第8話 屋根のある場所、確保完了?
王子様? じゃあ、シエラさんの元婚約者さんとは兄弟か。
起き上がった王子様は、私が突き出している骨付き肉をペシッと払いのける。そこに、王子様と同じコスプレをした二人の男子が、バートさんたちに捕らえられてやってきた。
「お取り巻きまで同じ格好とは、これはどういうことですか。説明していただきたい、ウェイン殿下」
バートさんが言う。すると、面倒そうに起き上がったウェイン殿下は、さもつまらなそうに言い放った。
「愉快な噂の種を蒔く余興だよ。おまえら悪霊祓いも枢機卿に呼ばれたはいいが、暇だっただろ? 忙しくなってよかったじゃないか」
バートさんが息をつく。
「……このことは他言いたしません。しかし、祝祭期間でのこのようなお戯れ、二度となされないようお願いいたします」
ウェイン殿下と取り巻きが鼻で笑った。
「ずいぶん偉そうなことを言えるようになったな、バート。俺の一声でおまえの地位など、どうにでもなるんだぞ?」
パワハラの真骨頂! えええ……ダメだこの人。ダメなのに親ガチャに恵まれて、権力手に入れた系のお方。ようするに、一番ダメなパターンの人なのでは……!?
私のネガティブな熱視線に、ウェイン殿下が気づいてしまった。
「それにしても、おまえはなんだ? どう見ても庶民じゃないか、なぜここにいる?」
グレンさんがとっさに答える。
「ビリンガム侯爵夫人の飼い犬が敷地外に飛び出したのを彼がつかまえたので、喜ばしい期間ということもあり、東門付近で一緒に食事をしておりました。夫人の許しも得ております」
「…………」
ウェイン殿下が言葉をつまらせる。あの夫人(もしくは旦那さんかも)、かなり偉い方なのかもしれない。
苛立ったように栗色の髪をかきあげたウェイン殿下は、ふたたび私を見すえてにらむ。
「どいつもこいつも滑稽で笑えたからいいが、俺を転ばせたおまえには腹が立つ」
たしかに王子様を転ばせたわけで、文化的&世界観的になにかしらの処罰を受けてもおかしくなさそう。だけど、本当に王子様だって知らなかったんだもの!
どうしよう。どうしたらいい――?
「――申しわけございません、ウェイン殿下。俺に免じて、彼への処罰はご一考ください」
私の隣で、グレンさんが深々と頭を下げた。ああ、グレンさんにガチでご迷惑をおかけしてしまった! いまはとにかく私も謝ろう。頭を下げて口を開こうとした矢先。
「へえ? おまえに免じてか。男爵家の養子にすぎないおまえが、俺と対等に口を利くなんて世も末だぞ、なあ?」
グレンさんの胸ぐらをつかむ。
「――お願いですからおやめください、ウェイン殿下」
バートさんが力強く告げるも、暴れん坊王子の暴走は止まらない。
ヤバいマズい、いましも拳がグレンさんの頬にヒットしそう。なんとかこの場を穏便にすませないと!
これはもう、あれだ。そう――謝罪でおなじみの、あれしかない!
「申しわけございません!」
床と一体化する勢いで、土下座した。ぴたりと空気が止まった気配がする。
「わからなかったんです! 僕は高貴なみなさんのお顔を知りません。本当に本当にすみませんでした……!」
もうね、プライドとかそういうものはないんですよ。そんなものにこだわってたって、グレンさんへの攻撃をやめさせることなんかできなそうだし、なにより悪いのは私なのでね……って。
いや、そもそも悪いのはこの王子様だよ、ちくしょうめ。
「僭越ながら、ウェイン殿下」
胸ぐらをつかまれたまま、グレンさんが言った。
「舞踏会が華やいでいるころです。着飾ったご令嬢の方々が、殿下のご登場をさぞかし待ち望んでおられましょう。俺たちのような下々のために時間を費やすのは、あまりにもったいないことです」
冷静な切り返し、さすがですグレンさん! 私は土下座態勢のまま、上目遣いに盗み見る。すると、お取り巻きが言い出した。
「たしかに、そろそろ着替えて広間に行きませんか、殿下」
「国王陛下もきっとお探しですよ」
息をついたウェイン殿下は、ゆっくりとグレンさんの胸ぐらを放した。
「そうだな。せっかくの余興が水の泡になったが、まあいい。けど、このままじゃ俺の腹の虫がおさまらない」
私を見下ろし、唇を歪めてニヤリとした。
「おまえをこのまま、すんなり野放しにはしないぞ」
「え?」
「えっ」
私とグレンさんの声が重なる。
「そうだ、バート。おまえの隊には騎士見習いがいなかったよな? 今夜からこいつが、おまえらの隊の見習いだ。そいつを許可なく敷地外に放すことを禁ずる。俺の命令だ、わかったな!」
行くぞ、と取り巻きを呼び、ウェイン殿下は回廊を去った。
残された私は、土下座姿のまま固まる。グレンさんも蝋人形みたいに微動だにしない。すると、バートさんが私の目の前にしゃがみ、やれやれと頭をかいた。
「おまえは小柄だが、機転が利いて度胸もありそうだ。歓迎すると喜びたいが、殿下に目をつけられてしまった。殿下のお気持ちのほとぼりが冷めるまで、ひとまず第三書庫の見張りを頼もう。殿下はあそこに近寄らないからな」
そう言うと腰を上げ、慰めるような優しい声音を放つ。
「おまえの意思を無視する事態になってすまない。宿無しでもどこかに家族がいるなら、手紙を出して事情を伝えてくれ。読み書きはできるか?」
「で、できます。あと、家族はいません……」
「そうか。じゃあ、おまえにとってもよかったかもな。給金もあるし、屋根の下で眠れるぞ」
それは喜ばしい。とても喜ばしいのだけれども、何度も言いたい。どうしてこうなった?
「き、騎士見習いのお仕事内容は、その見張り以外にどんなことがあるんでしょうか……?」
さっぱり見当がつかない。はたして私にできるんだろうか。いや、できなくてもやるしかないのはわかってるんだけども、不安すぎる……!
「基本的には、隊の騎士の世話だ。剣を磨いたり食事を用意したりする。宮廷貴族や王族からの伝言を承る役目も果たす。そうして周囲に認められて昇格してから、はじめて剣を手にした訓練に入る。だが、俺たちの隊は五人だけだし、全員が自分の面倒を見られる。それに、伝言もほぼないに等しい。だからひとまずおまえの仕事は、書庫の見張りだけでじゅうぶんだ」
それに、とバートさんは苦笑いした。
「王宮内を下手に動きまわりでもしたらウェイン殿下に出くわして、今夜の続きがはじまりかねないしな」
「たしかにですね……。すみません……!」
こんな展開は考えていなかったし、想像もしていなかった。
だからといって「はいさようなら」と王宮を出るわけにもいかない。だって、これは王子様の命令だからだ。
招集された騎士たちは持ち場に戻り、テイラー司祭と悪霊祓いの方々も、気落ちしたような表情で母屋に向かっていった。
一方、私とグレンさん、バートさんは回廊から離れに戻り、外に出る。
前を行くバートさんと距離をおき、グレンさんと並んで歩いた。王宮の外観をそこなわない騎士の官舎が見えてきたとき、悪夢をさまよっているかのような顔つきのグレンさんが、そっと耳打ちした。
「……騎士見習いは、ほかの隊の見習いと一緒の四人部屋です」
「え」
「いまさらですが、全員男です。あなただけを特別扱いして一人部屋にすることは、当然ながらできません。なので、俺もいま必死にどうにかできないか考えています」
そうですよねすみません!……ってか、お風呂とか着替えとかどうする? 上半身裸とかになって力試しの腕相撲(※イメージ)なんてはじまったら、失礼ながら痩せてて胸もぺたんこなのでいけなくはないかもだけど、常に全方位に気を配らなくちゃいけなくなるし、なによりも乙女としての大事ななにかを忘れそうで恐ろしい。
もちろん、問題はそれだけじゃない。山のような苦行を想像したとたん、あまりの魔窟展開で卒倒しそうになってきた。
「こうなったらしかたがありません。なにかしらの対処方法を編み出さなくては」
「わた……僕、今日は帽子のつばで顔を隠せてますけど、さ、さすがにバレるでしょうか?」
「ご記憶をなくされる前のあなたであれば、たとえ王宮への潜入を目論んだとしても、けっしてご自慢の髪を切ったりしなかったでしょう。ですから、髪がそんなに短い時点で以前のあなたとは別人ですし、確実に男性と認識されます。それに、上級ではない貴族はあなたと接する機会に恵まれなかったので、顔を知りません。例えば、バートがそうです」
言葉をきり、私を見た。
「お痩せになったのにくわえて、言動も表情もまったく違います。いまのあなたは、よく笑う」
しみじみと見つめ、なぜか戸惑うように前を向く。
「とにかく、似ていると思う者があったとしても、他界したはずのあなたご自身だと気づく者は皆無でしょう。俺が恐れているのは、あなたの正体が知られることではありません。このような状況下で、あなたのご記憶が戻ることなんです。もともとのあなたなら、なにをしでかすか本当にわかりませんから」
この先ずっと、それはない。そんな気がした。けれど、いまここでグレンさんに正直に伝えても、きっと信じてもらえないだろう。
「たぶんですけど、もう戻らないと思います」
グレンさんがふたたび私を見る。
「なので、私がなにかしでかすとか、そういう心配はしなくて大丈夫です。私はウェイン殿下に見つからないよう気配を消して、地味に静かにお仕事がんばります。そういうのは得意なので朝飯前です。あと、敬語じゃなくてもいいですよ。今度は私がグレンさんの部下なので」
グレンさんがはっとする。
「ちなみにですけど、転勤とかってあったりしますか?」
「見習いから昇格すれば、転属願いを出すことは可能です……可能だ」
言い直したとたん、照れくさそうに視線を落とした。え、なんですかその反応。きゅんとするからやめてください!
「じ、じゃあ、隣国との境にも行けたりしますか?」
「ええ」
行けるんだ! それ、めちゃくちゃいいじゃないですか!?
「だったら、それを目指します! そうしたら王宮から離れられますし、ころあいを見て除隊して隣国に旅立てば一石二鳥じゃないですか。それなら、グレンさんも安心ですよね?」
グレンさんが息をのむ。と、バートさんが振り返った。
「どうした? なにをしてる、早く来い」
慌てて追いつくと、バートさんが官舎の両開き扉に手をかけた。
「部下も持ち場に戻ったし俺たちもまだ見回りの任務があるから、おまえは休むといい。今夜はてきとうな部屋に案内するから、明日あらためて話そう。マック」
見習いから昇格して国境に異動後、なにかしらの理由をつけて除隊。おとぎ話みたいな小さな村で、素朴で優しい人々と触れあいながらのスローな村人生活……からの、隣国への旅立ち!
完璧な筋書きに浮かれたものの、その前の難関をつきつけられてまたもや固まる。
そうだった。私はこれから、メンズオンリーの空間に投げ込まれるんだった!
女子のいない職場で仕事をするのはいい。それはいいんだけど、寝起きまでも一緒だなんて絶対に絶対に絶対にムリです。もうなんとしても、この扉だけはくぐりたくない!
ダメだ。どうにかほかの場所を探さないと!
視線を泳がせたとき、食事をしていた東屋が目に止まった。食べ物に夢中で無視していたけれど、東屋のそばにテント付きの荷台が置かれてあるのを発見した。
「あの! あれは使われていないんですか?」
そちらを指差すと、バートさんが言う。
「ああ。あれは故障していて捨てる予定の荷台だ」
「じゃあ、使われてないんですね?」
「まあ、そうだな」
私は意気揚々と指をさす。
「ぼ、僕は庶民です。みなさんとは身分が違いすぎますので、ご立派な官舎で一緒に寝起きだなんてめっそうもありません。なので――僕はあそこで寝起きします!」
鼻息荒く、告げた。
* * *
困惑するバートさんを熱く説得。グレンさんも荷台のほうがマシと考えたのか、加勢してくれた。結果、許可していただけた。
というわけで、とりあえず毛布だけ拝借。冷えて硬くなった骨付き肉をきれいに平らげ、頑丈なテントに守られた荷台で毛布にくるまった。そのとたん、ものすごい既視感がおそってきた。
それもそのはず。これはいわゆるこの世界観的に、まんま車中泊なのだ。
「……だからか。なんかホッとするよ……!」
軽ワゴン車くらいの狭さが、妙に心地いい。しかも、ここは王宮の敷地内。野宿の数万倍は安全だ。まあ、暴れん坊王子様に攻撃されなければだけれど。
「しっかしあの王子様はよくない。ほんとよくない……!」
憎々しさに歯噛みしつつ、目を閉じる。耳をすますと遠くから、軽やかな音楽が聴こえてきた。本当になにもかもが夢みたい。でも、夢じゃない。
どうしてこんなことになったのかわからないけれど、すべてがたしかに現実なのだとしみじみする。
「それにしても、まさか騎士見習いっていうジャンルの職種に就くとは思わなかったな……」
事実は小説よりもなんとやら。いまさらじたばたしてもしかたがない。
問題は山積みだし、依然としてホームレスのままだけれど、毛布は温かいしバッグの中にはお菓子がいっぱいある。今後の見通しもなんとなくたったし、今夜はとっても幸せだ。
大丈夫。きっと明日もなんとかなるし、なんとかする!
雨風をしのげる自分だけの空間に感謝しつつ、ほどなく私は眠りに落ちたのだった。
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