第二章 日々の任務をまっとうせよ
第9話 騎士見習いのモーニングルーティン
ここで寝起きして働くようになって、二週間が過ぎた。
ぶっちゃけ我が家(※荷台)と第三書庫の往復で一日が終わるエンタメ皆無生活なので、慣れてみれば日本での生活と大差ない。違うのは職場がリアル世界遺産であることと、周囲にモデルばりのイケメンがわんさかいるということくらいだ。
まるきりの第三者だったら、この状況もラブコメ少女マンガみたいで興奮するし楽しめる。でも、リアルな日常となると話は別だった。
とにかく、落ち着かない!
車中泊とはいえ、日に何度かは官舎に行かざるをえない。
正体がバレることはないにせよ、女子であることを知られたら大事故になりかねないので、官舎を訪れるときはとくに気を抜けない。だから、できるかぎり息を殺して気配すら消しているのに、回避不可能なハプニングに巻き込まれることが多々あるのだ。
上半身裸でたわむれるメンズにぶちあたり、イケてるご令嬢ランキングで盛り上がるメンズに出くわし、夕食後に酔っ払って喧嘩をはじめるメンズに通せんぼされるなんてことも日常茶飯事。
みんな貴族のお坊ちゃんなので、その家柄や所属する隊によっても派閥があるらしく、そのあたりも本気でやっかいだったりする。ほんと、二十四時間一緒じゃなくてよかった。
車中泊に決めた自分、偉すぎる……!
二週間も経つと、いろんな事情もなんとなくわかってきた。
私が見習いをしているバートさんの隊は、彼も言っていたとおり最下級。官舎内どころか王宮内で、もっとも低い地位にある近衛騎士隊だとわかった。
その理由は、全員が庶民から成り上がった歴史の浅い男爵家出身だから。
血筋と歴史をなにより重んじるここでは、商売上手の豪族とか、たんに王族に気に入られたみたいな理由で爵位を賜った庶民を、貴族だとは認めない風習があるらしい。なので、バートさんたちの隊は日の当たらない官舎の北側で寝起きし、誰もしたがらない地味で面倒な任務を日常的に押し付けられていた。
そんな近衛騎士を統括するトップが、ビリンガム侯爵だ。
そう。私がつかまえた犬の飼い主、あの夫人の旦那様でした!
と、いうわけで。まだ夜明け前の早朝。
今日も私は荷台で目覚め、洗面器の水で顔を洗って見習いの制服に着替える。
この制服が、実は興奮するほどめちゃくちゃ素敵なのだ。これをデザインした人は神!
一人前の騎士の上着は、前身頃の短い燕尾服のようなデザインで、腰に布ベルトを巻いた白いパンツ姿だ。でも、見習いは違う。
きらびやかな装飾付きの青い上着は膝下まで丈があり、白いタイツに革のブーツを履く。そして、なんと。同色のベレー帽を斜めにかぶるのだ。このベレー帽がまたかわいくて、見習いの証となる黄色い羽がついている。
少年時代のグレンさんのお下がりだからちょっと大きいけれど、毎日コスプレしているみたいでやる気がみなぎる!
着替えたら、誰よりも早く官舎のトイレに直行して用を足す。
使用人さんたちが用意してくれてある食堂の料理を自分で盛り付け、急いで食べる。そうしていると、たいていバートさんとグレンさんが起きてくる。同じ隊のほかの三人は夜勤担当なので、戻ってきた彼らと食堂で挨拶を交わし、食事を続ける。
食事を終えて席を立つころ、バートさんが本日の予定をグレンさんにさらりと告げる。王宮に滞在しているわがまま放題&酔っぱらい放題な貴族の方々の警備が任務らしい。今日も今日とて面倒そうだ。
やがて、朝日がのぼる。ほかの隊が起きてくる前に、私たちは官舎をあとにしてそれぞれの持ち場に向かう。と、グレンさんが私に訊ねた。
「第三書庫に誰か来ましたか?」
他人の目があるとき、グレンさんは私に話しかけてこない。理由は簡単、敬語が使えなくて居心地が悪いから。落ち着きのある堂々とした超絶イケメンなのに、タメ口に慣れないなんてかわいすぎる。
「いまのところ誰も来ません。あと、敬語じゃなくてもいいって言ったじゃないですか」
「そうですが、俺が落ち着かないんです」
「じゃあ、私をジャガイモかなにかだと思って話してください」
「ジャガイモ?」
「そうですよ。ジャガイモに対して敬語なんか使わないですよね?」
「……まあ、そうですが」
「とにかくジャガイモだと思ってください。ってか、ジャガイモじゃなくてもなんでもいいんですけど、もっとこう上から見下ろしてくる感じで大丈夫です! あの暴れん坊王子様みたいに」
「暴れん坊王子様?」
「ウェイン殿下ですよ」
ふっ、とグレンさんはちょっと吹き出しそうな顔をした。
「わかりまし……わかった」
苦々しそうな横顔になる。
「……ダメですね。長年身についてしまっているので、こうしましょう。ほかの人の目があるときだけ、口調を変えると約束します」
本当にムリそうだ。きっとグレンさんにとっては、社長にタメ口使うみたいな感覚に近いのかも。そう考えればわからなくもない。
「わかりました。じゃあ、絶対ですよ。そうじゃないと、おかしな感じに思われますからね。じゃ、私はこれで!」
笑顔で別れる。なんとなく視線を感じて振り返ると、グレンさんはまだこちらを見ていた。敬語とタメ口のバランスに、一抹の不安を覚えているのかもしれない。
ファイトですと言う意味を込めて、私は笑ってガッツポーズを見せる。なぜか小さく苦笑したグレンさんは、軽く手をあげて自分の持ち場に向かっていった。
* * *
第三書庫は、王宮の北東のすみっこにある。
がっちりと鍵で閉じられた扉の奥がどうなっているのか、見張りの私には知る由もない。っていうか、ここに立つたびに思う。
たぶん、私いらない。いや、おそらく誰もいなくて大丈夫……。
とはいえ、ここの見張りが自分のお仕事なので、ときどき座ったり、立ったまま眠ったりすること以外、夕方まで精一杯お勤めさせていただいている。
通路の窓は北側で薄暗い。庭園は見えず、ご立派な黄金の柵の囲いが遠くに見える。耳をすませば、樹木の枝葉の揺れる音がするほど静かだ。
見張りをはじめて数時間後。グレンさんたちのお仕事が無事に終わるよう祈っていると、早くも睡魔がおそってきた。いかんいかんと両足に力を込めるも、眠気は加速を増していく。
しかたがないので扉に背中をくっつけ、いったん上向いて目を閉じた。そのとたんに意識が消えかかり、ガクンと膝から落ちそうになった、寸前。
――コツン。
靴音に気づき、はっとして目を覚ます。瞬間、驚きのあまり言葉を忘れた。
「……きみ、ここでなにをしてる?」
パレードのときは二センチくらいの大きさでしか見られなかったので、ご本人である確証はない。でも、輝きまくりなブロンドヘアに、品のある美しい瞳。なにより、高貴さをしめす赤い上着からして、王族の一員であることはあきらかだった。
え、うそだ。まさか、もしかして?
「……ア、アシェラッド王太子殿下……?」
うろたえて思わず口にする。恐れおののく私を見て、高貴なお方は小さく笑った。
「違うと言いたいけれど、残念ながらそのとおりかな」
やっぱり、シエラさんの元婚約者さんだった!
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