第16話「泥田坊」

「俺の導引は人間の技だ。仙人には、どんな病気も治す金丹きんたんや、死んだ者も蘇らせる大釜おおがまがあるらしい」


「まさか、そんな物はないだろう。またウマズラの法螺話しだ……」



 はっ、夢か……

 金丹? 大釜? なんだそりゃあ?


 二郎坊は昔の夢を見ていた。


 天狗は、一般的に悪い者、怖い者と言われている。

 しかし、場所によっては神様とあがめられている所もある。


 ❃


 今日は学校が休み。

 二郎坊は街中の図書館に来ていた。


 グ〜〜ッ

 グ〜〜ッ。

 二郎坊の腹の虫が鳴っている。


「行者様、よろしければ、これをどうぞ」

 老婆がタッパーに入った“おはぎ”を二郎坊に差し出す。


「うん」

 無造作に受け取る二郎坊。


 一本下駄を履いて頭に六角形の頭巾ときんという物をかぶり白い山伏の装束の姿で図書館で本を読んでいる。

 難しい本は漢字が読めないので、ふりがなの付いている医療系の漫画本を多く読んでいる。

 図書館ではヘッドホンを使いCDを聞いたりDVDを見る事もできて二郎坊はよく使っていた。


 図書館に来る人は最初は二郎坊を見て驚いていたが、しょっちゅう図書館に来るので、だんだんと見慣れて、最近では二郎坊に食べ物を持って来る者も現れた。


「学校の食堂で食い物は食えるが、酒も欲しいな」

 図書館は大きな公園の横にあり、二郎坊が公園をぶらぶらしていると、手を合わせて拝む人が多くなってきた。


 公園ではギターをひいたり、歌を歌っている者やマジックをしている者もいた。

 二郎坊も手に鉢を持ちお経を唱えていた。

「今日は酒代が欲しいな。焼酎のペットボトルの二リットル買えないかな?」


 年配の人達が拝みながら鉢に小銭を入れてくれた。

 野菜や果物を持ってくる人も現れた。

 二郎坊のお経は妙に声が震えて聞いていて心地よかった。


 ❃


 二郎坊が山の家に帰る時、田んぼに泥だらけの者が立っていた。

 天狗の隠れミノを使い、姿を消して空を飛んでいた二郎坊。

 あれは、妖怪泥田坊ようかい どろたぼうか? 珍しいな。

「お〜い、泥田坊!」


 二郎坊が声をかけると泥だらけの者が振り返った。

 二つの目を持つ老人だった。

 泥田坊は一つ目である。

「なんだ、人間か?」

 

「ワシは泥田坊じゃないよ。トラクターを田んぼに落としてしまってな、どうしたもんかと考えてたんだ」

 全身泥だらけの老人が言った。

 見ると、老人の前の田んぼの中にトラクターが横倒しになっている。


「その車を道路に引き上げたいのか?」

「ああっ、そうだがクレーン車を呼ばないと無理だな……」

「そのくらいなら、オレが引き上げてやるぞ」

「はははははははは、いくら行者様でも、これは上がらないべさ。法力で上げてくれたら酒でも米でもやるがな……」

 二郎坊は行者の姿をしている。


「酒と米をくれるのか! 本当だな!?」

「あぁ、しかし、エンジンがかかっても横になってるから動かせないぞ」

「エンジンは必要ない。これくらいなら引っ張れば上がるだろう」

 二郎坊は、そう言うと天狗に変身して空を飛びトラクターに手をかけると、そのまま引っ張り上げて道路に置いた。


「これは驚いた! こんな所に天狗様が居るとは知らなかった!」

 老人はトラクターのエンジンを掛けると無事かかり大喜びして、トラクターで家に帰ると二郎坊に約束の酒と米を渡した。

 老人は飼ってる猫が子供を産み困っていて、二郎坊に一匹いらないかと言った。


 小猫か、さゆりが猫を欲しいと言ってたな。一匹持って行ってやるか。


 ❃


 いたや食堂。

「オヤジ、味噌ラーメンをくれ! 金は無いがな……」

「行者さん、久しぶりだね。来てくれてうれしいよ。さゆりも会いたがっていたんだ」

 人のいい、さゆりの父親は喜んで二郎坊に味噌ラーメンを出した。

 二郎坊は托鉢をしても小銭ばかりで金はなかった。


 味噌ラーメンを食べて、さゆりに会いにいく二郎坊。

「さゆり、ほら、猫だ!」

「あっ、本当、猫だ! かわいい!」

 さゆりは黒い小猫を抱きしめる。

 小猫はおとなしくて、さゆりに抱きついてきた。

「熊みたいに黒いね」


 いたや食堂は山の中にあるので、たまに熊を見ることがあった。

「そうだ、この子、女の子だからクマ子にしよう」

 さゆりは、この小猫が気に入ったようだ。


 ❃


 夜中、二郎坊が帰り道に空を飛んでいると、さっきトラクターが落ちていた所に、また人が立っていた。

「さっきの人かな? 妖怪の匂いがするぞ……」

 二郎坊が近寄ってみると、泥だらけの男が振り返ったら、一つ目だった。


「やっぱり泥田坊か!?」

「あ〜っ、二郎坊様。お久しぶりです」


 泥田坊は、いたずらでボーッとしていた老人のトラクターを田んぼに引き入れたらしい。

 二郎坊とは顔見知りで、老人からもらった酒を朝まで飲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る