第3話「三日月の目」
オレは嫁の目が好きだった。
夏は農家をやり、冬は鍛冶屋をやっていた。
知り合いから嫁をもらわないかと言われ、嫁の一人くらいなら養える暮らしだったのでもらった。
祝言のまねごとをして夫婦になった。
嫁は口減らしのために結婚させられたのだろう。最初はオレを怖がっていたが、しだいに良く喋るようになった。
貧乏で文句も言っていたが、嫁はオレを三日月のような目で見るようになった。
何が嬉しいのやら、オレを信頼しているような優しい目で見る。オレは、その目がたまらなく好きだった。
やがて子供もできて、小さな子供の手をさわると子供が笑う。これが幸せかと、毎日が楽しかった。
しかし、
食い物がない。
村の皆んなが苦しんでいる。
誰もオレら家族を助けてくれない。
オレは子供の頃から力が強く、村の仲間をよく泣かせていた。いわゆる嫌われ者だ。
庄屋の息子も泣かせた。
いまだに恨んでいるのだろう、食い物が無いから助けてくれと言ったが助けてくれなかった。
いっそのこと、となり村にでも行って食い物を盗んでこようかと思った。一人者の時なら食い物を盗んでいただろう。
ただ、嫁はそういうことを嫌がるところがあった。
オレは嫁には嫌われたくなかった。
オレには仏の教えも善悪も関係なかった。
嫁がオレに、あの三日月の目で微笑んでくれたら、それでよかった。
食える物なら何でも食ったが、子供が死に、嫁も死んだ。
オレもこのまま死のうと思った。
そんな時に、坊さんが金具を作って欲しいとオレの家にきた。
オレは、もうすぐ死ぬのでできないと言った。
坊さんは、オレを哀れに思ったのか
嫁もいなくなって、もうどうでもよくなってるのに余計なことをする坊さんだと思っていた。
坊さんは、オレの家にとどまり湯を沸かしたり、オレの体を押したりしている。
オレがいくら頼んでも何もくれなかったのに托鉢とはずいぶん便利なものだと思った。
部屋の中には子供と嫁の遺体がそのままになっている。
土に埋めてやりたいが、オレにはもうそんな力もなく家族で朽ち果てようと思っていた。
坊さんは、オレに子供や妻の肉を食べて、自分は助かろうとは思わなかったのかと聞いた。
オレも考えなかったわけではないが、オレにとって嫁は菩薩様のようなもので、とても食う気にはならなかった。
坊さんはオレの家に居座り、オレに食い物を持ってきて、手足をもんだり腹をもんだりしていた。
オレは動けるようになったので、坊さんの欲しがっていた金具を作ってやった。
坊さんは、これも何かの縁だから一緒に旅をしないかとオレを誘うので、一緒にいくことにした。
本当はどうでもよかったんた。
そのまま朽ち果ててもよかった。
嫁のいなくなったこの世に未練もなかった。
子供と嫁を家の庭に埋めると、坊さんが念仏を唱えてくれた。
すると大粒の涙が流れだし正気に戻った。
❃
坊さんは
馬頭道人は旅をしながら病人を治した。
オレは、病気というのは鬼がやってきて病気になるのだと聞いていて、鬼の嫌う
馬頭道人によれば、病の多くは体を温めて手足を揉めば治ると言った。
キツネに取り憑かれた娘がいて口をキツネのようにとからせていた。何かに取り憑かれた者は腹の中にいる仏様をもんでやるとよくなると言って腹をもむと日数はかかるがしだいによくなるのが不思議だった。
目玉の飛び出た女や体の半分が動かなくなっている人などをよく治していた。
密教を学んでいる時に、導引と言う病を治す術を教わり、
オレは、別に興味もなかったのでただ見ていた。
やがて、馬頭道人は大きな寺で若い坊さん達に密教を教えて欲しいと頼まれ、偉い坊さんになった。
オレは馬頭道人の弟子でもなく、ただ一緒に旅をしていただけなので、あいかわらず馬頭道人をウマヅラと呼んでいると、周りの坊さん達に文句を言われ居づらくなった。
当時、馬頭道人のように仏教を学びながら山で修行して仏仙を目指している者達がいて、オレもウマヅラとは別れて山で仏仙を目指して修行することにした。
しかし、オレは性格がひねくれているので仏仙にはなれなかった。
そんな時に
名前を聞かれ『じろう』だと言うと、
それなら、今日から『
❃
「ガ〜ッ、ガ〜ッ、ガ〜ッ」
図書館で山伏が寝ている。二郎坊である。
最近は毎日、図書館に来ている。
最初は怖がっていた人達も、今は慣れっこで、次郎坊にお供え物を置く老人も多い。
目を覚ます次郎坊。
「うん? おはぎと漬け物か、寝ているだけでお供え物がくるとはオレも偉くなったもんだ」
図書館の外に出ておはぎと漬け物を食べる二郎坊。
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