第8話「大陸の魔物 崇」

 天狗と仙人は似ている。

 山で修行して神通力を得て、雨、風を自在に動かし空を飛ぶ。


 仙人は善人で、自分で悪いと思う事をしてしまうと神通力を失ってしまう。

 しかし、天狗は悪いことをしても神通力を失うことはない。ゆえに、天狗は争いが大好きで人の揉め事や戦争を好む悪癖を持っている。


 ❃


「二郎坊様、仙術学園からの手紙が届きました!」

 下僕の勝次からの電話である。

 さっそく、勝次の部屋に行く二郎坊。


「この手紙の厚さを見てください!」

 二郎坊に手紙を見せる勝次。

「厚みがどうかしたのか?」

「私の経験上、不合格なら紙が一枚だけなんですが、この封筒には何枚も入っています。これは、入学の為の説明書が何枚も入っているからです。すなわち合格したということです」


「そうか……」

 二郎坊は何か考えている。


「それなら、お祝いに焼き肉屋という店に行こう!」

「焼き肉屋……いいですよ。行きましょう! 前に二郎坊様から預かった金細工がネットオークションで高値で売れているので金の心配はありません!」


 二郎坊は、普段は昼間に図書館に行き勉強をして、夕方に図書館近くの道の脇でお経を唱え手に茶碗を持ってお布施をもらって暮らしている。

 一日に五百円から二千円程度のお布施で酒と質素な物を食べる生活である。

 密かに焼き肉屋というものに憧れていた。


 ❃


 焼き肉屋。

「二郎坊様、ここが、今、人気の焼き肉屋です」

「ここが焼き肉屋か……」

 店内を見回す二郎坊。

 二郎坊は白い山伏の装束で一本歯の下駄をはいている。


 席に付き、酒を飲み焼き肉を食べ始める。

「よし、封筒を開けてみろ!」

 二郎坊に言われ封筒を開ける勝次。


 封筒の中には、『仙術学園高等学校おづぬ 入学試験において、 合格と決定いたしました』と書かれ、入学のための説明書が入っていた。

「ガッハッハ〜〜 本当に合格したのか!」

 上機嫌で酒を飲む二郎坊。


「やめて下さい。困ります……」


 二郎坊の目の前でウエートレスにからむ男がいる。

「何も取って食うわけじゃないよ。ちょっと触らせてくれよ」

 ウエートレスは二郎坊を見るが、二郎坊は無視して焼き肉を食べる。


 酔っ払った男は力づくでウエートレスの体を触っている。

 男はたちの悪そうな顔で、周りの客も従業員も関わり合いになりたくなくて見て見ぬ振りをしている。


「こら、お前、酒が不味くなる。ほかでやれ」

 二郎坊が焼き肉を食べながら叫んだ。

 男はウエートレスを放して二郎坊の所にきた。

「おっさん。今、俺様に何か言ったか?」

 ウエートレスを触っていた男が二郎坊に詰め寄ってきた。


(めんどくさいな〜 焼き肉食って気持ちよく酔いたいのに……なんだこいつは?)

 二郎坊は天狗だが大天狗なので、あまり争い事が好きではなかった。


「山伏か? 珍しいな! この辺では見ないぞ。しかも、焼き肉食って酒飲んでいるのか? いいのか? 修行しろよ」

 男は二郎坊の体をベタベタと触っている。


「お前、魔物か? しかも古いな」

 二郎坊に言われギョッとする男。

「なんでわかった!? 変装は完璧だろ?」


「ああ、見た目ではわからなかった。だが、体に触れればすぐにわかる。お前、大陸の魔物だな。お前も役小角に封印された口だろ」

「なんだ、お前。ただの山伏じゃないのか?」


「オレも魔物だ。もういいだろ、どっかいってくれ」

「なんだ、そうか。そうとわかれば、少し遊ばないか、お前も嫌いじやないんだろ?」


(めんどくさい奴だな、酔っ払ってからむくせがあるな)

「今日は、そういう気分じゃないんだ。他に行ってくれんか?」


「お前、俺様を見てビビってるな。俺様の正体は、何を隠そう大天狗の太郎坊様だ!」


『バチン!』

 二郎坊は平手で太郎坊と名乗った男の頭を叩いた。

「痛っ! なにするんだ、お前、この太郎坊様の頭を叩くとは許されんぞ!!」


「まだ言うか、お前が太郎坊なわけないだろ!」

「なんだ、お前、太郎坊を知っているのか?」

「もういい、どっかいけ、お前」

 二郎坊の投げやりな態度に頭にきた男は、勝次を捕まえた。


「こいつを殺されたくなかったら、俺と勝負しろ! 俺様の本当の正体は大陸の三大魔物、らんすうみきの崇様だ!」

(なるほど、魔物でも、かなり強いクラスの奴か、今まで、ほとんど負けたことがないな……)

「わかった。相手してやるから、そいつは放せ」

 二郎坊は店を出て人けの無い所まできた。


「崇、後悔するなよ! オレは大天狗の二郎坊だ!」

「何を馬鹿なことを、俺が太郎坊と名乗ったからふざけているのか?」

「まあ、いい。すぐにわかる。仮面!」

 二郎坊が仮面と叫ぶと手に赤い仮面が現れ、それをかぶると身長二メートルの天狗の姿になった。


「なんだ、正体は普通の赤天狗か……赤天狗なら何匹も倒したぜ」

 そう言うと崇は両手に中国で使われている刀の青龍刀を出した。

 ブンブンと刀を自由自在に振り回し完璧に青龍刀を自分のものにしている。


 二郎坊は鉄の錫杖しゃくじょうを出してクルクルと回している。重い鉄の錫杖を木の棒のように軽々と扱っている。

 二郎坊の錫杖を回す姿はとても綺麗だった。


 二人は対峙して互いに青龍刀と錫杖を振り回している。

 二郎坊は嬉しそうに錫杖を振り回している。普段は温厚な二郎坊だが、赤い仮面をかぶると理性がなくなり戦いを好む天狗になってしまう。


 崇は二郎坊の動きを見てまずいと思った。

 崇は日本の魔物と戦って負けしらずで、戦いを楽しんでいたが、二郎坊の錫杖のさばき方を見て、まともに戦って勝てる相手ではないと思った。

 あまりに速い二郎坊の錫杖の動きはまったく見えず、当たれば一振りで体が吹き飛ぶと崇は悟った。


 崇は全身に汗をかき動きが止まった。

 すると、二郎坊は崇の右手を軽く錫杖で叩いた。

 崇は右手に持っていた青龍刀を落とした。

「ちょっと、ちょっと待ってくれ。油断した」

 崇は軽く叩かれただけだが、右手はしびれて刀を持てなくなっている。

 二郎坊が待っていると、崇は青龍刀を拾い、それをすぐさま二郎坊に向かい投げた。

 青龍刀は二郎坊の胸に刺さった。

「よし! やった。とどめだ!」

 駆け出して左手に持っていた青龍刀を二郎坊の腹に突き刺した。


「なるほどな、赤天狗なら負けるかもな……」

 二郎坊は胸に刺さった青龍刀と腹に刺さった物を抜いて崇に投げた。

「オレは、これぐらいは平気なんだ」

 錫杖を振り回し攻撃しようとする二郎坊。


「待て、待ってくれ! あんた、本当に二郎坊なのか!?」

「ああ、そうだ」

「俺のかなう相手ではない、いままでの無礼は謝る。見逃してくれないか?」

 土下座して謝る崇。


(なんだ、こいつ、変わり身の早い奴だな。これが、こいつの処世術か?)

「わかった。どっかいけ」

「そうか……助かる。恩に着る」

 そう言うと崇は脱兎の如くいなくなった。


「何だったんだ、あいつは?」

 そう言うと、二郎坊は焼き肉屋に戻り酒を飲んで気分よく焼き肉を食べた。

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