第3話 俺は、クラスの美少女と二人きりのボランティアに参加する


 翌日の月曜日の朝。

 相変わらず、このクラスは賑やかだ。今日の朝は三十分のホームルームがある。

 俺は何時ものようにぼっちでラノベを読みふけている。だいぶ外も暑くなっているので半袖を着用する生徒がちらほら出ている。

 相変わらず津村とその女子グループ達がリア充同士でワイワイ騒いでいるし、天敵の元浦は何か調子がよさそう。

 その元浦に対しても相当まずい。西原さんとの関係が分ればタダじゃすまないだろう。

 ——しばらくして、須々木先生が教室に入ってきた。

「皆おはよう。今週も張り切っていきましょう!」

張り切る須々木先生。相変わらずもの凄い美人。服が日に日に薄くなっていく。トップスは薄い半袖、ボトムスは軽いスカート。大きな胸が一層引き立って見える。男子は間違い無く皆釘付けになっている。

「さて、今日のホームルームですが、皆さんにお願いしたいことがあります」

 何だろう?

「その内容ですが、本校では市内の図書館で、子供達への本の読み聞かせを二週間後の週末にボランティアとして二名ほどやっていただくことになりました。それに協力してくれる人を決めたいと思います」

 何だろう、小学生への読み聞かせって。

「それ何ですか? 先生がすることですよね? 先生やらないんですか?」

 周囲から疑問が飛ぶ。

「我が校は、単なる県下有数の進学校という意味だけではなく、全国に誇れるハイレベルな取組をこれまで実施してきました。留学生の受け入れ、私が実施している英会話での受け答えなどです」

 須々木先生の十八番が始まった。我が校の意識高い自慢。

「もちろん今の環境も誇れるのですが、これに満足してはいけません。貴方達高校生はこれまで高等教育を受けてきた訳ですから、それを社会に還元していくことも必要です」

 何考えてるのかこの先生は。

「やはり大事なのは教育を受けっぱなしではなく、自らが還元していく事が重要です。そこで学校側としましては貴方達が取り組んできたこれまでの学びについて先ずは小学生に伝授していくことと考えています、そこで実験的に、小学生相手に貴方達が進める本について読み聞かせ、小学生に本の面白さ楽しさを教え込む、伝える力や教える力を、本を通じ育む。そう言う実験をしていきたいと考えています」

 毎年強制的に全学年が参加させられるビブリオバトルもやりながら、小学生相手にそんなことまでするのか? 何処までやれば気が済むんだよ、意識高い系進学校。

 周りは嫌そうな声や疑問が飛んでいる。

「せんせー、これって二年生だけがするんですか?」

 クラスメートの質問が飛ぶ。

「三年生は受験で忙しいでしょ、一年生はまだ二ヶ月しか経過していません。先ずは我が校のハイレベルに慣れてもらうことが優先です」

「だから二年生? じゃあ他のクラスの人もするんですか?」

「いいえ、このクラスだけが選ばれました」

「何でですか? そんな不公平な選び方ありですか?」

「違いますよ。残念ですが担任同士がくじ引きしてこのクラスが当たりました。でもこのクラスは文系なので国語と英語が重要です。授業を受けるだけでなく小学生向けの本を音読し、理解する能力を育てる。そういう実験的なことをして能力開発する実験をこれから行っていくことが目的なんです、貴方たちはある意味幸運です」

 何処が? 結局自己満足を押しつけてるだけじゃないか。須々木先生。このクラスは本当に学校の良い実験台だ。俺らはモルモットじゃないぞ。

「じゃあ、部活がある人はどうするんですか?」

「そうですよ、二週間、図書館通い詰めなんて体育会系には無理。週末に読み聞かせの練習を するなら私は部活とバッティングする」

 部活をしている人から不満が出る。このクラスは割と加入率が良い。

「それはある程度、学校の側で配慮します」

「どんな配慮ですか?」

「例えば、一時間だけ部活時間を確保し、その後図書館に行くとか」

 それに対してまた周りが騒がしくなる。

「そんなの嫌です。俺大会近いのにそんなの両立できません」

 不満があちこちから沸き立つ。

「先生、こう言うのは帰宅部にやってもらってよ。その方が公平だと思います。二人で良いなら絶対いるはずですので」

「そうですよ、そんなの部活やってない人が参加すべきだよ。部活はしんどいし自己啓発の場所なんだし、そう言うのもやって欲しいよ帰宅部は!」

 クラスの空気が帰宅部にやらせようとする雰囲気に飲まれる。

「じゃあ、帰宅部の人のやってもらうようにした方が良い、と言う事ですね? それなら確かに公平です。帰宅部というのは、その間学校にいるわけでもなく好きなように過ごしています。学校行事への参加という意味では良い機会でしょう」

 当たり前のような態度をする須々木先生。

「このクラスには数名ほど帰宅部がいるようです。その人達を対象にしたいと思います。じゃあこれやりたい人います? 手を挙げて下さいね」

 誰も手を挙げない。一瞬しーんとする。

「誰も自主的にはしたくないようです。じゃあこうしましょう。帰宅部の人はくじ引きかジャンケンをして二名強制的に選びます」

 まあこれなら公平だ。絶対選ばれませんように。こういう時は大抵悪運強いし。

 その時だった。

「せんせーい。私提案があります」

 と、クラスの中心人物の女子こと津村が立ち上がった。

「津村さん。貴方は帰宅部ですよね。でもその時間出来ますか? 許可出した件については時間被るはずですか?」

 何のことだろう。何が目的で許可したのか。

「違います。このボランティアやってほしい人が是非いるので指名して良いですか?」

 いつの間に津村が権限持つようになったんだ? 暗黙の内に誰もが納得している。こいつは中三の時の同級生。その時は本当に誰とも話さず一人で日陰のような生徒だった。このクラスで再開して別人になってしまった。

「私は、内野君にやって欲しいと思います」

 俺は目が丸くなった。

「津村さん。勝手に指名していいんですか?」

「内野君は、よく教室で本を読んでいます。本は好きそうですし、ああ見えても人に教えるのは得意なので。知っています。彼の凄さ——」

 何言ってるんだろうか。俺は中学の時は確かに津村と一緒に放課後に勉強を少ししただけ。何考えてるのかさっぱり分からない。

「それはいいかも。内野君はそう言うの向いてそうだし、クラスでは大人しいけどそう言う気があるかも」

 周りの目線は俺に向いている。津村の発言で、周りの印象がここまで変わるとは。スクールカーストの上位層の発言力は凄すぎる、完全にカースト下位の俺には選択肢がない。皆お前がやれと言うような目線だ。

「皆内野君にやって欲しい空気になってますね。では内野君、良いですか?」

 先生にまで太鼓判を推される。津村は俺にウィンクする。何故津村はこんなに俺に絡んで来るのだろうか。仕方ない。こうなったら俺がやるしかない。

「分りましたよ。やりますよ。そう言われるなら」

 俺は頼りなさげに回答する。津村に仕掛けられてしまった。

「これで一人目は決まりです。しっかり小学生に本を教え込んで下さいね。あと一人は誰か希望ありますか? ないならジャンケンで決めるしかないですね」

 俺みたいなオタクとなんか誰もペアでボランティアなんかやりたがらないだろう。俺もクラスで何か複数の人と何か取り組むのは苦手になってしまったからな。

「あ、あの……」

 その時、西原さんの小声が聞こえた。

「私も、ボランティア、やらせて貰えませんか……私も帰宅部なので……」

 クラス全体が一瞬沈黙する。

「私、小学生の読み聞かせとか、興味があって、やってみたいです……」

 西原さんは俺の方を見ている。気まずすぎる。友達になったばかりなのに唐突すぎる反応だった。

 右の方を見ると、津村の表情が硬くなった。あれだけ推していたのに。

 そして男子は皆驚いた表情になる。

「何で彼奴が、西原さんと? 何かあるのではないか?」

「彼奴が、絶対おかしい」

 俺の陰口もわずかながらに聞こえた。

「希望してくれる人がいるのは、嬉しいことです。良いでしょう」

 これで俺と西原さんがボランティアに行く事になった。誰も反応がない。しかし、周りの男子の目線が鋭くなった。

「内野と西原って何かあったの?」

「合わなさすぎだろ。内野とは合わないだろ。だって陸上部やめてるし。西原さん勿体なさすぎ」

「西原さん気を使いすぎだよ」

「そうそう、西原なんか内野にもったいなさ過ぎ」

 男子の陰口が痛い。俺はこう言うのに耐えるしかない。でもそれ以上に耐えてるのは西原さんだった。完全に怯えてる。だから墓穴掘るような事して大丈夫か? それとも例のプールのこと黙ってるのに俺に対して気を遣ってるとか? でも学校の教室内ならマズいでしょ。何の意図があるのかさっぱり分らなかった。

「周り、五月蠅いですよ。静かにして」

 須々木先生の注意にも周りのざわめきは止まらない。普段ならこの程度のことなら皆静かにするのに、確かにおかしい。

「静かにして。もう決まったことです。これで決まったわけですから、内野君、西原さん、よろしくお願いしますね」

 周りは落ち着きを取り戻した。周りも暗黙の了解で受け入れるしかなかった。しかし、津村の表情がおかしい。何か睨み付けているようだった。何でだろ? 津村は俺が西原さんと関わることが許せないのか? あの笑顔と明るい西原さんが別人の如く。

「じゃあ、二人は、昼休みに三階の職員室前に来て下さい。概要を話しますので」

 今日のホームルームは何とか終わった。その後の授業は何か違和感を感じる。授業の内容が頭に入らない。周りの目線が痛い。雰囲気が悪い。

 西原さんの表情も硬い。何を考えてるのかと思った。



 昼休み。

 俺は授業が終わると、周りの目線に気を遣いながら、即座に職員室に向おうとした。その時後ろから何かが迫ってきた。

「内野、お前何か西原にしたんだろう」

 予想通りだ。絶対元浦はこういう時に因縁つけてくる。

「俺は知らん、何も……」

 睨みながら元浦に言い返す。

「お前は失恋したんだぞ。西原からしたらお前は迷惑なんだ。それが容易く覆るなんてありえない。俺はお前のことしっかり見てるから」

 キレそうな言い方だ、俺も腹が立った。

「見てるって何をだよ……」

「とぼけるのもいい加減にしろよ。西原さんを少しでも不快にしたらお前殴るから。でこうなった経緯も調べるから。覚悟しておけよ」

 と言いながら元浦は、教室を後にした。

 元浦に何を言われても、何としてもあの秘密だけは隠し通さないと。



 職員室の前に向かった。そして西原さんと合流をする。俺らは職員室横のテーブルに座らせられている。先生だらけで緊張する。

「ところで、例の図書館の件ですが……」

 須々木先生が話す。

「貴方たちの話は、さっき図書館の側に伝えました。場所は市立中央図書館。読み聞かせするのは二週間後の土曜日の昼過ぎ。それまでに貴方たちが子供向けの本でこれまで読んできた本を自由な形で読み聞かせ本を好きになってもらうことです。もちろん当日私も参加します。私は貴方たちの観察をします。その際に子供の表情や伝わり方などを見てどれだけその成果があるかなどをチェックします。この取組で貴方達の伝える力がどのような物か、それを今後の研究材料にしていきます。図書館長は喜んでいましたよ」

 何処までこの学校の熱は凄いんだと思う。

「本って、何の本でも良いんですか?」

 俺は須々木先生に質問する。

「何でも良いけど、長すぎるのは良くないし、短すぎても物足りないし、小学生でも低学年から高学年までいるからこれはバランス考えた方が良いかもしれないわ」

 何で西原さんはあのタイミングで手を挙げたか気になる。本が好きとか小学生と関わりたいのは建前だけで俺に対して気を使ってるだけだろう。そう言うように見えた。高学年女子とのプールでの仲良さげの姿。繋がる気はしなくもないが、西原さんは本当に小学生女子が好きなのか? でもあの表情は学校では見せなかったし本当に楽しんでる様子だった。

「西原さんとか、何かおすすめとかあるの? それとも、何か思い入れがあってやりたいと思ったのか?」

 俺は須々木先生の前で西原さんに尋ねる。あくまでもプールのことがバレないように。

「私、小学生の時に、本いっぱい読んでましたので……」

 西原さんはとりとめもないように答える。本は嫌いじゃなさそうだ。

「内野君とかは本とか何か読んでたの?」

「俺は、いっぱい読んでました。低学年の時とかしょっちゅう図書館で本借りてました」

須々木先生の前で張り切る。

「頼もしいです。二人とも本とかに面識がありそうなので私もほっとしています」

 何とか西原さんは安堵の表情になった。

「私の方から、連絡入れておきますので、明日の放課後、授業終了後の四時半に図書館に二人で行くようにしてください。私からは以上です」

 先生も大胆だ。今の立場わきまえたらあまり大っぴらに二人で行動は出来ない。学校では特に。西原さんはクラスの美少女。男子にも人気はある。そういう所考えて言動して欲しいと思う。だから俺は別々に職員室を出た。



 放課後になった。

 西原さんは何時ものように素早く下校していく。他愛ない表情で逃げるように。

 クラスの目線が痛い。男子は俺ににらみを利かせてる。恨み声が聞こえそうだ、意心地は最悪。これが今後も続いていくんだろう。

「お前、西原に変なことしないよう俺はずっとマークしてるからな……」

 元浦の因縁が出た。元浦は睨みながら教室を後にした。

 俺も下校し、後者玄関を通り過ぎた所で俺のスマホから着信があった。

 西原さんからだった。これが初めてのLINEの着信であった。

 何だろう。気になる。

『内野君、今日時間ある?』

 直ぐに返答する。

『あるけど何かあったの?』

『色々話したい』

『学校では無理か?』

『内野君、学校では居づらそうだし』

『良いけど、どこにいるの?』

『近くの児童公園にいる、待ってるわ』 

 そういう所は西原さんも気遣いが出来てるんだ。結構自分の思ったことを空気も読まずに話すから心配したけど、この件に関しては流石の西原さんも出来ているのでひとまず安心安心。



 その待ち合わせ場所の児童公園まで来た。通学路から少し離れてるので在校生は見当たらない。大きなマンションが近いせいか、周りは小学生の下校姿とか、幼児を連れた家族連れとかで賑わっている。その入口の近くで何かもじもじと西原さんが待っている姿が見えたので声をかけた。

「西原さん、お待たせ」

 そこには、照れくさそうな姿をする西原さんがいた。

「……少し遅いよ。言ったのに」

「仕方ないだろ。戸惑ったんだから……」

「ううう……」

 本当に子供っぽい。こう言う所が。

「ところで、話って何?」

「私……内野君のこと……もう少し知っておきたい」

 積極的に絡んでくる西原さん。何となくじれったい。

「私、別に内野君に弱み握られたとか、内野君に気を遣ってるとかではないんだよ。私、本当にしたいことなんだから……だから手を挙げた。私、あのクラスで頼れるのは本当に内野君だけ。やりたかったことを内野君が指名されて私勇気持って手を挙げた、本当だから」

 ——こうして本気でムキになって話す西原さんがまた可愛い。西原さんの表情は本当に裏表がないから本心から言ってるんだろう。小学生が好きなのも本当だろう。そこで俺は西原さんに質問してみる。

「じゃあ、あのときのプールの子は? 知り合ったばかりとか言っていたぞ」

「あの時始めて会った子なの。泳ぎの練習一人でしているところを見かけて私の方から小学生のフリをして遊ぼうと誘った。私が小六と言うことで誤魔化してた」

「そりゃああんなスクール水着ならな」

「だからなの。本当に小学生と関われたんだから、自然に」

「小学生と関わるって、変装してか」

「話は長くなるから、別の所で話そう」

 とりあえず俺らは、公園を後にした。



 西原さんと無言で歩くこと数分。駅前の近くの商業地らしき所までやってきた。在校生はあまり見当たらず周りは夕方の出張を終え駅に向かうサラリーマンが多い所。

「じゃあこの喫茶店に入りましょう、ここで色々話したい」

 西原さんが指名した店に入った。

 ——テーブルに座り、俺たちは注文票を見る。

「コーヒー七百円、メロンソーダ八百円? ちょっと、こんなの俺の財布では注文できないような高価な物ばかりだぞ。俺金ないんだ。ちょっと高校生の経済事情考えてよ」 

 確かに周りを見渡すと、マダムとかパソコンを広げたサラリーマンとかが目立つ。向こうの方には商談をしている取引先もいた。ホテルみたいな落ち着いた店内。大人価格の値段の飲み物ばかり。とても学生が行ける場所ではない。俺らは完全に店の中で目立つ。制服着ているから。とても高校生向けとは言えない。西原さん、どんな神経してるんだろう?

「いいよ。私の誘いだもの。私奢るから……」

「高校生だよ。西原さんそんな金あるの?」

「ここに来るだけのお金はあるから心配しないで」

 ここに来るだけ? 西原さんどんなに金持ちなんだろうか。でも帰国子女だから海外転勤していたはず。だから両親も相当良い会社に勤めてるんだろう。だから西原さんの経済事情は何となく想像できる。 

 それにしても本当に落ち着かない。クラスメートはおろか、庶民は誰も来なさそうな所なのが救いだけど。大人ばかりだし。

 西原さんは何か緊張ぎみでもあった。

 ——しばらくして、注文の品が来た。俺はとりあえずアイスコーヒー、西原さんはミックスジュース。

「西原さん、ミックスジュースって……」

「私、舌がお子様なの……」

 そして黙り込む。西原さんとは話が続かない。俺以上のコミュ障なのか?

「それで、話って? 図書館のこと?」

 必死に会話をしようと何とか話題を探そうとする。西原さんは髪の毛をいじりながら声を出そうとする。

「うん、そう。私、本当はやりたかったけど友達がいない。だから……」

「こんな俺でも必要なのか?」

「うん。友達になれてよかった、私も明日一人で図書館行くのは本当は心細い。だから内野君と一緒に行きたい……」

「二人でボランティアするから当然だよな」

「内野君、学校で私の事で色々言われてるんでしょ。だから内野君、一緒に行くのはバレないようにしたいね。クラスでしんどそうだよ。一人ぼっちは寂しいしね……」

「俺はぼっち慣れてるし、別の意味で心地よい」

「……私の事、本当に受け入れてくれてるの?」

 西原さんは恐る恐る話す。

「うん、俺も西原さんにフラれて今でも動揺している。あの時のことは水に流してくれたのはそれでも嬉しいし、関係をやり直したいと思ってる」

「内野君って、元々コミュ障とかだったの?」

 嫌な質問をしてくる。コミュ障同士も色々しんどい。

「いいや、高校入学してフラれて、部活でトラブル起こして自信なくして……」

 西原さんが申し訳な表情をする。

「やっぱり、私のせいだ……」

 言ってしまった、失恋したことを。

「西原さんのせいじゃないよ。そんな環境に追い込まれた西原さんも大変だったと思う。男子に告白されまくるのは気を使うし、ラノベでもそう言う女の子の悩みは多くの題材になるとかだしな」

 真剣な顔つきに西原さんはなっていく。

「帰国して、久しぶりに日本の空気を吸った。高校生になって同年代の人との空気を掴めなくなったし、輪の中に入れない。話すのが得意でないのは昔から。女子って内輪で仲良くなるのが好きだから私とか異質扱いされてるとか思ってしまう」

 どうして、そこまで自分を責めるのだろうか?

「西原さんは凄い立派だよ。美人だし、勉強出来るし、英語上手いし。須々木先生の授業にも唯一マトモについて行けるし、女子が苦手なら男子と仲良くなれば良いのに。男子なら皆親切にしてくれるはず」

「私、そんなに褒められても嬉しくない……」

 西原さんは顔を隠しながら話す。恥ずかしげに。

「そんな男子に言われるより、私は、本当は同性の友達が欲しい……」

 西原さんの悩みは深刻そうだ。コミュ障で友達が欲しい。かなりハードだぞ。

「俺だって友達だろ」

 あの時確かにそう言ったはず。なんで俺は友達扱いじゃないんだ。

「入学して、今のところまともに話せる唯一の友達だが……」

 何か俺のことも友達として見てくれてないのか? 本当に内弁慶だな。

「……私……本当はね……・津村さんと仲良くなりたい」

「津村って、あいつ今ではコミュお化けだもんな。クラスの中心人物だし」

「津村さんは可愛いし、誰とでも話できるし、私みたいに内気でないし。私本当に憧れてしまう」

 西原さんの劣等感に触れてしまった。俺も分る。どうしてもコミュ障にとって同年代のリア充はつらい。それよりも津村とは一緒の中学だったし中学の時を知る俺にとって凄い変貌ぶりである。

「……実は、津村は、中学一緒だったんだ」

 西原さんは一瞬びっくりする。

「え、そうだったんだ。偶然かも知れないが、私実は小五の時の同級生。津村さんと関わったのはちょうどこの時期からだった」

「確かお前の住んでるところなら中学校は隣の学区になるはず。確かに中三の時にこの学校に転入してきた。何でなんだろう。何かあったのか?」

「分らない。私も今年になって久しぶりに再開しただけ。ただ小五の時に少しだけ仲が良かった時期があった……」

 西原さんは話が止まった。

 沈黙が続く。何とかして軌道修正しなくてはならない。

「……あのさ、今日はもう五時過ぎだし、これぐらいにしておかないか?」

 俺が言い出す。

「そうね、話が暗くなってしまったもんね。私も前向きにボランティアのことは考えていきたい」

「分ったよ。ボランティアはやり抜こうね。今日は帰ろう……」

「うん、続きはLINEでね。明日は図書館に行くからそこの玄関で待ち合わせをしよう」

「クラス内では色々目線も気になるし西原さんも話しにくいからこう言う放課後に色々なこと出来ると良いな」

 西原さんから軽やかな笑みが浮かんだ。こんな表情の西原さんを見たことがない。クラス内なら多くの男子が虜になるだろう。

「内野君は優しいね。私の事気遣ってくれる」

 一瞬ドキッとした。西原さんでも人を褒める能力はあるのか。店を出ようとすると西原さんはレジで一万円札を出すところを見た。本当に金持ちなんだな。諭吉さんを財布に堂々と入れる高校生なんてどんなに裕福なんだ。俺の財布は野口英世が一枚あればいい方だと言うのに。

「じゃあ明日ね。図書館楽しみだな」

「ごちそうさま。ありがとうね」

 西原さんは軽々しく帰っていった。

 ——陽が長くなったせいか、少し暑くなる。陽がまだ落ちそうにない夕方の帰り道で俺は頭がいっぱいであった。

 それにしても津村は何があったんだろ。西原さんの帰国から、中三までの間に。



 夜、自宅のソファーにて俺は早速西原さんにメッセージを送った。

『今日は色々話せたね』

『私も楽しかったよ!』

『人とLINEするの久しぶり』

『私は入学して本当に今日が初めてだけど』

『学校じゃ話しにくいもんね!』

『うん! LINEなら何でも話せるしね』

 西原さんは返答が早い。返事にも迫力がある。リアルとバーチャルで別人のようだ。

 その時、何か後ろから気配を感じる

「お兄ちゃん、LINEしていたんだ……」

 妹は悪魔のような笑みを見せながら俺を見下すかのように見つめる。

「うっせー、のぞき見するな」

「お兄ちゃんにもそう言う友達はいたんだ。何かそう言うの好きそうでないのに」

「うるせーな、俺の勝手だろ」

 本当にウザ絡みがムカつく。

「じゃ、誰なのか教えて」

 ムカつく。血が頭にのぼった。

「クラスメート」

「男女どっち?」

 何で突っ込むのか?

「お兄ちゃん見えてる見えてる。相手さんの画像見ると女の子っぽいね。だって、写真が可愛い熊のぬいぐるみだもの。女の子は間違いない」

「学校の行事で、班員になっただけ。その伝達」

 何でこんなに俺のプライベートにズケズケ入ろうとするのか?

「良かったわね。ようやくLINE出来る女の子がいるようで」

 その時、妹のスマホから着信音が鳴った。妹は即座に電話に出た。

『ああ私だけどどうした?』

 電話での妹の態度は完全に裏表そのもの。言い方が凄く素直。可愛らしい。俺の前では悪魔なのに。

『いやいやちょっと気になっただけ、でね——』

 リア充の会話らしい話であることは俺にでも直ぐ分る。妹はくつろぎながら会話をする。俺は気分が悪くなり、携帯を持って行きながら自室に閉じこもった。

 部屋のベッドでくつろぎながらスマホを再度見る。

『どうしたの、返答遅いよ』

 西原さんから最速が来た。

『ゴメン、ちょっと妹に絡まれた』

『妹いるんだ。いいよね。楽しそうで』

『楽しくないよ』

『何で?』

『生意気だし、直ぐウザ絡みするし、おまけにリア充』

『想像できない』

『妹のせいで、本当に女性恐怖症』

 西原さんはかなり興味津々につぶやいている。何でこんなにメールの世界なら西原さん元気なんだろ。学校の生活では考えられない。

『どんな妹なら良いの?』

『一応、ラノベに出てくるようなツンデレ妹』

『本当に、内野君、現実の世界から逃避しているよね』

『だって二次元の世界は、自分の思うがままの欲望を満たしてくれる、最高』

『そうなの? そんなに濃いんだラノベって』

『うん、そう。オタクのバイブル』

『そうなんだ、もう今日は色々話せたね。続きは明日にでも。ではおやすみ』

『こっちこそおやすみ』

 言ってしまった。俺のオタクの性格を。明日から上手くいくかな。

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