第2話「さゆり」

 少女の名前は“さゆり”。

 小学5年生。

 白血病で骨髄移植のドナーを待っている。



 男は、の姿で『いたや食堂』の住居の父親の部屋で寝ていた。

 じっとして寝ていると痛みはないのだが、体を動かすと激痛が走った。トイレに行くにも這いつくばって行かなければならないので一苦労だった。

 さゆりは、最初は男に対して緊張していたが、だんだん恐い人ではないとわかると、その男の姿が可笑しくてよく笑っていた。

 病気になってから、あまり笑わなくなったさゆりが這いつくばってトイレに行く男を見て大笑いしているので、その姿を見ていた父親は涙を流した。



「おじさん、お昼ごはん、また味噌ラーメンだけど」

 さゆりが味噌ラーメンを持ってきた。

 男は、すっかり味噌ラーメンが気に入り、お昼ごはんは、こればっかり食べていた。

 もっとも、腕もろくに上げられず箸も持てないのでさゆりに食べさせてもらっていた。


「大天狗のおじさん、仏仙さんのお話しして」

「あぁ、仏仙な、あいつは大陸で修行して日本に帰ってきたんだ。大陸で、とか言う技を習って病人を治していたよ」

「大陸ってどこ?」

「大陸は、ずいとかとうのことだよ」

「ずい、とう。遣隋使とか遣唐使のことかな? 歴史でならったよ」


「歴史? そうか、封印されて時間がだいぶたっているようだもんな、この家の中にもずいぶん変わった物がある。さゆりも奇妙な服を着ている」

「あたしの服は奇妙じゃないよ、普通だよ。大天狗のおじさんの方が、よっぽど奇妙だったよ」

 男は山伏の装束で倒れていたが、さゆりの父親がパジャマを貸してくれて、今はパジャマ姿で寝ている。


「それで、その仏仙さんは、どうやって病気を治していたの?」


「病気の治し方ね〜っ、どうだったかな? オレは病気しないからな……普通は加持祈祷かじきとうで治すだろ」

「加持祈祷? いまは、あまりやらないよ」


「そうなのか? 坊さんがお経を読んだり、巫女が舞ったりして面白いけどな……たしか、あの仏仙は変わったことをしていたな。狭い部屋の中でお湯を沸かして汗だらけになったり、石を焼いて布で包んで腹にあてたりしてた……体を温めると病気が治るんだって言ってたかな?」

「それ、病院の先生も言ってた。体を温めると免疫力が上がるんだって」


「めんえき? ……あと、手足を伸ばしたり変な格好をしてたな……」

「それは、ヨガみたいな?」

「よが? よがってなんだ?」

「こんなやつ」

 さゆりはヨガのポーズをしてみせた。


「あ〜っ、そんな感じだ。あいつも、そんな格好をしてたよ」

「へ〜っ、ヨガなんだ」

 さゆりは、病気が治る方法を学校の図書室で調べて、ヨガもやっていた。


 さゆりは、病気になってから家で寝ていることが多いが、男が来てから家にいるのが楽しくなったようだ。

 よく一緒に漫画の本を読んでいる。

 男は現代の文字が読めないので、さゆりが読んで教えている。さゆりは、まだ難しい漢字は読めないが、漫画本には漢字にふりがながふってあるから読めた。

 さゆりは男が気に入ったようで、水を持ってきたり、濡れたタオルで顔を拭いたりして、こまめにお世話をしていた。


 男は、さゆりと漫画を読みながら、現代の文字を覚えていった。 


 さゆりの母親は、さゆりが小学生になると、離婚して家を出て行ってしまった。


 ❃


 ある日、さゆりは新聞に入っていたチラシを男に見せた。

「大天狗のおじさん、これ見て」

「なんだ?」

「おじさん、最初、おづぬ〜って叫んでいたんだよ」


 さゆりが男に見せたチラシには『仙術学園高等学校おづぬ。入学者募集!』と書かれていた。

「仙術学園おづぬ!? 仙術を学校で教えるのか? しかし、おづぬって、あいつの学校か?」


「仙術や導引を教えるって書いてあるよ。仙術ってなに? 手裏剣とか大きなカエルとかのやつ?」

「仙術か……ガマ仙人なんてのもいたような気はするが……」

 男は仙術学園の広告をずっと見ていた。


 ❃


「オヤジ、役小角えんのおづぬって知ってるか?」

 男が娘の父親にたずねる。

「役小角? 聞いたことがあるな……スマホで調べてみるか……役小角、634年〜701年。飛鳥時代の呪術者だって。え〜と、いくつだ? ざっと1300年以上前だな……」

「なに! 1300年! そんなにたっているのか! 200~300年はたったとは思っていたが、そんなにたっていたとは……体も動かなくなるはずだ……」



 ❃



 一ヶ月ほどして、男は歩けるようになり、さゆりにお別れを告げた。

 さゆりは「また来てね」と言ったが男の顔を見ようとしない。

 男もまた来ると約束した。


「さゆり、何かあったら、これを吹け」

「なに、これ。笛?」

「これは霊木で作られた笛で、吹いても人間の耳には聞こえないが、大天狗には聞こえるんだ。すぐに来てやる」

 男は手の中に入る小さな笛をさゆりに渡した。


「オヤジ、世話になった。何もお礼はできないが、欲しい物はないか?」


「お礼なんかいらないよ。あんたのおかげで、さゆりが元気になって感謝しているくらいだ。でも……もし、娘の病気で何か治す方法を聞いたら教えてくれないか?」

「さゆりの病気か……オレ様に手に入らない物はない! オレがとやらを見つけて持ってきてやるよ!」

 この時、男に現代の病気の知識はなく、さゆりの父親に礼を言って歩き出した。



 だいぶ快復した。

 あのオヤジの味噌ラーメンって言うのは旨かったな。味噌と言うのも旨いが山盛りのモヤシとひき肉の炒め具合が絶妙だった。また来て食うか……


 さゆりは、最初、オレのことを怖がっていたが、ときどき三日月の目でオレを見るようになったな……

 オレが欲しくてしかたなかった目だ。

 まさか、こんなところで出会うとは皮肉なもんだ……


 あいつの病気はよく分からんが、昔、中気で体の半分がぶらぶらしてるのを治すのが得意な仏仙ぶっせんがいたが……あれで治るんじゃないか?

 あのチラシに書いてあった導引どういんってのが、あいつのやっていた技だった気がする。

 あいつも封印されて現代にいないかな……

 あいつは善人だったから成仏したか?

 でも、どこかに技が伝承されて残ってないものか?


 ぶつぶつと独り言を言いながら歩いている男。


「うおおおおおおおおおーーー仮面!」


 男が叫ぶと空間から“赤い天狗の仮面”が現れて手に収まった。

 赤い仮面を付けると男の背中に大きな羽根が生えて身長約2mの天狗の姿となり飛んでいった。


「ウマヅラーーー!!!!」

 男が飛びながら叫んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る