぼっちでいるのに何で西原さんの事なの? 私、内野君のこと本当に心配してる。そして西原さんも……西原さんはタイミングが難しい」
難しい? 何でなんだろう。何か隠しているのは明らかだ。これ以上は平行線。
「内野君も陸上部絡みで色々しんどかったのは分る。でも、何があったのか分からないけど西原さんがあのタイミングで一緒にボランティアしたいと行ってくれて本当に良かった。楽しんで欲しい。私はもう良いから。それが言いたかった。西原さんは美人だし、内野君のこと助けてくれたし、一緒にいることは本当に、良いことだと思うよ」
津村の声がドンドン枯れてくる。まさかとは思うけど、津村でも西原さんの事を何か嫉む気持ちでも芽生えたのか? 気になる。二人の五年半のブランクはあまりにも大きすぎたのだろうか? この年齢になれば子供と大人のブランクぐらいはある。
「ほら、早く行かないと西原さん待ってるよ」
そう言われて俺は階段を降りて、学校を後にした。津村は緊張の糸が切れたようにその場に立ち尽くしていた。
図書館に着いた。そう言えばこの図書館は俺が小学生の時に何度も通った懐かしさを感じている。確か三階建てで老人ホームや公民館と併用している施設であることは覚えている。老人とか小学生が何時も多く賑わっていた。この程度の規模の図書館なら俺でも恥ずかしくはないけれど。
——図書館の玄関をくぐり、昔と変わらない館内を懐かしみ、図書館のカウンターのある二階に到着した。そこには西原さんが先に来てて首をかしげながら待っていた。
「内野君、ちょっと遅かったけどどうしたの?」
「いやあ、ちょっとクラスメートと色々あってそのことで遅くなった」
西原さんは何かそわそわしているようだ。このタイミングで津村のことなど話せない。
「それより、俺らは何処に行けば良いんだろうか」
館内は静かだ。子供から老人までは粛々と本を読んでいる。
「確か、ここで待ってるように先生に言われたはずだけど」
早く誰か来て欲しい。こんな所で二人して制服姿でいたらカップルを疑われる。周り見ても俺らぐらいしか制服を着ている人がいない。もどかしいようで恥ずかしい。
「私はこの雰囲気は好きだわ。落ち着くし」
西原さんは本当に落ち着いている。学校では見ない表情をここでは色々見せてくれる。かなり感性豊かな持ち主なんだろう。
そうしている間に、副館長らしき人が俺の所にやってきた。
「君たち二人か、江陽高校の生徒は。直ぐ分った。話は学校側から聞いているよ」
間違いない、この人だ。頭は白髪を多くして、高年齢の優しそうなおじさんと言えるような人望だ。この人で良かった。
西原さんはワクワクしている表情だった。幼げな表情そのものだ。何に期待しているのだろうかよく分らない。
「じゃあ、案内するので来てくれませんか?」
副館長に連れられ、俺たちは図書館の中を案内されていく。改めてこの図書館は大きかったなと感じる。小学生の時もかなり迷ったし。
——俺たちが招かれたのは図書館の一角にある児童スペース。他の図書館より大きいせいか児童向けの図書がぎっしりと並ぶ。完全に一般向けと区切られている。何か懐かしい。ここで俺はよく本を読みあさった。
その縦横に巡られた棚に子供達が熱心に本を探し、それを読んでる様子がよく分る。昔の俺の姿そのものだ。
「座ってください」
俺と西原さんは、子供向けの一回り小さいテーブルに招かれた。何か少し窮屈。小学生向けの大きさだ。机も椅子も。西原さんにはぴったりかも知れないが。周りの子供がテーブルに座り粛々と読書をしている。制服姿の俺たちは恥ずかしげである。
「君たちにやっていただくのは、クラスの担任から聞いていると思いますが、来週末の土曜日に子供達に読み聞かせることです。子供がどれだけ満足しているかなどを観察して、伝達力の向上とかを図りたいとか張り切っていました」
本当にあの須々木先生はこんなことまで館長に伝えたのか。ありがた迷惑だ。
「すみません。何の本を読んであげれば良いんですか?」
西原さんが質問する。
「本は自由に選んで良いんです。君たちの好きだった本。どうしてもこれは読んで欲しいと思う本などがあればそれを選んでいただきたいと思っています。ただ二人いるので、低学年向けと高学年向けに分かれて欲しいと思っています。この図書館は小学一年生から六年生まで来るので、小六でも読み聞かせに期待する子供は案外多いんです」
低学年向けと高学年向けに分かれる。まあ当然だろうな。小学生の六年間というのは幼児向けと大人向けぐらいの差にまで成長するし。俺が小学校入学の頃は幼児向けの絵本ばかり読んでたが小学校卒業の頃は吉川英治シリーズに夢中だったし。あの頃は本当に一般向けに手を出したりしていたし。
「……あの、お願いです。私、どうしても高学年向けの本を読んであげたいです。絶対にお願いします」
西原さんは弱気ながら強引に高学年向けに固辞しているそうだ。
西原さんは童顔の幼げな目線で俺を見つめる。
「それでしたら、西原さんの方に高学年向けを担当して欲しいと思っています。高学年の子はほとんどが女の子ばっかり。女の子目線の本の方が好かれると思います。また、聞いての通りこのボランティアは子供達への理解度などを目的としているのでその方が良い効果が得られると思います」
——副館長の一言で決まった。
「これから次週までに本を読んであげるために、本を探すことだと思いますが、直ぐに見つけることは難しいでしょう。ここは小学生向け、貴方たち高校生が入りづらい所ですので私に言って貰えれば一緒に付き添います」
俺たちを気遣ってくれるそうだ。いい人だな、この館長は。
「いいえ、大丈夫です。私達ももう大人なので。二人で色々話し合って探したいと思います。私、こう言う服着ててもこのペースに入るのは苦手ではないので」
西原さんが少々強引に話に出る。何考えて発言しているんだろう。
「来週までに読み聞かせをするためなら、少なくとも今週末までに本は選んだ方が良いと思いますよ。その本を好きになって、そしてその世界に入り込み、それを伝えるのが重要ですので。こう言う読み聞かせは。その本を好きになってもらうこと、その能力を育てるために色々教えてあげてその本を好きになってもらうこと、その能力を育てるためには先ず好きな本、熱中できる本が重要です。どうやったらその能力が育つのかあの美人の先生は凄く追求していましたので、そういう所を当日見たいと言っていました」
完全に監視対象だ。熱意は良いが、こういう所まで館長にまで伝わるなんて。完全に俺らは実験台だ。
「では、何か困ったことなどがあったら私に言ってくださいね。チョイスのセンスを楽しみにしていますよ」
——副館長は小学生スペースの前を去って行く。俺と西原さんはこの小学生ばっかりのスペースに取り残された。俺はこの小学生ばっかりの中で恥ずかしいと思った。
「ねえねえお姉ちゃん! 何読んでくれるの!」
低学年の男の子が俺に絡んでくる。恐らく小学一年生ぐらいだろう。まだ分別のつかないような。恐らく副館長とのやり取りを聞いていたんだろう。
「これから色々本を探して今度読んであげるから……」
適当に子供に繕う。それぐらいしかボキャがない。普段から人と関わっていない態度が良く出てると自分でも思う。子供のぐいぐいした質問にも困ってしまう。本当俺ってこういう所でコミュ障に転落したことを痛感させられる。
俺の横で女の子の声が聞こえる。
「ねえねえ、お姉ちゃん。この本知ってたの? 私その本好き」
「主人公可愛いよね。あの場面盛り上がるし、その後の展開は、秘密」
横で西原さんが何やら小学五年生ぐらいの女の子二人と仲良さげにしているのを見る。
こんな表情は先ず学校では見たことがない。小学生の輪の中に入り込んでる。
西原さんが笑ってる。まるで小学生のようだ。この前のプールでの表情に近い、純粋で小学生みたいな態度をしている。制服を着ているので外見は高校生だが中身はまるで子供そのものだ。話は本の話とかだろう。俺には内容が分らない。
「西原さん、行こう。本探すよ」
小学生の世界に入り込んだ西原さんに呼びかける。
「えへへ——」
「だから、そろそろ行くぞ」
俺は少し声を大きめに言ってしまう。
「そんなに私話してた?」
西原さんの天然気味の態度には呆れる。こんな西原さんの姿見たことない。
「学校の態度とは全然違う」
何らかの西原さんのスイッチが入ったんだろう。これで西原さんは小学生女子(特に高学年)の前になると人が変わることがよく分った。
「えへへ、姉ちゃんちょっと夢中になってしまった。再来週またね。夢中になれそうな本を探してみるよ」
「うん、お姉ちゃん、楽しみにしているよ。ありがとう!」
一体何処がクールな無口な西原さんなのか分らない。あの人見知りの塩対応で有名な美少女西原さんが。とてもだらしない表情だった。でもこんな姿学校で見せたら男子はそう思うんだろうか?
俺たちは小学生向けの本の棚を片っ端から見ていく。この図書館は子供の中でも更に低学年向けと高学年向けに分かれている。昔と変わっていない。あの時読んだ本はまだあるかが気になる。
自然と西原さんと高学年向けのブースに足を運んだ。俺も久しぶりにこの棚を片っ端から見ていく。分厚い本や薄い本などが所狭しと並んでいる。
西原さんは、そんな棚を真剣な眼差しで何か真剣に探している表情をしている。
「あ、あった! まだ揃っていた!」
西原さんのテンションがまた高くなる。
「揃ってたって、何の本?」
「これよこれ! 私が渡国する前に全巻揃って読んでたシリーズ『アリシアの冒険』懐かしいわ! 凄く好きだった!」
今日二回目の西原さんのスイッチオン。小学生向けの媒体になると本当に人が変わったようだ。何か不思議だ——
「私ね、本当はアメリカに行きたくなかったの・・・・・・急にアメリカに親と行く事になったの……」
「何で、その脈絡で?」
西原さんの表情がまた寂しげになる。
「この『アリシアの冒険』、ちょうどこの時期に私が借りようとしたところ、ここで津村さんに知り合った。どっちも友達が少なくて一人でいる時間が多く、それでこの本を通じて知り合ったの。この本をきっかけに少し仲良くなった……」
津村は本を読むような表情に見えない。もしかして本好きだったのか?
「え、津村って小五の時から友達作り苦手だったの?」
「うん、私も津村さんも友達作りが苦手で小五の時はぼっち同士だった。でもこの本を通じて仲良くなり、色々この本のシリーズの感想を話したり、イラストを書いたりしていた。私達はこう言う小学生向けのイラストの多い文庫が好きだった……」
イラスト多い文庫って俺の読んでるラノベの小学生版だな。アリシアの冒険シリーズにもやたら可愛いイラストが活字の中に散り散りに書いてあるし。
でも、このクラスで再開して本を読んでるところは見たことがないが、確かに中学生の時は何時も何かの本を読んでた。イジメこそ無かったものの、あまりクラスメートと関わらず本を一人で読み吹けてたことが多かった。
「海外転勤が決まって、津村さんとの約束も果たせなかった……」
約束とは? 何だろう。謎だ。
「何の約束?」
「ちょうどね、この物語にもアリシア達が水で遊ぶシーンがあったの……皆楽しそうなシーン。私達あまりプールで遊ぶ経験とか無かったから、私も津村さんもプールに憧れてた。かわいい水着を着て遊びたい。ちょうど夏になるから一緒に近くのプールでもいいから一緒に行こうね。水着も可愛いのを着ようね、そう言う約束をしていたの……」
何か分る気がした。
「……だから、プールに行きたい、ずっと我慢してたから先ず一人でプールに行く、そういうことだったのか」
「う、うん……」
西原さんからしたら図星だ。俺の読みは。
「どういうこと?」
「津村さんとはクラスでは再開したけど、もう完全な別人。クラスでは中心人物。明るい可愛い友達に囲まれて何時も楽しそうにしている。私はそんな輪に入る勇気も無い。もう二人でプールに行く約束など果たすのは無理。私にも相手にしてくれない。時間が過ぎてるんだもの。だからプールは我慢できなくて一人で行った」
そういうことだったのか。津村も西原さんから何か逃げている。嫌ってるとかはない。何か繋がらない。
「でも西原さん、いくら一人で行くからって、スクール水着はないぞ、前も言ったが」
「私……本当はあの水着も宝物なの。小学校の授業でしか水着着たことがない。あれ着てると本当に私小学生に変身した気になれる。プールであれ着てると本当に小学生に変身した自分になれる。だからスクール水着でもうきうきした気分になるの」
何処まで重症なんだ、俺でもこの考えはついて行けない。よっぽど海外が嫌だったのか、小学生の時にやり残した事があったのか。表情が寂しそう。
「でも、プールに行けたんだからもう解決したんだろ」
「行けたけど、やっぱり同年代の子達と行きたかった……」
話が詰ってしまった。以前の喫茶店の時と同じだ。
「そんなに小学生になり切りたいのか?」
「うんそう、ここでも小学生見てるとたまらない気持ちになる……」
その時、横のブースで高学年ぐらいの女の子三人ぐらいが何かの本を見てワイワイしているのを見かけた。本のことについてだろう。
「あ、あういうの……」
「あれがどうしたの?」
「ああやって同級生と好きな本を語り合い、プールに行ってかわいい水着を着て、それで一緒にショッピングしたり……そう言うのをしたかった……」
西原さんはその時とっさに小学生のいる方向に向かおうとした。
「西原さんやめとけ。そう言うの常識無いぞ」
俺は西原さんを制止しようとした。小学生に絡もうとする。
「もう高校生だろ。空気読めよ、子供っぽいぞ。いい加減にしろよ」
「どうしてよ……」
社会性が乏しそうだ。あれだけクラスでは美少女なのに一緒にいると、そういう所まで出てしまう。それともよっぽど見てはいけない物を西原さんが見てしまったのか? それとも俺の話題が良くなかったのか?
「明らかに不審だろ。高校生だぞ、小学生に絡むなんて不良女子のすることか? 立場考えればおかしいだろ」
西原さんはその小学生女子のグループを寂しそうに見つめる。
「アメリカでは、ああいうのなかった……」
「アメリカでそう言う友達作らなかったの?」
「アメリカにも当然小学生向けの文学や文庫はあったけど、日本よりリーディングチェックが厳しかった……私の行ってた学校は教養としての読書を要求された。日本のようなノベライズを友達と共有する環境は全くなかった。アリシアシリーズとかは日本から取り寄せて全巻読んだけど共有なんて全く出来ない、私、もの凄く悔しい。好きな本を共有したり話したり出来なくて——」
——アメリカの環境と日本の環境は違う。そんなに厳しいのか。
「プールにしてもそう。可愛い水着を着て、可愛い浮き輪をつけて友達と遊ぶ。そう言うのもなかった……アメリカにもプールはあるけど大人同士の、家族同士のレジャーとかしかないし、アメリカは豪邸も多くプール付きの家庭も多いが私は親が忙しかったから、そう言う友達と遊んだりも出来なかった。だから、ああ言う小学生見てたら、もう我慢できなくなって、さっきああ言う態度に出てしまった。アメリカに行きたくなかったけど勉強も出来た。それはそれでいいけど、私の少女時代を返して欲しい。そう言う私の一番嫌な部分に触れてしまった……」
話を尖らせる西原さん。こんなに積極的に話す姿は初めて見る。
「何か……言いたいことを言ってしまったね……」
表情も次第に柔らかくなり徐々に我に返る西原さん。
「私、言いたいこと言ってしまったね。ゴメン、恥ずかしい思いさせてしまって」
「色々本音を語ってくれてよく分った。これで少しく距離は近づいたようだね」
「うん、何か興奮してしまったし、今日は本を探すのは難しいね。明日改めましょう。今日はもう帰りましょう」
これ以上は読み聞かせの本を探すことは出来なかった。俺も頭いっぱいだ。津村の西原さんから逃げる態度、その西原さんの思いがすれ違う。でも西原さんの事を意図的に避けてるなんて本人には口が裂けても言えない。俺は津村とは知り合いのフリ。そうしよう。
それにしても小五の夏から中三までの間に津村、一体なにがあったんだろう?
謎のまま。俺と西原さんは図書館を後にした。
早くも金曜日になった。
これまではクラスの白い目線(特に男子)に耐えながら、相変わらずぼっちの生活をクラスで過ごし、図書館で西原さんと合流、そして本探しを淡々と進めていった。
何とか期日には読み聞かせる本を決める事が出来た。
「じゃあ俺は、この『こんにちワン』読み聞かすわ。低学年の子でもよく知ってるし、俺もその頃面白おかしく笑いながら読んでたし」
何とか難なく本を決める事が出来たのも、小学校の頃の読書量のストックのお陰だ。未だに津村のあの場での俺を推薦したことを少しばかり文句言いたくなる。
「じゃあ、私はこれ!『10秒後の結末!』このシリーズ私も渡国前によく読んでた!」
相変わらず西原さんは図書館では子供っぽい。小学生女子とも仲良くなったり盛り上がったり、クラスの中では絶対に見せない笑顔を振りまいている。この相異なる二つの顔を知っているのは一応俺だけだ。
「では、この本の貸し出し手続きを取ってくださいね、そして家でも相手に面白がってもらうことを意識して音読してくださいね、期待していますよ」
副館長にも太鼓判を押されつつ、これからは音読をしていく日々。上手く出来るかどうかは知らないけど。
西原さんと図書館を出ると、雲行きが怪しくなっていた。夕立の前兆で雲はゴロゴロ鳴っていた。俺は西原さんのことを心配しつつ。
「西原さんって、隣の学区だよね。少し遠くない?」
「うん、ちょっと遠いけど、この辺りならバス一本で帰れる」
大丈夫か、西原さんの乗るバスは結構時間間隔あるぞ。ドンドン雲行きは怪しくなり真っ暗になっていく。
「西原さん、俺の家で雨宿りしていきなよ。もう直ぐそこだから、一旦寄って過ごして行きなよ。直ぐに止む雨だろうから」
西原さんは困惑した。
「……私、人の家に上がったことあまりないの。そんなの悪いよ、傘ならコンビニで買えば良いし、雨宿りならカフェでいいし」
考え方が金持ちだな西原さんは。
「コンビニもカフェも家より遠い。早く俺の所来た方が良い。とにかく急いで」
俺についていくように西原さんもついていく。
遂に雨の雫が落ちてきた。しかもかなり大粒の雫がポツポツと。
「やばい、もうあと三分で着くから走ろう」
「うん、分った」
——俺一人なら一分もかからない間に家に着くが、か弱い女の子を連れている。流石に走らせることは出来ない。
「でも何とか走ってみる」
西原さんと俺は走った。西原さんの足取りに合わせながら。もうポタポタ雫が落ちている。制服のカッターが水を吸ってしまった。まだなんとかなる。
「大丈夫か、あと少し」
雨の音が聞こえてきた。もう髪の毛も濡れ始めた。
西原さんの髪の毛が濡れ始める。このまま急がなければびしょ濡れだ。
もう濡れる、何とか急ぐ、もう間もなく大雨になる。雨はドンドン強くなる。本当に急がないとマズい。もう靴の方から水音が聞こえる。
急いでる間に何とか俺の家に到着した。何とかゲリラ豪雨になる前に玄関の屋根にギリギリセーフだった。
屋根の外はまるでバケツの水をひっくり返したような大雨。雷もとどろいている。
「この程度の濡れですんだ。これならバスタオルで拭いて家の中で過ごしてれば自然に乾く。それまで家でくつろいで」
照れる西原さん。
「私、男の人の家は初めてなの。少しドキドキする」
俺も緊張した。何より、この姿を妹に見られる。でも西原さんをこの大雨の中帰らせるわけにはいかない。もう妹にボロクソ言われることを覚悟して鍵を開ける。
ガチャ。玄関開けたらそこには静寂な空気が漂ってる、まだ妹も帰ってない。今日は塾で自習でもするんだろうか。
「おじゃましまーす」
西原さんは俺の家に入っていった。
帰るやいなや、俺は浴室からバスタオルを持ってきて玄関で待ってる西原さんに渡した。
「西原さん。これで制服拭いて、後鞄も。それから部屋ドライ入れるからしばらくくつろいで。そのうち服も乾くよ。夕立だからそんなに長い雨ではない——」
窓の外は大粒の雨が降っている。雷も凄い。
「内野君の家、共働きなの?」
「うん、そう。今日も遅番で両親は遅い。おふくろは今日は夜の仕事」
「私は、両親はいつも帰りが遅いし、アメリカの時もずっとだった」
寂しそうな西原さんを俺は見つめる。
「互いに、親が忙しい家庭だったね……」
俺たちは家に入り、西原さんを俺の部屋に招き入れる。
リビングには妹の呼んでるファッション雑誌が転がってる。西原さんに見られた。
「内野君、妹がいるんだね」
「うん、中三の。今受験生だから塾で忙しい」
「内野君の妹って、素敵な人なんだろうね」
「いいや、全然憎たらしい。俺がオタクの陰キャラなの分ってて見下してくるし」
「そう言うのないから。私。ずっと一人。姉妹とか分らない。物語の世界しか知らない」
「妹はリアの世界では面倒で生意気。だから妹モノのラノベとかアニメは市場になったりするんだよ。男は妹が大好きで理想の妹が全部二次元の世界では男の欲望に合うように作られてるし」
——俺はバスタオルを浴室の籠に入れた後、二階に上がっていく。
西原さんはついてくる。初めての経験であたふたしているんだろう。もう恥ずかしい気持ちはない。
「ここが俺の部屋だ、入って」
「うん、さっき、妹らしき部屋の所にお兄ちゃん入室お断りとか貼り紙が貼ってあった。仲悪そうだね」
西原さんはおかしそうに手を口の所につけてクスクス笑った。
「笑うところではないぞ、入るぞ」
俺は西原さんを部屋に入れた。
「これが内野君の部屋なんだね。やっぱりオタクっぽい部屋だね……」
机の上にはオタゲーソフト、何冊かの読みあさったラノベ本が散在し、部屋の中にはポスターもある。クラスメートが入らないことを前提とした部屋だから部屋は好き勝手放題。そんな自分が恥ずかしかった。
「私、男の人の部屋とか入った事無いから分らないけど、オタクの人って、幼い女の子が好きなんだね……」
恥ずかしくなった、西原さんはプールでのスク水姿を連想した。西原さんに俺の好みがそうだと思われてるのだろう。
「オタクというか、俺、お前に一度ふられて、陸上部やめて自信なくした。で妹はドンドン大人っぽくリア充っぽくなる。段々現実から逃避してしまい、気付けば完全に二次元の女の子に理想を求めてしまった。おれも去年まではこんなの部屋ではなかった……」
俺は空しくなった。何で気付けばこんなクラスメート女子を不愉快にする物を散乱させた部屋に入れるのか。
「私も、小学生モノとか好きだし、そういう所は一緒かも知れない……」
「でも西原さんはリアル小学生が好むモノ。最近のああいう児童書は中高生でも耐えられるように作ってある。俺は単なるそう言うオタク向け」
西原さんは口をゆがめる。
「それより、あの右側に飾ってる賞状とかは何なの?」
西原さんは、俺の過去の栄光が目に入った。
「俺、昔はあれだけ活躍してた……」
「あれだけって、中学の時でしょ、そんなに?」
「元々はな。長距離走とか得意で、県大会でも決勝まで残れてそれなりの成績だった。あの頃の俺は輝いていたんだ」
俺は何知れぬ劣等感に悩まされた。俺の堕落人生の大元である人がここにいる。
「もう今は部活やる気無い。それに俺は過剰な自信家だった。それが高校生活で色々玉砕したんだ、西原さんだけじゃないんだ。学校の成績とか、陸上部の雰囲気とか、この学校に潰されたんだ……」
「それで辞めるなんて勿体ないよ……」
「お前には分らないんだろうが、一度栄光を取って転落したらもうその所には戻れないんだ。自分が惨めになる。あの賞状とか見てたら」
西原さんが黙り込んだ、罰悪そうな顔をしていた。
「……もしかして、私のせい? あんなこと言ってしまって? 絶対そうよ、私内野君に本当にひどいことしてしまった……こんな部屋にしてしまって」
俺が自信家だったのは本当だ。西原さんにフラれて本当に自信を失った。西原さんに俺の人生を打ち砕かれたもんだ。でもその張本人が横にいる。しかも俺の荒れた部屋に入れている。なんとも運命というのは分らない。
「やっぱり、私のせいなんだ。内野君を貶めたのは」
「西原さんのせいじゃないって!」
気を使わせたのはやはり俺の過去のせい。西原さんに嫌でも精神的なダメージを与えてしまう。
「私、内野君をオタクにしてしまった。陸上部やめさせてしまった。だから何かして欲しいこととかある? 私オタクとか全然分からないけど」
「だからもいいって! 俺は単にオタゲーとかラノベとかが好きなんだし、そんなハードなオタクとかじゃないんだ。そういうヤバイ人なんていくらでもいる。単にオタク作品を嗜んでるだけなんだから!」
つい、おれは言葉が力んでしまう。西原さんを縮めてしまう。
「本当にいいって。別にこの程度だけなんだし、そんなに重度のオタクとかでないし、増してあんなスク水とかがそこまで好きとかと言うわけではない。で、そうだとしても妹のほうが罪深いんだよ。俺がこうなったのも」
「そう言えばあそこのライトノベルの本棚、「妹」とか「いも」とかキーワードが並んでるよ」
西原さんに鋭いところを突かれた。
「妹モノは一つの市場なんだ。俺、そういう妹がいるからどうしても妹モノにはまってしまった」
「そうなんだ。じゃあ、どういうモノか知りたいし、読んでみたい」
「いいよ、読みたかったらそこから取っていって。貸してあげるよ」
西原さんは本棚から大ベストセラーの『俺の妹はそんなに可愛いわけはない』の一巻を取り出した。
「これ、妹作品の名作だし、俺と同じ境遇の主人公で妹も隠れオタクだったって話。それで兄妹が仲良くなる、そう言う話なんだ。そう言うのに憧れてた、読んだら分かる————」
西原さんは興味津々に本を取り出しページをめくる。まあラノベだから萌え系イラストのオンパレードだけど、まだこの作品なら小学生向けの文庫本と同じようなイラストレーターだからまだ西原さんの読書には耐えられる。何とか俺の性癖がバレなくて良かった。アレがバレたら大変なことになるからな。
西原さんの顔がしまりなくなる。
「今の内野君みたい。この主人公——」
そう言うつぶやきが聞こえた。
——そのときだった。玄関が騒がしくなった。下から何か音が聞こえる。誰か帰ってきた? 恐らく妹だろう。まずい。西原さんはバレてはいけない。
「西原さん、妹が帰ってきた! マズい、一旦隠れて!」
「え、私何処に隠れれば良いの?」
慌てて言ったけど、隠れ場所がない。焦ってしまう。
「隠れるって言っても、何処なの」
俺は冷や汗を掻いた。とにかくマズい。万が一の事態を考えればここしかない。
「とにかく、クローゼットに隠れて。ここなら西原さんなら入れる。とにかく少しだけ!」
「う、うん……」
そう言いながら西原さんを強引にクローゼットに押し込めた。
「少しの間だけだから、お願い」
そう言い、俺は部屋の外に出た。そう言えばマズい。あの中には俺のヤバイものが入ってることを思い出した。今やもう後の祭り。バレないことだけを祈る。
——階段を降りるとそこには浴室に向かおうとするびしょ濡れになった妹がいた。
「ただいまぐらい言えよ」
俺は言ってしまった。
「何よお兄ちゃん。私ずぶ濡れなんですけど。こんなずぶ濡れ。大雨にもろにやられた。こんな姿見て妹に対して何も思わないの?」
「でも、俺も家にいるんだぞ!」
「そんなの知ったことじゃないんですけど? お兄ちゃんなんて何時いるか分らないし、私のことを何も思えないのは前からだけど期待してないから」
まあいい、何時もの憎たらしい妹だ。
「それより、お兄ちゃん?」
「何? とっととシャワー浴びてこい」
「帰ったとき、玄関見たけど、何か足跡が変だった。二束分の靴の足跡があった。何か変だけど気のせいかな?」
妹にバレたか? 足跡のことを気にしてなかった。俺と西原さんでは当然靴のサイズが違う。それに気付いてたなんて。でもそうだとしたら西原さんの靴があるはずだけど、それは上手く隠してくれたのか? あの時そう言えば仲悪い言った時に玄関に戻ってガサガサしてた様な気がする。西原さん、そういう所見直した。
「気のせいだろ」
妹は眉をひそめる。
「お兄ちゃん? 誰か来てるんでしょう? まさかだと思うけど、友達としたら合わせて欲しいわ。私本当お兄ちゃんの家に来てくれる人感謝してるし」
何でこんなに強引なんだ。絶対西原さんに会わせてはいけない。
「俺が同級生を連れてくる訳ない。あんな怪しい部屋、入れたくもないし」
ずぶ濡れ状態の体をタオルで拭き取り、妹は俺に迫る。
「何かおかしいよ、お兄ちゃん」
妹は勘が鋭いが、俺は怯まない。
「じゃあ確認したら? 早く部屋見てこい」
気持ちを押し殺しながら平衡心を保ち妹に怒鳴りつける。妹は堂々と俺の部屋へ入っていく。
「早く入れ、確認しろ」
妹は俺の部屋の扉を開ける。中を見渡すと、がらんとした状態。もう雨も止んでいる。さっきまであんなに土砂降りだったのに。その静寂な空気が部屋中に漂う。
「誰もいない」
「当たり前だろ。とっととシャワー浴びてこい。ずぶ濡れだから。風邪引くぞ。シャワーしたらもう今日は家で勉強しろ。変なゲームはせず本読んで邪魔になることしないから」
妹に偉そうな態度を取る。平衡心平衡心。西原さん、本当ありがとう。
「はいはい、分りました。シャワー浴びれば良いんでしょ。すぐに降りていきます」
ふてくされながら妹は浴室に向かった。
妹には嘘をついたがこれも西原さんのため、仕方が無い。
「早く西原さんを戻さないと」
おれは恐る恐るクローゼットを開けた。そして小声で話しかけた。
「西原さん、もういいぞ。妹はシャワーを浴びてる……」
西原さんは無事だった。しかし西原さんが何故に礼儀正しい。そして睨んでる。
「内野君……」
「どうした、西原さん。怖い顔しているぞ……」
何だろう。クローゼット押し込めそんなに窮屈で起こってるとか。
「……これ、何?」
西原さんの鋭い目線を感じる。それは一冊のエロ同人誌だ。
バレてはいけないものがバレてしまった。冷や汗を掻いてしまう。
中身は小学生の女の子の薄着姿ばかり。もちろんあのスク水姿も。あまりにもヤバすぎる同人誌なので例の有明で行われるイベントでしか売って無くて、何とか行くのに苦労して買った物。これで自己の性癖を満たしている。とても家族に見せられるものではない。だからこうして隠している。でも俺以外の人にバレてしまった。
「この中身なんですか? 見てしまいました——」
「……」
一瞬沈黙してしまう。
「……内野君は小学生女子の薄い姿が好きなのがよく分った。この重度のロリコン」
もう暖かい季節なのに、凍てつくような寒さが俺の前身を襲う。まさにさっきまで降り続いていた雨のように。西原さんはまだ俺のことを疑いの目で見ている。バレてはいけないものがバレたこのマズすぎる空気。最悪だ。
「そう言えば、雨が止んだな」
窓の外はあれだけ大雨だった雨が止み、窓から雨の雫が垂れ落ちている。
「今、妹がシャワー浴びてる。妹のシャワーは長いから今のうちに帰ろう、さあ早く!」
「分ったわ、帰るわ。今日はありがとうね」
——俺と西原さんは、こっそり足音を立てないように玄関に向かった。西原さんは靴を隠していたそうなので鞄から靴を取り出し玄関で履いた。俺は西原さんと玄関に前の道路まで向かい、西原さんを見送る。ここまで来れば安心だ。
「今日はありがとうね。本当に助かった。でも、これだけは言わせて欲しい。ロリコン、変態男。やっぱり小学生の水着、それもスクール水着が大好きだったのね。あんなきわどい児童ポルノ法に反する本よく見れるね。私でなければ軽蔑されてるわよ」
西原さんは罰悪い顔で俺のことをふて腐れた可愛い顔つきで見つめる。
「いや、それはですけどね……」
「変態ロリコン男の弁明なんて出来ない。何で妹さんと上手くいかないのか分った気がするわ。内野君、妹に対する言い方キツすぎるし——」
どうやら俺と妹のやり取り聞いてたみたい。俺の弁明も聞いてくれなさそう。
——外の道は、びしょ濡れで水たまりがあちこちに出来ている。もうすっかり陽が落ちる時間で曇り空の間から夕暮れのまぶしい陽射しがかすかに道路に反射している。
「西原さん、とにかく今日決まった本の音読の練習をしよう」
「うん、練習しよう。当日は成功させようね。最後に言わせて。内野君のえっち、ロリコン男」
意地悪な悪魔のような顔つきをしながら西原さんは帰っていった。
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