第1話 俺は、リア充だらけのクラスで一人ぼっちになっていた
あの屈辱からほぼ一年が経過した。もう時期は五月下旬。二年生になって一ヶ月半が経過した。あの失恋から自分自身は完全に別人になってしまった。
頭はボサボサになり、服装はだらしない。誰が見てもやさぐれてるというような外見になっている。自分でも分ってるけどそれを整える気にもならない。
登校して、周りの人の噂話だけが目につく。友達同士で盛り上がるリア充女。男女が仲良くチャラチャラする男女グループ。そんないくつかの島から自分は距離を遠ざけようとしているかの如く周りをシカトし続けている。
自分の席は一番窓側。何時ものようにラノベをカバー掛けてつまらなさそうに読んでいる。周りが五月蠅く物語が頭に入ってこない。数人のリア充グループの会話が黄色い。話の内容が俺には全く分らない。流行のソング、SNSの有名人の話題、ミリオンヒットのコミックの感想、恋愛相談や隣のクラスの女の子の話等々、自分自身には全く縁の無い話ばかり。そんな中に入らなくていい。俺はラノベの世界で十分。ラノベと言うのは俺のような穴だらけの高校生の欲望を満足させてくれる。重要な市場を開拓している。
——俺が今ハマってるタイトルは「俺の妹はそんなに可愛い」「妹がいればいい」「実は妹は義妹でした」。読んでる物は全て妹物ばかり。カバーを掛けてるお陰でクラスメートからはもちろんバレていないが。
「お前さ、キモい本ばっか読んでるなよ」
俺の天敵、元浦徹夫が因縁ふっかけてくる。二年生で運悪く同じクラスになった。
「何読んでようが俺の勝手だろ……」
力なく、俺は元浦に反論する。
「そんなブックカバーかけるような恥ずかしい本なんだろ? ラノベだというのは分っているぞ。何で隠すんだよ。そんなコソコソ隠れて本読んでるのはお前ぐらいだぞ、このクラスでもな」
元浦は何時もこうして俺に因縁をふっかけてくる。
「大体、お前は部活辞めてから一人で閉じこもって成績だけはぬくぬく上位になりやがって。俺はお前の何倍も努力してるんだよ! 何でお前みたいな奴と同じクラスになってしまったのか、考えるだけでも腹立つわ」
二年生になり、部活をやめて離れられたはずの元浦と同じクラスになってこういう因縁ばかりつけられてる。
入学当初こそ俺の成績はかなりの上位だったが、西原さんに失恋して以降、成績は落ちっぱなし。それでも学年上位は辛うじて維持しているが、元浦にも成績で追い抜かれそうな所まで落ちている。
県内有数の進学校——江陽高校。その進学校の中でも成績上位者ばかりで構成される二年一組と二組。一組は理系で二組は文系。俺は文系だから二組。その二組には成績も良く、リア充ばっかりが集結している。勉強が出来る奴は大体コミュニケーションも上手く友達との切磋琢磨が出来るんだろうな。この元浦も陸上部では短距離走でそれなりの活躍をしていると噂になっている。
俺は、こいつに因縁つけられ学生生活を汚された。陸上部を辞めるきっかけになったのも元浦の嫌がらせが原因。クラスの日陰になったのもこいつのせい。なんで同じクラスになってしまったのか。運が悪すぎる。
そんなに西原さんに告白したのが許せなかったのか——
その西原さんも実は同じクラスである。そのことでも尚更元浦は目の敵にしているのだろうか?
「なんでお前までが西原と同じクラスなんだよ」
俺が一年前に告白して失恋した女子生徒——西原春香。
成績は常に学年トップクラスで五位以内を落としたことがない。クールな小柄の美少女で男子からの人気者。ボブヘアが特徴。特に英語の成績帰国子女の影響もあって非常に良いとか。
そんな失恋した相手が同級生になったと言う事実が一層自分のクラスでの存在を惨めにしていく。
「何か言えよ! これだけ俺に言われても恥と思わないのか? 俺お前に相当言ってるつもりだ。あの時の調子良い態度はどうしたんだよ! お前落ちるところまで落ちたな!」
その元浦の表情は自信持って、自分の方が俺なんかより圧倒的に優位だという態度。
その時、一人の女子生徒が歩み寄った。
「元浦君! もういい加減に内野君に因縁つけるのやめたら?」
咎めるように元浦は、その女子生徒を睨んだ。
思わず自分が惨めになる。俺が女子に守ってもらうなんて。
「何だよ津村、文句ある?」
「文句あるよ。どうして何時も内野君を目の敵にする訳なの?」
「だってこいつ、陸上部の時に失態して部の評判落としたんだよ。だから俺は凄い怒ってるんだよ、ぬくぬく辞めてその後始末を俺たちに押しつけたんだ」
元浦は、津村に注意されても堂々とした態度を取る
「良かったな内野。お前のこと庇う女子もいるしな、お前は一度失恋したんだ。そんなに津村に良いようにされてるならお前が津村とつき合えばいいだろ」
言い捨てて元浦は見下すように俺と津村の場から立ち去る。津村は凄く恥ずかしそうにしていた。
俺は右の拳を握りしめ、何も出来ないまま座り尽くしていた。
「もう、彼奴何なの? 内野君ばかりに攻撃的になって。内野君、気にしないでね。私は内野君がああなったの分ってるから」
何かムカつく。何で津村にまで上から目線で言われるんだ?
——津村冴恵。このクラスの中心人物の中の一人である女子生徒。ツインテールに髪を纏めたブラウンの髪とぱっちりした目つきが特徴の美少女でかなりの巨乳。身長も高く服装や容姿には人一倍気をつけている。まるで高校生モデルのようだ。当然ながらリア充グループの女子生徒に囲まれ明るい話で何時も盛り上がっている。
西原さんと男子の人気を二分化するほど男子の人気者。
実は、俺が中学三年生の時一緒のクラスで高校は一緒に入学し、高二になりまた同じクラスメートになった。でもあの時の津村は眼鏡をかけ、何時も下ばかり向いてて友達といる姿なんかほとんど見なかった陰キャラそのものだった。中学三年生の時に俺の学区の中学校に編入をしてきた。
——そう言う経歴を踏まえると高校生デビューに成功したリア充中のリア充。まさに中学の時の俺と完全に立場が逆転しているとも言える。
「俺は……助けてって頼んだ覚えはないけど」
「でも私は中学時代、内野君に色々助けてもらった……」
「そんなことはない、色々勉強教え、クラスで困ったときに手出ししただけだ」
そう、クラスで友達が少ないから一緒の班になり、女子の小さい輪に入れるように尽力尽くしたことはあった。でもそれで助けたという認識は俺にはない。
それでも俺にすり寄ってくる津村。一体これは何だろう。俺みたいな落ち込んだダメ人間を何でこんなに救おうとするのか?
わずか一年で人は大きく変わる物だな。でもあまりにも中学生の時とギャップがありすぎる。
「そんなに落ち込まないで。西原さんは美人だからね。難しいわよ。私は中学時代、内野君の勇士が好きだった。あの時輝いてたのに、元浦の因縁ごときで辞めるなんて凄く勿体ないことをしていると思うわよ」
津村は気さくで穏やかな表情で説得するように俺のことを構ってくる。
「そんなことどうでも良いだろ——俺はもう変わってしまった!」
構わず、俺は怒りの表情で津村に当たってしまった。
津村も一瞬黙り込む。
俺は我に返った。俺の劣等感の痛いところを突かれて声を挙げてしまった」
「そうね、今は黙ったおいた方が良いかもね。おせっかいだったね。色々あったんだね、邪魔したわ。ゴメンね」
津村はがっかりした表情で立ち去りリア充グループの輪に入っていく。
完全にぼっちになった。唯一俺のことを庇ってくれた津村にまで嫌われた。もう誰もこのクラスには味方がいない。
「ねえ、今の内野君、ちょっと酷くない?」
「冴恵は折角内野君を励まそうとしてるのに何あの言い方?」
「冴恵、あんなの気にしない方が良いわよ」
俺に対する視線が痛い。女子生徒からの目線。痛すぎる。俺への女子生徒の目線に津村はがっかりしている。こんな終わったオタクの肩持ちのために、津村の友達まで迷惑をかけてしまうとは。
「冴恵、今日の放課後、久しぶりにカラオケとか行かない?」
「いいね、金柳街のモール街の、久しぶりだし今日行こうよ」
「だね、最近発売されたあの——」
これこそ、ザ・リア充。
周りの輝かしい会話は一層金色に輝く。灰色の島に取り残されたのは俺だけ。
「津村は、中学自体から完全に変わってしまった……」
そして俺は再び読みかけのラノベの続きを読みふける。そうしている間に一時間目が始まろうとしていた。一限目は数学。数学の先生が教室に入ってきた。
「一限始まるよ!」と津村はクラスメート全員に呼びかけるように声をかけた。
五時間目の昼の授業。英語の授業だった。
このクラスの英語を担当するのはクラス担任でもある須々木理恵先生。生徒には厳しく接する上に授業の内容もかなりハードだがそれでも絶世の若い美少女であるため(特に男子からは)絶大な人気を誇る。このクラスのほとんどの男子は須々木先生が担任で良かったと思っている。
授業もほとんどが英語の解説であり、先生は英語での会話がほとんど。日本語は英文和訳でしかあまり話さない。アドリブで英訳や英語でのスピーチによる回答を求められる。
こうして、生きた英会話を重視し、英語を流暢に話せる生徒を育てることに熱意を持っている。最もこの学校は大学受験に寄らない真の国際人を育てるとか、留学生の受け入れ、シェスタの導入とかとにかく公立校にも関わらず変わり種の進学校である。よく県もニュースでは財政が厳しいとか叩かれるけどこの県立江陽高校への予算には大盤振る舞いか。どれだけの大物議員が関わってるんだろうか。
須々木先生はまさに江陽高校の生き字のような先生だ。
須々木先生の英語は流暢で分かりやすい。男子は皆熱心に聞く。
「Mr Uchino, Translate into Japanese with No.47 Paragraph」(内野君、四十七行目を日本語で答えなさい)
須々木先生が和訳を求めてきた。
「えーと、この文は・・・・・・」
頭の中が真っ白になる。授業を真剣に聞いてないと回答が難しい内容ばかり。多くの生徒が上手く答えられない。
「Oh you are to concentrate」(集中するように)
意味が分らなかった。
「彼奴、何ポカしてるんだよ」
「須々木先生に失礼だろうよ」
男子生徒が俺の影口を叩く。こいつら須々木先生が美人だから英語だけもの凄い集中しているが、国語の古文のババアの授業の時は寝てるか聞いてないくせに。
須々木先生は、他の生徒にも回答を求める。
「Mrs Nishihara, under paragraph purpose give opinion into English」(西原さん、下線部に対し英文で意見を述べよ)
西原さんへの質問となると先生は容赦ない。帰国子女だからだろうか。
「西原さんへの質問は厳しいな。こんな難しい意見、本当に答えられるのか?」
そして西原さんが立ち上がる。姿勢を正して一呼吸整える。
「I think this——」(私の考えは——)
西原さんの英会話は流暢、この後も真面な会話が英語で出来るほど。完全にこれはディベートレベルの会話だ。こんな回答帰国子女でも毎日英字新聞を読みこなさなければ答えられない内容を西原さんスラスラ答えてる。
「やはり西原さんの英語はレベルが高い」
「美少女で英語が得意で帰国子女」
「勉強がトップクラスで英会話が超人レベル、で凄い美人。彼女にしたい」
「無理無理。お前には不釣り合い」
周りの噂話に西原さんは困惑気味。こういう時もクールで無表情。愛想の良い笑った姿をほとんど見たことがない。友達もいなさそうで毎日一人で昼食をしたり本を読んでることが多い。ぼっちは俺だけではなく西原さんもだ。
瞳はぱっちりしていて無表情ながらに美しさを秘めている。
「何であんなに美人なのに友達出来ないんだろう? アメリカでイジメられたとか、何かとんでもないトラウマあったんだろうか——」
男子も西原さんの事になるとことごとく噂話をして心配そうにする。
俺だって、西原さんの事が好きだったんだ。
西原さんをマトモに見ることが出来ない。あの失恋の日を思い出す。
自分の中にある劣等感と、届かない美しさに負けた屈辱をこれでもかと言うほど思い知らされる。それなのに何で同じクラスになったんだろうか。
担任の美少女須々木先生、津村と西原さんのクラスの二大美少女、それらに群がる元浦を始めとするリア充男子。こんな俺の劣等感を全て詰め込んだクラス構成は正直地獄だ。もうどうにでもなってもいい。諦めモードだ。
放課後になった。
今日最後の授業が終わり、皆が一斉に帰り支度をする。
これから部活に行く生徒、友達つきあいで遊びに行く生徒など色々と分かれていく。
その中で自分は帰宅部のぼっち。クラスの居心地が悪い。逃げるようにして教室から出ていこうとする。自分が教室から出る前に西原さんが先に教室から出るのを見かけた。
「本当に可愛いな」
「何であんなに可愛いのに、勉強できるのに友達出来ないんだろ?」
彼女の噂話が耳に入る。俺と同じく女子で数少ないぼっち。でも男子からは心配されて何かしらクラスの中では守られてる空気が出来ているのが同じぼっちの俺とは違う所。俺は周りから冷たい視線を注がれているが。
嫌になり、教室を後にする。
校庭グラウンドを通り過ぎる。
放課後らしく、部活動のかけ声が聞こえる。
バットが硬球に当たる乾いた音。サッカーボールのキラーパスの迫力ある音。横のコートでは「せーのせーの」とランニングで体を鍛える一年生女子とそのコートの中で軽快にスマッシュの音を弾ませるテニス部からの音。それらを彩るかのように校舎からクラリネットやトランぺットのチューニングの音が聞こえる。
「どれも今の俺には無縁の環境だ」
吐き捨てるようにしてその場を立ち去るが横を振り向けば見たくもない光景が。
——陸上部グラウンド。
昨年、元浦に因縁着けられ部活動を後にした。あの時を思い出す。
そしてやはり元浦らを見かけた。陸上部のジャージ姿でダッシュの練習。メキメキ実力をつけてそうな雰囲気。昨年俺が見たダッシュよりも洗練されてる。一年生女子からの黄色い声が絶え間ない。
「彼奴、レギュラーになってたんか」
悔しげにつぶやく。
彼奴がいなければ俺はあの部活に今頃レギュラーで存在してた。俺は彼奴に潰された。もしかして俺が目障りだからあんなこと言ったとか。元浦も西原さんがもしかして好きだったとか——。
完全に憶測の世界だ。
考えるだけでむしゃくしゃするから逃げるような足取りで校舎を後にして、帰宅する。
家に帰り着く。学校と家は何とか徒歩圏内。
今日は誰もいない。玄関の鍵を開けて何時ものように静かに入っていく。
今日は、あの中三の妹も高校受験を控えてるから今日は遅くまで塾で勉強が続く。そして両親もオヤジはプロジェクトの追い込みで深夜帰り、おふくろは今日は夜番で遅くなる見込み。
そうなると、今日は夜まで自分一人の自由時間。
「誰にも文句言われず、羽を伸ばして好きなことが出来る」
その時間が今俺の人生一番の楽しみ。
学校では居場所がなく、家でも妹がリア充だから俺よりも両親から良く見られて、この家族は完全に妹中心で意心地が悪い。だからこの時間が最高。
「遊ぶぞ!」
俺は玄関で声を挙げる。
靴を脱ぎ、手を洗い、キッチンからインスタントコーヒーを取り出し、コップに注ぎ、部屋へ向かう。
自分の部屋に入るともうそこは自分だけの世界。
部屋は色々物が散乱している。ベッドの上にはラノベ数冊散乱し、机の上は文房具で散らかり、周辺の物は雑然としている。そして何枚かオタクらしいポスターを貼ってある。昨年の部屋と比べると本当に一年で心の荒み方がよく分ると自分でも思ってしまう。
「今日は何から始めようか」
先日ダウンロードした「アイドルガールズ」のブラウザゲームから始めるか。それとも先日購買した「妹がいれば俺の人生は天国」の続刊を読むか、この前録画した「やはり俺はラブコメに適していない」の続きを見ようか——
どれもこれも今の俺には栄養になる物ばかり。と思いながら、先ずは録画アニメの方から手をつけた。
DVDをパソコンにセットして再生。主人公は俺と同じくクラスでぼっち。クラスはリア充だらけで一人肘をついて考え事している。クラスメートの女の子から声をかけられても素直になれない。そのぼっちを逆に極めるためにどう考えるか。共感できる内容。
「このぼっちの主人公の比企山、俺と同じくぼっちのひねくれ者なのにその信念を貫き通す。完全に名人レベル。人生の糧になる」
にやっと笑う俺。ぼっちを小学校から極めている。こんなぼっちの名人ばかりでぼっちを受け入れてくれる世の中ならどれだけ過ごしやすい世の中になっていただろう。
そう思いながら、今度は「アイドルガールズ」をプレイするために、パソコンを再起動させ、インターネットに繋げてブラウザを開く。
アイドル三人組をバーチャル内で育成していくゲームである。
オンライン上で注目を集められるかがこのゲームの鍵となる。自分の作りたいように女の子を装飾していき、それをネット内にアップして「いいね」を稼いでいく。
『お前の作った美少女最高!』
『萌えるぜ!』
アップされた美少女は好評。
自分の作るアイドルは三人とも妹。自分の好みを装飾。
一人目はツンデレタイプのあどけない容姿。二人目は顔立ちの良い静かな美少女。三人目は男盛りなボーイッシュガール。そんな自分だけのアイドルを。
「リアルと違って、ネトゲ女は自分の思い通りに動かせられる。このままでもいいわ、俺はバーチャルの方が楽しいわ。クラスのリア充より」
バーチャル世界でしか自分を見いだせない。ここなら自分の好きなコメントを貰える。そんな腐った自分は完全に現実と乖離してしまっている。
こんな女の子とつき合いたい。こんな子がクラスにいてくれたらどんなに人生は有意義だろうか。このバーチャル女子は全て小六の十二歳。年の離れた妹だから理想的だ。俺もこんな小六の妹がリアルにいてくれたらな。家庭教師のアルバイトでもしたら小六女子と関わることが出来るのに。
その前にその思考が犯罪だな。俺って。家庭教師は普通同性の子供を見る。非常識な思考に陥ってしまった。
「やはり年下の可愛い従順な妹は魅力あるよな……」
ぶつぶつ一人言を言いながら現実逃避に酔いしれることが今の俺の楽しみだ。バーチャル二次元の女の子に恋をするしか手段がない。
その時、部屋の扉を開ける音が聞こえた。
「お兄ちゃん、本当にキモいんですけど……」
軽快なパーカーを纏いつつ、下には軽いジーンズとオシャレとは言い難い服装だけど無難に着こなし、身なりは整った状態の妹が俺の部屋にズケズケ入ってきた。
「またそんな幼女のオタゲーなんかやってるの!」
今プレイしているアイドルガールズの画面を俺の許可無く勝手に見る。
「五月蠅いな、別に何してようが俺の勝手だろ!」
こいつは俺の妹——今中学三年生で受験を控えて塾通いに余念が無い。今日は塾の日なのに何でこの時間に家にいるんだ? それにしても日に日に俺に対する言葉遣いが荒くなってるぞ。
「お前こそ、塾の方がどうなってるんだ?」
「何勘違いしてるの? 今日は塾ないし。勝手に塾に行ってる設定にしないでよ。私ね、今勉強しているの。明日中間テストなんだから、内申点に響くテストなんだから、静かにしてくれない? タダですら私今イライラしてて追い詰められてるのにお兄ちゃんのキモい妄言聞いてたらマジで勉強できなくなる」
「自習室とかで勉強しろよ!」
「はあ? お兄ちゃんのオタゲーのために、何で私が外で勉強しろって? どこまで自己中でいる気なんですか? 大体高校入学してアンタ変わってしまったね」
妹の言うとおり、変わってしまったのは疑いもなく俺の方だ。
「何でだよ。俺はもうぼっちで過ごすことにしたんだ。俺の勝手だ」
「ふーん、青春の無駄遣い」
ああ面倒くさい。何でこんなに嫌みばっかり言うのか。
「部活辞めてしまったんでしょ。そしたら今度はオタクの世界に入り込んでしまったのでしょ。何処で人生間違えてしまったんでしょうか。ヤダヤダ」
「お前、偉そうなこと言うけど、俺だってリアルの世界で告白したけど……」
力なさげに答える。
「で、フラれたんでしょ。そうでなければそんなオタゲーやラノベなんか先ず手をつけたりなんかしないはずですよね」
図星だ。言い返せない。
「現実が見えなくなったと言う事か。もう少し現実と向き合った方が良いわよ。先ずは身なり整えるとか、別の部活をするとか、文化部でも」
「お前に言われたくない」
「私だって、友達に好きな男の子いるけど、その告白アドバイスをしたり慰めているの。クラスの男友達にも彼女作りたい奴いるけど、お兄ちゃん見てると恥ずかしいと思うぐらい努力しているの。身だしなみとか部活なんかで」
何でこんな上から目線なんだ? 俺は年下に格下扱いされてる。年下の女上司じゃないんだぞ。
「ああ五月蠅い! 俺の勝手だ! 引っ込んでろ!」
俺はキレてしまった。妹は迷惑そうな目で俺を見た。
「まあ私からは言うのはこれだけだけど、勉強の邪魔だけはしないでね。以上」
そう言いながら静かに俺の部屋を去って行く。
気分悪くした俺はオタゲー途中でもパソコンを閉じてそのまま部屋から駆け出すかの如く家から飛び出していった。
そして、一目散に何かから逃げ出すかの如く、走り出していった。
気付けば家から少し離れた河川土手を走っていた。初夏に近い季節のせいか、完全に暗くなり切っていない中途半端な夜。蒸し暑いかどうかも分らないような気温。
——その中を空しく一人ランニングをしている。
「俺は元々長距離ランナーだったんだ。中学の時から。これぐらいしか、俺の取り柄はないんだ」
ぶつぶつ言いながら俺は何キロも土手を走り抜いていく。
「部活辞めても、元浦から馬鹿にされても、俺にはこれぐらいしか取り柄がない……」
俺は今でも週に数回、土手をランニングしている。せめて部活は辞めても長距離走だけは譲りたくない。それに長距離を部活と同じペースで走り抜いてるときが一番心地良い。誰にも何も言われない——。
——思いっきり走り抜いているときが、自分自身の最大の自己表現だ。
そう思いながら、嫌なクラスの雰囲気、嫌な妹のウザ絡み、そんなことを忘れながら走り抜いていく。
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