死刑囚はダンジョン配信だ!〜冤罪で死刑囚として投獄された俺は、ダンジョン配信で無双する!〜

オニイトマキエイ

短編 死刑囚はダンジョン配信だ!

「囚人番号42731番、時間だ!出ろ!」


独房のドアが開くと、刑務官が強い口調で命じた。

俺は重い腰を上げて、両手を縛られた状態で刑務官の後に続く。



俺、灰新 暖次は北関東連続殺人事件の犯人として死刑を言い渡された。



だが信じてくれ。コレは冤罪なんだ。

神に誓ってもやっていない。

この俺が殺人犯に見えるか?こんな善良な市民を捕まえて……クソが!



警察には冤罪を訴え続けてきたが聞く耳を持たず。偽りの犯人として仕立て上げて、形式上でも時間を解決させればそれでいいってのかよ!?


独房に放り込まれてから2年。


一向に変わらない俺の処遇に、冤罪を証明することを半ば諦めていた。


そこで、遂に俺の番がきた。そうか、いよいよか。



「さぁ、ここがダンジョンの入口だ。覚悟ができたら俺を呼べ。要らぬ期待を持つなよ?こっちには2度と戻っては来れないと思え」


「……」



この世界に突如出現した『ダンジョン』。


その迷宮の先になにがあるのか?どういう原理で出現しているのか?何もかもが未知で、研究材料が圧倒的に少ない。


ただ判明していることは、ダンジョン内は非常に危険で命を脅かす可能性が高い環境であるということと、ダンジョン内は果てしなく広く、捜索には途方もない時間を要するということだ。


そこで目をつけられたのが死刑囚。

以前から死刑に対しては人権の面から問題視がされていた。

人道的な刑罰を実施すべきという声が高まってきたのだ。


そこで、日本国政府は死刑囚達にダンジョンを探索する役目を与えた。


ダンジョン内で死んでもヨシ、重要な研究材料を持ち帰ってくるならそれもヨシ。

人材としても最適、コレは革命的な刑罰だと国内では即刻採用された。


死刑囚達にはダンジョン内を配信する義務が設けられている。

身体に仕込まれた小型カメラが常時ダンジョン内の景色を映し出し、見聞きした情報を国民に伝えなければならない。


死刑囚の行うダンジョン配信は国民の興味を惹き、連日膨大な視聴者を集めているようだ。独房にいる俺の耳にも、その話はよく飛び込んでくる。


——俺たちは、差し詰め見世物用の実験モルモットってところか。死刑は人道に反する刑罰だなんて、よく言ったものだぜ。



「もう思い残すことはない。いつでもいいぜ」


「フン……潔いな。まるで人間の感情が備わっていないようだ。いや、常人レベルで感情があれば、あんな凄惨な事件は起こさないか」



刑務官は最後に嫌味をこぼすと、装置を起動してダンジョンの入り口を開けた。突き飛ばされた俺は時空の歪みに飲み込まれ、やがて現世からは姿を消した。



——SSR武器『デスガン』を入手しました!



俺は脳内に流れる機械的なアナウンスに目を覚ました。

見ると、横たわる俺の身体の横にレーザー銃のようなモノが置かれている。


コレが『デスガン』なのか。


SSRというからには期待していいのだろう。


腕に巻きつけられた腕時計のような小型液晶。おもむろに触ると、自身の装備品を確認できる。


装備 :囚人服一式

武器 :デスガン

持ち物:30000ゼニ


なるほど。昔やったことのあるRPGのゲームのようだ。小型の端末から詳細に進むと、『デスガン』に関する説明がされている。



『デスガン』……どんな魔物も一撃で仕留めてしまう夢のような光線銃。非常に強力だが、力に溺れる者はその身を滅ぼす。



この説明が本当なら、SSRに恥じない性能で間違いないだろう。意味深な説明が書いてあるが……俺は犯罪に手を染めたわけではあるまいし、しっかりと理性を保てる人間だ。余計なお世話である。


すると、俺の脳内に追いきれないほどの膨大なコメントが流れていく。どうやら俺が見聞きしている情報は現実世界に配信され、現実世界からのコメントは俺の脳内にリンクして届く仕組みらしい。


なんとも凝った仕組みになっているなと俺は感心してしまった。

俺は流れるコメントをザッと見返していく。


『嘘だろ!?いきなりSSR武器ドロップ!?』

『これは初めてダンジョン踏破できる奴が現れたんじゃない?』

『よし、俺コイツの配信追うわw』

『なんだかんだでどうせすぐ死ぬから笑』


チッ……人間様の有り難いコメントか。

外野の連中は好き放題言いやがる。


現在、俺の配信の同時接続者数は200……300とみるみるうちに上昇を続け、大きく注目を集めている。


ただ、そんなことは関係ない。


ここに送られた死刑囚の目的はひとつだ。


このダンジョンの最奥に辿り着き、その光景を配信に映した者は、現世に戻ることができるという。


その功績を讃え、のしかかっている罪状は全て免罪。拘束は解かれ、再び社会復帰が許される。


とりあえず先に進もう。

周囲を見渡すも、殺風景な遺跡のような空間が広がるだけでどちらに進むべきかも分からない。この世界はチュートリアルなんて親切なモノはないんだ。


薄暗く冷えた、石畳の道をおもむろに歩き出す。


視聴者どもは狼狽える俺をバカにするようなコメントばかり。

クソが、安全圏から石を投げやがって。ムカつくぜ。


ただ、向かいから誰かがやってくる足音が聞こえた。

コツコツと地面を鳴らす音はやがて近く。俺はデスガンを構えた。


「おおっと!待ってくれよ!そんな物騒なモノ下ろしてくれ!」


「……なんだ?」


「俺の名はブーモ!君まだダンジョン初めてで分からないことばっかだろ?困ってると思ってよ、俺が手を貸しに来たんだ!」


「なるほど。俺を助けるメリットがあんたにあるのか?」


「なに固いこと言ってんだ!君はまだ知らないと思うけどな、このダンジョンを踏破するにはどうしても仲間が必要なんだ!俺もホラ、見ての通り1人なんだよ」


大袈裟な身振り手振りを加えて話すブーモ。


表情豊かで常にニコニコと笑顔を絶やさない。悪い人間には見えないな。

ブーモは馴れ馴れしくも俺の肩に手を回すと、ひとつ大切なことを教えてやるとノリノリで話し始めた。


「この世界に来た時に、通貨を貰っているハズだ。まずはソレを確認してくれ。実はその金、ダンジョン内で偽札が流通していてな。間違って偽札を使っちゃうと、咎められてしまうんだ」


「ほう……なるほど」


「俺なら偽物かどうか鑑定できる。ホラ、貸してみな」


俺はなにも考えずにブーモに紙幣を託した。

だが、それが間違いだった。


紙幣を見せた瞬間、ブーモはそれを勢いよくひったくる。

そして唖然としている俺の横っ面を、彼は躊躇なく殴り飛ばしたのだ。

不意打ちに身体ごと吹き飛ばされ、地面を転がる俺。

ブーモは這いつくばる俺の姿を見てケタケタと笑っている。


「おいおいこんな手に引っかかるお人好しがまだいるのかよォ!?勘違いすんじゃねえぞガキ!ここに送り込まれてる人間は全員死刑囚だ!他人に手を貸すような善人が、いる訳ねえだろォがバカが!」


俺はハッと思い知らされた。この場所は、生温い世界ではない。

視聴者からのコメントは大荒れ。

辞書に載っているあらゆる誹謗中傷。

そして俺の不甲斐なさを詰るコメントが流れていく。



『嘘だろお前wアホすぎる……w』

『武器はSSR なのに中身がコモンで草』

『せっかく期待してたのにコレじゃすぐ死ぬな』

『つまんね。他いくわ』



俺に罵声を浴びせると、颯爽と走り去っていくブーモ。


この世界の常識を教わるとともに、俺は一文無しとなった。


コメントには、『ブーモを撃ち殺せ!』という旨の文章がズラッと並んだが、人を殺したことのない俺がすぐに行動に移すことは困難だった。



「チッ!してやられた、俺の全財産が。……ただ武器が盗られなかったのは不幸中の幸いだな。アイツがこの武器の価値に気づいてなかったからか?」



土埃を払い、俺は気を取り直して前に進む。

結局このダンジョン、信じられるのは自分の力だけだ。


しばらく道なりに進むと、開けた広場に出た。

すると背後の入口を塞ぐように突如として岩石で固めた壁が降り、俺はあっという間にその空間に閉じ込められてしまった。


『ようやく1層目かよ。待ちくたびれたな』

『さっさとデスガンの強さをお披露目してくれよ!』


コメントが言うように、ここが最初の関門らしい。

俺を嘲笑うかの如く広場の天井が音を立てて開いていき、覗いた暗闇からなにやら人型の生物が地に舞い降りた。


フラフラと歩く2体のナニカ。

ゲームの世界で見たことのあるゴブリンに容貌は近い。

俺より少し低めの身長に、程よい筋肉のついた肉体。そして獣のような琥珀色の瞳に、逞しい2本の角。


ただ俺の知っているゴブリンと違うのは、和服を纏って刀を手に持っているところだ。俺は『デスガン』の詳細を確かめた時のように、手首に巻いた小型の液晶をゴブリンに翳した。


名称 :和装ゴブリン

属性 :物理

レベル:12

危険度:☆☆


和装ゴブリン……なんの捻りもない。

ステータスが表示されているが、この世界については全くの素人だ。なにしろ相場が分からない。俺は流れるコメントを拾って知識をつける。


『いきなり12レべの危険度2か、終わったな』

『運が悪かったとしかいいようがないw』

『いや、SSR武器だぞ?武器の力でなんとかなるだろ』

『いずれにしてもゴブリン程度に負けるようじゃそれまででしょ』


コメント曰く、俺は終わったらしい。

目の前のゴブリンたちはそれほどの難敵だということだ。ただ相手は日本刀、こちらはレーザー銃。リーチは圧倒的に俺の方が有利を取れているハズだ。


ニタァッと白黄色の牙を見せ、欲望に任せて飛び掛かってくるゴブリン。

殺意剥き出しの魔物に恐怖を感じたが、やらないとやられる。

俺は咄嗟にデスガンを構えて、照準をゴブリンの心臓に合わせた。



「こ、これでも食らえ!」



俺が引き金に手をかけた瞬間、銃口からは青白い光線が放出された。

レーザー光線は真っ直ぐゴブリンの心臓を撃ち抜き、肉を焦がして焼き尽くす。

あっという間に消し炭と化したゴブリン。

まさに瞬殺。想像以上に早く決着が着き、俺は拍子抜けしてしまった。



「敵が弱いのか武器が強いのか……恐らく後者だろうな」



俺は恐る恐る、目を背けていたコメントに目を通す。

この状況、有識者たちはどう判断しているのか気になってはいた。


『SSR 武器ヤバすぎて草』

『こんなん持ってたら誰でも踏破できるだろ』

『もっと可愛い女の子に譲れや。お前が持っててもワクワクしねえわ』


やはり。このデスガンが規格外の力を持っているらしい。

流石に冤罪で投獄されているんだ。こういうところでイイ思いさせてくれないと割に合わない。


なにはともあれ、俺はこのダンジョンの中では無双できることが分かった。

あのブーモとかいう男、次に会った時には命で償ってもらおう。


俺はゴブリン達からドロップした報酬を拾う。

彼らが身に纏っていた和装と、握っていた日本刀だ。


名称 :お着物

レア度:R

防御力:18


名称 :日本刀

レア度:R

攻撃力:27

属性 :無


詳細はこんな感じ。現在の俺の装備も参照する。


名称 :囚人服

レア度:N

防御力:0


名称 :デスガン

レア度:SSR

攻撃力:9999

属性 :無


なるほど。この忌々しい囚人服とはここでお別れだ。

そもそも防御力0かよ。なんの役にも立たない布切れ寄越しやがって。


俺は囚人服を乱暴に脱ぎ捨てると、着物に袖を通した。


それに比べて……このデスガン。完全にブッ壊れだろ。

攻撃力9999ってなんだよ、もはやカンストしてるじゃないか。SSR の冠は伊達じゃないってことか。


ゴブリン達がこの広場の番人だったらしく、撃破に伴って奥へと続く道が開かれた。


その後も俺は、デスガンを頼りに快進撃を続けていく。

2層3層と迫りくる敵を蹂躙し、俺はさらに最奥へと歩を進める。

なんせ照準を合わせて引き金を弾くだけでいい。簡単な仕事だ。

敵を蹴散らす爽快感ったらない。敵が肉塊となって弾け飛ぶ瞬間、俺は言葉にし難い快感を覚え、いつしか自分から敵を求めるようになっていた。


クックック……こんなに楽しいんじゃ、ダンジョン生活も悪くねえなぁ。いっそダンジョンに住み着いて、『王』として君臨するのも悪くないか。


その頃には、視聴者からの評価も変わってきていた。

配信開始から3時間。同接は跳ね上がり、遂に2000人を突破した。いわゆる期待の超新星爆誕って感じだな。



『やっと殺人犯らしい顔つきになってきた!面白くなってきた!』

『お人好しかと思ったけど騙された!やっぱりコイツやべぇ奴だわ』

『お前がダンジョンの王だよw名誉殺人鬼さんw』



――チッ。コイツらなに言ってやがる。俺は殺人鬼じゃないって言ってるだろうが。他の奴等と一緒にするんじゃねえよ!第一、俺が善人だからSSR 武器を託してくれたってことに、コイツらまだ気づいてないのか?


殺人鬼として持ち上げるコメント欄に俺は嫌気が差した。

だが外野はどうでもいい。せいぜい好きに騒がしてやろう。

このダンジョンの王となる俺の最古参となったことを誇りに思え!



――ドン!


また俺は広場に閉じ込められた。

つまり、第4層に到着したことを意味する。

ただ今までと違うのは、魔物の他に先客がいるということだった。


——アレは……女性?


地面に疼くまる黒髪の女性。

華奢で可憐な後ろ姿。咄嗟に守ってあげなければ、と本能が働いてしまう。


そして女性と対峙しているのは、一見すると鷲のような猛禽類。ただ翼が完全に機械仕掛けになっており、ミサイルを発射する射出口が黒く光っている。


甲高い叫び声をあげると、その猛禽類は女性に狙いを定めた。

繰り出されるミサイル。女性は避ける気配すら見せない。

もしかしてもう既に大怪我を負っていて動けないのか?


なにせ2年間、女性との接触を禁じられてきたんだ。

若くて綺麗な女性というだけで、俺の身体は無意識に動き始めていた。これが中年のハゲおやじなら、俺は囮にして見捨てていたことだろう。


おっと、俺を悪人呼ばわりするのは止せよ。人間なんてそういうものだろ?


俺は素早く踏み込んで彼女の身体を攫うと、抱き合わせた状態でそのまま転がり込んだ。ミサイルはそのまま地面に激突し、大きなクレーターを形成した。



「あんた、大丈夫か?ちゃんと立てるか?」

「あ、ありがとうございます。すいません……私だけじゃ、あの魔物にはとても太刀打ちできなくて」


至近距離で確認した女性の顔は、俺が想像していたレベルを上回って美人だった。

揃えられた前髪、艶のある黒髪。宝石のような瞳に、整った鼻と口。

充分すぎる判断材料から、コンマ1秒で可愛い顔だと認識できる。


だがこの女性と親密になるのは、眼前の魔物を倒してからだ。

俺は空中を回遊する猛禽に対して小型液晶でスキャンし、情報を収集する。


名称 :ヘルウィング

属性 :風

レベル:27

危険度:☆☆☆


なるほど、少しは骨がありそうだ。

そしてこういう飛行系の敵には、俺のデスガンの相性が悪い。

俊敏に飛び回られては上手く照準を定められない。

いくら最強威力の一撃必殺でも、当たらなければ意味がないのだ。


こういう時は、コメントの識者たちの意見を参考にしよう。意外とこういう場面では外野の方が俯瞰的に物事を分析・観察できているハズだ。

俺は攻略法を求めて視聴者のコメントに目を通した。


『なに偽善者ぶってんだ?その女、肉壁にして使え!』

『お前なにやってんだ女映せよ、見えねえだろ!』

『とりあえず助けてさ、奴隷にしようぜwお前1人で楽しむなよ?俺らにもちゃんと見せろよ?』



――相変わらず国民様は下衆ばかりか。俺から言わせれば、コイツらの方がよほど犯罪者じゃないか。善人顔して社会に溶け込みやがって……!



さてと、しかしどうするか。

モタモタしていると次のミサイルが飛んでくるに違いない。

俺の射撃の腕を信じるか……。

頭を悩ませている時だった。



「私の武器で、あの魔物を縛ることができます。その隙に、貴方のレーザー銃で倒してくれませんか?」


「一緒に戦ってくれるのか?」


「勿論です!一緒にダンジョンから脱出しましょう!」



ふわっとした耳心地の良い声。

心が癒され、俄然やる気が湧いてきた。

まさかダンジョンでこんな出会いがあるとはな。人生捨てたもんじゃないぜ!


俺は彼女の持っている棒状の武器をスキャンして調べた。


名称 :パラライズ

レア度:R

攻撃力:32

属性 :麻痺


なるほど、攻撃力は心もとないが、それは俺が十分に補える。

麻痺属性は非常に強力だ。こういう動きが素早い手合いに対しては、痺れさせて動きを止めるのが最適解だろう。

大人しくしてくれさえいれば、どんな巨体だってデスガンでブチ抜ける。


俺の合図で武器を振るう彼女。

先端から広がる電撃の網が、魔物の両翼に絡みついて拘束する。

苦しそうな鳴き声で喚くが、暴れれば暴れるほど網は複雑に縛り上げていくのだ。


やがて身動きが止まり、空中で的となった無力な鳥に銃口を向ける。


「オラァ!コレでも食らえ!」


俺が引き金を弾くと、強烈な蒼い閃光が視界をジャックした。

断末魔の悲鳴をあげる隙すら与えない。

猛禽の魔物は、文字通り木っ端微塵に消し飛んだ。



「す、すごい。お強いんですね」

「いやいや、俺と君の連携の結果さ」



俺達はお互いを称え、生き永らえたことに熱い抱擁を交わした。

人の温もりなんていつぶりだろうか。

女性の髪の毛からは良い匂いがする。俺はずっとこうして抱き合っていたかったが、第5層へ続く扉が開くと、彼女はパッと俺から離れた。



「一緒に行きましょう?2人なら、このダンジョンも踏破できる!」

「お、おう!」



――灰新 暖次は『親友』をゲットしました!


俺の脳内に響くアナウンス。どうやら、他のプレイヤーとある程度交流を深めると『親友』になるらしい。どういう訳か、細かいところまでなかなか凝っている。


俺は『親友』となった彼女に手を引かれるまま、その先の暗闇へと進んでいく。

そこから先も、俺達は順調にダンジョンを攻略していった。

基本はデスガンにて一撃で粉砕。たまに複数体相手にするときは、彼女に片方を麻痺させてもらって時間を稼ぎつつ俺が倒すという感じだ。


『おいおい、もう20層まで来たぞ!』

『この調子で終わりまでいくか?』

『この女要る?キャリーされてるだけじゃね?』


10層を超えたあたりから、視聴者数は爆発的に伸びた。

この辺りからは、ほとんど未知の領域らしい。ダンジョン攻略見たさに沢山の視聴者が俺の配信に集う。気づけば同接は6万人を突破していた。相棒の彼女に至っては、恵まれた容姿も加わってか15万人以上の視聴者を集めている。


そしてダンジョン25層。


ここは今までの層とは違う。

何故なら、魔物が待ち伏せていないのだ。


殺風景な広場の真ん中にポツンと設置されたひとつの卓。

不審に思いつつも恐らくは触れないことにはイベントが進まないと察した俺は、卓の上に小型の液晶を翳した。



名称:運命の選択

任務:『親友』となったプレイヤーの心臓を捧げる。さすれば、26層への扉は開かれるだろう。



この文章を読んだ時、俺は背筋がゾッとするのを感じた。

俺が不自然に固まっていると、後ろから彼女がスッと寄り添ってきた。



「そっかぁ、殺さなきゃ先に進めないんだ。……じゃあ殺さなきゃね」



彼女は懐から抜いた小型ナイフを片手に、俺の心臓目掛けて突進してきた。

間一髪で反応できた俺は身体を反らせてなんとか攻撃を避ける。

しかし、ナイフの先端が俺の着物を切り裂いて俺の腕を傷つけた。


痛む腕。垂れる血液。

良き相棒としてここまで協力してきた彼女が簡単に牙を剥いたことが、俺にはにわかに信じられなかった。



「ど、どうして?話し合おう、俺達2人で協力して進める方法がきっと……」


「バカバカしい。私が誰だか分かった上で言ってるのかよ?」


「誰って……分からないけど。君はきっと優しくて素敵な女性なんだろうなっていうことは、分かる」


「ハッ!笑わせんじゃねえぞ!私はなァ!5年前に日本中を震撼させた天才殺人鬼、『由多 カエデ』様だ!もう忘れちまったのかァッ!?」



大人しそうだった彼女の表情は一変。

口は裂けて白い歯を覗かせ、瞳はドス黒く、まるで邪悪に染まっている。

この女は、紛れもない殺人鬼の顔をしている!



――由多 カエデ。その名は聞き覚えがある。



俺がまだ殺人犯として投獄される前、地下鉄の中で毒薬を散布して26人もの命を奪った歴史的な殺人犯だ。当時は事件の残虐性もさることながら、犯人が17歳の女子高生だったという点が非常に注目を集めた。


名前は知っていたが、確かこんな顔だったか。


この女は未成年でありながら特例措置で死刑判決を言い渡された、筋金入りの極悪人だ。



――とはいえ、ここまで一緒に苦難を乗り越えてきた仲間であることには間違いない。この女が極悪人なのは承知の上だ。だけど、どうにかして一緒に生き延びる道はないのか!?



俺は藁をも掴む思いでコメント欄に縋りついた。同接は10万人を超えている。

俺はいったいどうするべきなんだ?お前ら、教えてくれよ!


『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!』

『その女殺してさ、死体で××××する配信しようぜw』

『カスどもの殺し合い最高♬観ていて1番スッキリする♬』

『俺達はコレが見たいんだよ!仲良く友情ごっこなんかやってんじゃねえよ、反吐が出るぜ。さっさと殺し合えってんだ!』



あぁ……ダメだコイツら。俺たちもう、人間として見られてないんだ。


そんなに見たいなら殺してやるよ。それが望みだろ?



俺の意識は次第に朦朧としていく。

まるで何者かに人格を乗っ取られるような、飲み込まれるような不快な気分だ。


ああ……やめろ!俺の中に入ってくるな!


俺を穢すな!俺はコイツらとは違う!俺は……俺は……あぁ……。




「テメェこそ、誰に喧嘩吹っ掛けてんのか分かってんのかァ?クソアマが」


「おッ……おが……がはっ!」




俺様の振り抜いた拳は女の腹を豪快に抉った。



内臓が潰れ、骨が砕ける感触。


言葉にならない汚い声。血の混じった唾がダラッと垂れる。


あぁ。堪らない。この上ない快感。そうだ、思い出した。


人を殴るってこんなに気持ちいいんじゃないか。気持ち良すぎて絶頂しそうだ。



「ゆ……ゆるじて……助げで……ぐださい……」


「ああ?じゃあ死ねよ」



俺様はデスガンの銃口を女の額に擦りつけ、ゼロ距離でブッ放した。

女の身体は跡形もなく飛び散り、そして俺は絶頂に達した。



ああ……気持ちいい……ッ!



同接人数はみるみるうちに加速していき、遂に20万人を超えた。

コメントで俺様を咎める者はほとんどいない。むしろ、称賛の嵐だ。



『やっと覚醒したかw』

『それでこそ灰新 暖次だぜ!カリスマ殺人鬼!』

『あれ、なんか人格変った?』

『コイツってやっぱりあの北関東連続殺人の灰新だよな?あんまり常人ぶってるから別人かと思ったぜw』



配信が盛り上がりを見せる中、26層へ続く扉が開かれた。

それと同時に、俺様の脳内に直接語り掛けるアナウンスが響く。実に不愉快だ。



『やぁ、灰新 暖次くん。私の造ったダンジョンは気に入ってくれたかな?君のような社会のゴミを幽閉するには、名案だと思うんだ。さてさて、ダンジョン踏破に向けて頑張っている最中だと思うがね、開発者の私がひとつ情報を授けてあげよう』



開発者と名乗るしわがれた男の声は一方的に話を紡ぐ。



『このダンジョンの終わりは、1000層だ。どうかな?楽しくなってきただろう?勿論、出現する魔物は強くなっていくさ。お前のようなゴミは、排除しなくちゃいけないからね。それでは、健闘を祈るよ。クックック』



1000層。それは途方もない数字だ。

ただ、俺様は絶望しねえ。

迫りくる敵は、何者だろうと完膚なきまでに叩き潰してやる。


そしてこのダンジョンを造ったフザけた野郎を暴き出して、俺様が地獄を見せてやるのさ。



























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