第五章

第31話 合流地点

 ニタカが負傷したフジノを連れ去ってからしばらくたった頃。

 カエンが捜索隊のメンバーを連れて、戦闘があった川辺に到着した。

 ブヨウからの連絡がないことからアクシデントが発生したと思ったが、彼らの死体を見るに想像を越えた事態になっているようだ。

 焦りを感じてはいるが感情を表に出さずに隠すことが普通のカエンにとっては、その動揺は他のメンバーには伝わらないだろう。


「カエンさん。これはいったい……」


 カエンが連れてきた捜索隊のメンバーはカエンの裏の顔とは無関係の人間だ。

 だからこの場所で起きた真実を知られる訳にはいかない。


「あいつがいない。フジノを探すぞ。あいつがいなければ儀式場には入れないんだ。急ぐぞ」


 捜索隊を臨時で任された立場からの発言。

 元々、グロリア達三人を探すために表向きは来ているのだ。

 大丈夫だ。僕の提案に不自然な点はない。


「警告はいらない。見つけ次第攻撃しろ。死ななければいい。とにかく確保するんだ」


 カエンは妖精を通して各小隊に連絡をする。

 何人かいる他の小隊の内通者にもことの深刻さは伝わっただろう。

 この状況に悩む心の内をほとんど反映しない無表情で儀式場がある方向を見る。

 さて、どう切り抜けるか……まずは妖精に聞いてからだ。






 Bランク地域から遠く離れた森林地帯、儀式場から離れた位置にあるCランク地域。倒木や岩の重なりによって出来た隠れるのに適した場所でフジノは目覚めた。

 普通に起きようとして斬られたあとが少し痛んでやめる。

 そうだ。私はブヨウにやられて、ニタカに助けてもらったんだった。


「起きたか」

「また助けられた。ありがとう」

「それはいいが。こっちが一応声かけてんだから、すぐ寝ちまうのはやめてほしいね。死んだかと思うだろ」


 それを聞いて素直な笑いが込み上げてくる。少し傷が痛むがこれは仕方ない。

 確かに助ける側からしたらたまったものじゃない。

 次からは気をつけよう。いや次なんて無い方が一番いいんだけど。


「でも、どうしてここにいるの?」

「そりゃあな……噂話を聞いてね。双子山の山火事にイワザルの群れを切り刻んだ妖怪の噂。あんたが全力で戦ってるとわかったから近くまで来てたのさ」

「私を拾うため?」

「そうだよ。最後に聞いた噂じゃ怪物の正体がフジノなんて言われてたからね。ちょっと近道して……役人に見つかったがなんとかなった」


 ニタカの話によると南大門まで続く曲がりくねった道と面倒な入国手続を避けて、双子山を通って最短距離でここまで来たらしい。

 その途中でテツザエモンと接触。取引をして私が移送されるルートの情報を手に入れたらしい。


「そのテツザエモンって人は信用できるのかな」

「それはこれからわかる。証人を連れてくるらしいからね」

「……ふーん」


 フジノとしては捜索隊のメンバーというだけで不安がある。ついさっき捜索隊の人間に襲われたのに加えて、孤立して行動しているというのは怪しいものだ。

 ニタカの前ということもあり取り繕うことなく、感じたままのものが顔や声にでている。


「……そいつも敵なら、今度こそ一緒に逃げるか?」


 二つ返事で答えようとしたが、儀式場においてきたグロリア達の事を思い出してその言葉を飲み込む。

 もう私は一人じゃないのだ。ましてや友達の命がかかっている。

 簡単には決められない。


「……ふふ。まずは友達を助けなきゃな。合流までまだ時間がある。もう少し寝てな」


 ニタカは私の迷いをわかっているようだった。

 すぐに答えられないということはそういうことなんだと。

 私はグロリア達をまだ諦めていないんだ。

 ニタカもいるし、話が本当ならテツザエモンという人も協力してくれるだろう。

 でも、儀式場には私が行かなければいけない。あの場所は知っている人間が一人はいないと入れないのだから。

 私がどんな状態であっても儀式場には絶対に行く必要がある。


「……寝れない」


 前向きに事態が進んできたのは嬉しいが、今度はグロリア達を助けられるのかという不安が浮かんできてしまう。

 捜索隊に潜む殺人鬼達もフジノが逃げ延びた事を把握していてもおかしくない。

 あの場所に辿り着く前に私が死んだら、と嫌な想像が浮かぶ。


「……なら、儀式場の話をもう一度聞かせてくれないか。前と違う部分があれば嬉しいが」


 フジノはそれなら、と洞窟の奥に入って見たものをニタカに話した。戦うことのできる大きめの空間や、最奥にある墓場らしき場所のことを。

 墓場に刻まれた名前についての話題でニタカの様子が少し変わる。


「そうか……」


 墓場で見た名前を覚えてる限りあげ終わり、その後に出た言葉はニタカの口からこぼれたようで私に向かって言ったものじゃないだろう。

 何を思っているのかは想像がつく。きっと探していた親族の名前があったに違いない。

 私は話題を変えようとその後の話に切り替えて、襲われて捕まるまでの流れを話し終えた。

 すると、ニタカの気配が今度は鋭くなった。


「どうしたの?」


 と、私は聞いた。我ながら不安な声だったが仕方ないだろう。味方を迎え入れる空気じゃないのだ。敵が来たのかと疑うのは許してほしい。

 ニタカが隠れ場所から外をのぞいて確認する。


「いや……大丈夫だ。予定より早いが着いたみたいだね」


 ニタカが小声で何かを呟くと足音がこちらに気付いたように近付いてくる。認識を誤魔化すタイプの魔術だろうか。

 正直うらやましい。隠れるのにはうってつけだ。


「それ、いつか教えてくれる?」

「全部かたがついたらな」


 今はそれよりも解決すべき事があるだろう、と言われているようだった。

 彼女の旅についていったら今度こそ本格的に教えてもらえるのかもしれない。

 近付く足音は三つ。

 聞き慣れないものが一つ。これがテツザエモンだろう。

 他の二つは聞き覚えがある。最近、調子を崩していた真面目でひたむきに努力する先輩だ。もう一人はよく知っている友達のもの。

 これが嘘じゃないなら、テツザエモンという男を私は信じてしまうかもしれない。あの子を助けてくれたのなら悪い人じゃないだろうから。

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