第15話「導引・火の行」

 導引室では初雪が足湯をしている。

 二郎坊は鉄拐仙人と馬頭道人の話しをしている。しかし、二郎坊の話しはテレパシーが使えない生徒達には“キーキー”と言うエゾリスの鳴き声にしか聞こえなかった。


 ❃


「お嬢ちゃん、腰は温ったまったかい?」

 鉄拐仙人が初雪にたずねる。

「はい。もう温たたまってます」

「そう。それじゃー、足を出してタオルでしっかり拭いてね。足湯はやった後に足を冷やさない事が大切なんだ。お風呂でも湯冷めなんてのは良くないからね。足湯は寝る前にやると朝起きても足が温かいんじゃ」

 初雪は足の指の間もしっかりとタオルで拭いた。


「次は、風呂の行だ。今日は仙術でも秘伝の大根風呂をやる。1,300年も昔に馬頭道人が行っていたというのは驚異だがな……」

「大根? ゆず湯みたいな物ですか?」

 後亀がたずねる。二郎坊と鉄拐仙人の大根風呂の話しは生徒達には聞こえてはいなかった。


「大根風呂と言っても、ゆず湯のように大根をそのまま入れたりはしない。大根の葉の部分だけを一週間ほど陰干しした物を使うんじゃ。昔は八百屋で葉が付いた大根が売られていて味噌汁の具にもしていたんだが、最近では畑で大根が刈り取られてすぐに、葉に栄養が取られないように切ってしまうので入手しずらくなってしまった。漢方薬屋に行けば乾燥させた大根の葉が売っているが結構いい値段がするんだ。ヨモギでも効くので漢方薬屋で買うなら大根の葉よりは、かなり安く買えるぞ」


 葉のついた生の大根と乾燥させた大根がテーブルに置かれている。


「ここに乾燥させた大根の葉がある。誰か鍋に入れてくれないか?」

「はい!」

 鉄拐仙人に言われ、初雪が手を上げた。

「それじゃー、乾燥させた大根の葉を木綿の袋に入れて口を縛って鍋に入れてくれるかな?」


 初雪は言われた通りに鍋に大根の葉をいれた。

「この鍋に水をいれてゆっくりと煎じていく。ここで大切なのは、お湯の中にいれないことた。必ず水から煮出すことが大切だ!」

 生徒達が鍋の中を見ている。


「生の大根の葉がこれで、この葉を日の当たらない場所に一週間ほど陰干しする。それを鍋に入れ水からゆっくりと煎じるんじゃ。昔の風呂は水から薪や石炭で沸かしたので、木綿の袋に陰干しした大根の葉を三〜四本分を風呂の中に入れて水から沸かせばよかったんだが、最近の風呂はお湯がすぐ出てくるから、鍋で沸かさないといけない」


「鉄拐仙人、この大根風呂は何に効くんですか?」

 初雪が尋ねる。

「これは、昔から冷え症に効くとされているんだが、皮膚病や体の冷えによる免疫病にも効くようだ。手間がかかるが病状に困っている人にはやってみる価値はあるぞ。脳卒中なんかも初期の人には効くようなんだ。温めることでマクロファージも活性化するんじゃないかな?」


「あたしもやってみたい。でも、寮のお風呂だしな……」

 初雪は大根風呂に興味があるようだ。

「そう思って、今晩の寮のお風呂は、大根風呂を作ってもらうことにした!」

「え〜〜っ、本当!?」


 鉄拐仙人のはからいで、今晩のお風呂に今、煮出している大根の汁を入れることになった。

 寮のお風呂は普段は大きな浴槽を使っているが、薬草風呂のためのバスタブもあり、そこに入れられる。


「鉄拐仙人、お風呂の中でやる行は無いんですか?」

 初雪がたずねる。

「お風呂か、あるぞ。みんなは共同の風呂だから風呂の中にタオルを湯船に入れるのはあまり良くないが、お風呂に入りながら湯船で温めたタオルを目に当てるんだ。まぶたの裏には目に脂を出す穴が有って、お風呂の温度で温めることで脂の通りがよくなる」


「へ〜っ。そうなんですか……他には?」

 初雪がさらに聞いてくる。


「お風呂の中で胸を優しく揉むと胸が良い形になる」

「え〜〜っ、胸の形って変わるんですか?」

 自分の胸を触りながら初雪が言う。


「女性はブラジャーをするから、胸はふだんから風呂に入った時に自分で触って乳がんの検査はしておいたほうがいいぞ」

「ブラジャーは良くないんですか?」

 巴が言う。


「硬めのブラジャーやサイズの小さい物などで胸を長時間圧迫するのは良くない。だいたい苦しいと思うが、血流が悪くなる」

「胸にも血管があるんですか?」

 不思議そうに巴が言う。


「血管は全身にある。いいか、わしの足を見てみろ」

 鉄拐仙人は左足の靴下を脱いだ。

「この、第二指と第三指の爪が反り返っているだろ」

 生徒達が鉄拐仙人の足の爪を見る。


「これはな、水虫が治らなくて指の間を開けるため、包帯で巻いたんだが、包帯を足首に巻いて縛ったら指の血管を締め過ぎたようで血流の流れが悪くなって10年ほどで爪の形が悪くなってしまったんだ」

「え〜〜っ、水虫ですか……」

 巴も女生徒達も引いている。


「これは足の爪ですんでるが、君達は、これからパラシュートやウイングスーツの訓練で肩や股関節を締め付けることになるから、風呂の中でほぐす方法をしらなければ、10年、20年と経つと、どこに不調が出るかわからないぞ」

「パラシュートやるんですか……」

 巴がおっかなびっくり聞く。


「今後の訓練のことは秘密だが、体を締め付けるものは下着のゴムやベルト、靴下のゴムや靴なんかもある、それらは、今後の導引でやるが、お風呂の時に自分の手でなでてやるといい」


 巴はパラシュートの事が気になっているようだ。実は巴は高い所は苦手だった。


 二郎坊は馬頭道人との記憶で大根の葉だけではなく、山に生えているいろんな薬草を石臼に入れて長い棒で突き崩してから鍋で煮出して湯船に入れていたことを話すと、鉄拐仙人は是非とも入ってみたいと言うので、二郎坊は後日、薬草の煮汁を持ってきた。


「うあっ、これは黒い! 醤油をいれたの?」

 バスタブに入れた二郎坊の持ってきた薬草の煮汁は真っ黒だった。生徒達はビックリしている。


「これが本当の馬頭道人の作った薬湯か……」

 鉄拐仙人がバスタブに入る。

「ん~~っ、確かに温まりそうだ」

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