第14話「馬頭道人」

 導引室。

「ほっほっほっ、今日も導引をやぞ。今日やる『火の行』は免疫にも関わる重要な技じゃから、しっかり覚えるように」

 鉄拐仙人がタライと椅子を準備している。


「この中で体が冷えている人がわかるかな?」

 鉄拐仙人は生徒達に質問をするが、生徒達はなんのことかわからない。

「これは観相かんそうと言って、相手の顔を見て体の状態を観る技の一つじゃ。みんなはプールに入って、唇が紫色になっている人を見たことはないかな? 唇というのは体の内臓の色を現しているんだ。だから内臓が温かいと唇もピンク色なんじゃ」


 鉄拐仙人に言われて生徒達は顔を見合わせていると、みんなが初雪の顔を見だした。

「えっ、なに? あたし? あたしの唇が変なの?」

 初雪の唇は紫色だった。


「お嬢ちゃん、おいで。これから足湯を教える」

 鉄拐仙人が初雪を手招きして椅子に座らせる。靴下を脱がせてタライに足を入れる。


 導引の授業の時は全員ジャージーを着ている。男子生徒は青いジャージー、女子生徒は赤いジャージーで、教師は黒いジャージーを着ている。


 タライの中にお風呂のお湯くらいの39度くらいのぬるま湯をいれる。

「ぬるくて気持ちいい」

 初雪はジャージーのすそを膝までまくしあげてタライに足をつけている。


「ここで電気ポットじゃ! ヤカンでお湯を沸かして入れてもいいんじゃが、電気ポットの方がやりやすいぞ。そのためのタライだな」

 鉄拐仙人はタライに電気ポットからお湯を注ぐ。コップ半分くらいを注ぐだけで足は熱くなった。

「こうして足が熱くなるくらいまで、お湯をそそぐ。だいたい15〜20分ぐらいやるので、お湯がぬるくなったと思ったら、その都度お湯を注ぐんじゃ」


 足湯はバケツの中にぬるま湯を入れてもできるが、お湯を注ぐ時に足をバケツから出さないとならないので大きめのタライの方が楽である。

 タライの高さも電気ポットがそのまま注げる物が楽である。


「みんな、これは何をやってるのかわかるかな?」

 鉄拐仙人は意味深な事を言う。


「足を温めてるんじゃないですか?」

 役野がそのまんま答える。

「そうじゃ、足を温めているんじゃ。しかし、ここからが仙術じゃ。足を温めることで血液の循環を利用してを温める技なんじゃ」

「へ〜っ、腰をね……」

 いまいちわかってない役野。


「この技は寝る前にやるのが秘訣なんじゃ。寝る前にやることで寝ている間に腰の中にある膀胱や腸に効くんじゃ。特に腸の中に免疫が多くあり、免疫というのは温めてやると活性化して通常の三倍働くとも言われている」


「あたし、寝る時に足が冷たくて靴下履いてるんです」

 初雪が言う。

「お嬢ちゃん、普段に足を出しているんじゃないか? ミニスカートに生足とか?」

「そうです。中学生の時は夏はスカートに生足で、冬でもストッキンで寒くて寒くて」

「最近、足を出してる女の子が多いな。わしが寒くてももひきはいている時期に、生足でミニスカートじゃ、わしは見る分には嬉しいが、本人達の体に悪い。特に腸の免疫を怒らせたら、下痢をしたり免疫病になってしまうぞ」


「あたし下痢が多くて過敏性腸症候群って言われました」

「お嬢ちゃん、毎晩、足湯をしたほうがいいな。昼間に体を冷やしても晩にお風呂に入ればなんとかなるが、最近はシャワーですます人が多いらしいようだからな。それと、わしは、良くわからんが、江戸時代あたりから、生理中の女性は風呂に入るなと言われている。足湯もひかえたほうがいいな、生理の出方が悪くなるらしい。もっとも昭和でも家庭に風呂が無いのが一般的で銭湯で週に一度くらいしか風呂に入っとらんかったからな〜」

「え〜っ、一週間に一度ですか!?」

 巴が驚いている。


「歴史的に日本人が風呂に入るようになったのは江戸時代あたりかもしれんな。日本の最古の導引使いに馬頭道人ばとうどうじんと言う人がいて、この人が初めて体を温めるのことで病気を治せると書かれたくらいだ」


「いつくらいの人です?」

 巴が関心をしめしている。

「おそらく飛鳥時代なんだが、馬頭道人は記録に年号を全く書かなかったんだ。それで、正確な年号がわからず、導引の歴史上でも幻の人物となっている」


「そいつは飛鳥時代の仏仙だ! オレも一緒に暮らしていて風呂もよく入っていた」

 二郎坊が叫ぶ。

「ほ〜っ、わしは馬頭道人の記録を研究しているが、時々出てくる“じろう”と言うのはお前か?」

「なに!? オレのことが書かれているのか?」


「あ〜っ、書かれている。仏教に興味をもたず、とくに何をするでもなく、ぶらぶらして暮らしていると書かれている」

「オレは、農家と鍛冶屋をやっていて、ウマズラの弟子でも何でもないんだ」

「馬頭道人の記録にもじろうは自分の事をウマズラと言うと書かれているが、馬頭道人とは馬頭観音の事ではないのか?」


「あいつは馬みたいに長い顔で、笑うと上の歯ぐきがむき出しになって、笑い方も馬みたいにヒヒヒヒとおかしな笑い方をするんだ」

「そうだったのか……馬頭星雲との関係も考えたが考えすぎだったのか……」

 鉄拐仙人は古今の導引書を研究していて、特に馬頭道人の書いた導引書をよく読んでいた。


「馬頭道人は、現代の風呂にさらに薬草を使い病人を治したと書かれているが、薬草については詳しく書かれていない。何か知っているか?」

「薬草か……だいたい大根の葉を陰干しした物をよく使っていたが、ヨモギとか山にあるいろんな草を、臼に入れて棒で突き崩して煮込んで風呂に入れていたな」


「大根の葉か……それは仙術でも秘伝とされている技だ。そんなに昔から使われていたのか……」

「ウマズラは大陸で技を習ったが、放浪中にあちこちの温泉に入って現地の人に効能を聞いていた。風呂も湯に入る物や小屋の中に蒸気を込めるものを作ったりして、足湯も使っていた。薬草風呂なんか真っ黒で汚いからオレは入らなかったぞ」


「腹に石を抱くと書かているんだが?」

「それは焼いた石を布で包むんだけど加減が難しくてよく火傷をしてたよ。炊いた米を布で包んで腹にあてるのもよくやってたな。腹を直接なでるのもよくやってたが、あんなんで本当に効いていたのか?」


「腹を温めるののと、腹をなでるのは仙術の秘術だ。1,300年も前に行っていたとは驚異だ!!」

「ウマズラは腹の中に仏様がいて体を温めると治してくれると言っていた」

「たぶん、密教の教えで、人間には頭の虫と腹の虫と足の虫がいて常に天帝に報告して人の寿命を決めると言う教えがあるな……」



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