第30話 反撃

 ブヨウは離れた場所にいる相手の指示を一通り聞いて作業を始める。既に息絶えた二つの遺体と、麻痺毒で動けないフジノを見ながら口だけは会話のために動いている。


「最後にあいつをやればいいんだな。ああ、蹴ったのは一度だけだ」


 最初に倒れたリュウノスケの元へ行く大柄な男をフジノは地面に倒れた状態で見ている。

 ブヨウによる麻痺毒で動けなくなったフジノは、動けない状態で彼の強烈な蹴りをすでに三回も受けている。

 だがブヨウはそれを通信相手に素直に言わないようだ。

 脇腹やあばらのあたりが痛む。折れていないといいが……。


「そうだ。これが最後だ聞いてくれ。剣で斬られた事にするんだよな。右か左かどっちからやればいい? あー、わかったわかった。悪かった。じゃあ右にする」


 騒がしく動いていたブヨウの口が閉じて静かになる。

 フジノが物隠しの魔術による不意打ちで倒した槍使いの身体をブヨウは引きずっていく。

 木々の間で倒れていた男の遺体を川辺まで運び、湿っていない枝と共に火の魔術で燃やし始めた。


(煙も気にせずに堂々としてる。このあたりの木に延焼できたらイワザルの群れを呼べるかもしれないけど。この身体じゃ逃げ切るのは無理か……)


 この状況を打開する名案は出てこない。

 周囲の捜索隊が気づくに違いないのに火の魔術を使用するということは、やはり捜索隊に潜む殺人鬼達がまだいるのだろう。

 あの儀式場にいた三人だけと思っていたが甘かった。気が狂った数人が集まって快楽を満たすためだけにしたような犯罪ではないのかもしれない。


「妖精。オート機能開始。聞いていた指示通りだ。後は頼む」


 ブヨウは剣と槍をもち、誰もいないのに誰かと戦っているような動きを始める。

 意味のわからない行動に嫌悪感をいだいたが、木々についた剣の傷や激しい踏み込みでめくれ上がった地面などが増えて不可解な行動の意味に気付いた。


(まるで戦いの後だ。実際にはこんな激しい戦闘は起きていないのに)


 水を飲もうとした私が背後にいるリュウノスケに不意打ちをして、待機していた槍使いの仲間と共謀して彼を殺害。

 そんなシナリオが加工された現場から想像できる。

 私が槍使いを倒した場所で少し手間をかけて作業をしているあたり、その槍使いと仲間割れをした痕跡も追加されたのだろう。


(だとすれば、私は最後にブヨウに殺される。通話のやり取りからして、リュウノスケの剣を拾ったブヨウが斬る流れだろう。なら、こいつは近付くはずだ。私を斬るために……)


 二つの遺体の位置調整を終えて、私が逃亡するために彼らを殺したという架空の現場を作り終えたブヨウは剣と槍をフジノから遠い場所に置いた。

 うつ伏せの私を仰向けに変えようとする。

 

 男の手が私の肩を掴んでひっくり返そうとする。

 おそらくうつ伏せのまま斬らずに、正面から斬る予定なんだろう。

 微かに入る力を腕に集中し、特に手のひらの向きを意識する。

 それが物隠しの魔術で物を出す位置を決める上で大事なことなのだ。


(ここだ!)


 魔術を発動してブヨウの首を貫く位置に古い短槍を出現させる。


 だが、紙一重でブヨウはそれをかわした。

 古い短槍は誰にも傷を付けずに宙に出現し、ブヨウの蹴りによって古い短槍は弾き飛ばされた。


 完全な失敗だ。反応されるとは思わなかった。

 空中をまう古い短槍が遠い場所で地面に落ちる音を聞いて、フジノの身体から力が抜ける。ただでさえ麻痺毒で弱っているというのに。


 一度後退したブヨウは即座に高速移動を開始。

 仰向けになっているフジノまで何度かフェイントのステップをしたあとに蹴り飛ばした。

 はね飛ぶフジノの身体は木に叩きつけられ、追いついてきたブヨウが剣を振り、フジノの胴体に切り傷が走る。移動中に剣を拾っていたようだ。


 地面に崩れ落ちるフジノの身体。

 だが、まだ息はある。

 それに気付いたブヨウは人の意志を感じられない目で、フジノめがけて剣を振りかぶる。


 しかし、川から爆発的に発生した霧がブヨウとフジノに迫る。

 ブヨウは未知の現象を警戒して霧の範囲外まで後退していく。

 フジノはその霧に見覚えがあった。


 傷だらけで誰にも頼れない山奥で命を奪われそうになった時に助けてくれた人の魔術だ。

 どうしてここにいるのかはわからない。

 傷口から流れていく赤い血に死の恐怖を感じていたが、今は希望がある。

 瞳に涙がたまり熱くなっていく。


(でも、ここにいる。来てくれたんだ……)


 ブヨウが風の魔術を使用して霧を晴らす。

 フジノを守るように短槍を構える女性。殺人鬼に襲われて死にかけていたフジノを救い、魔術を教え、槍術を鍛えたフジノにとっての師匠と言える存在であるニタカだ。

 ニタカはフジノの状態をひと目見て重症だと判断した。


「じっとしてな。すぐ終わらせるから」


 ニタカがフジノを見た一瞬にブヨウが反応して動く。

 ブヨウは毒付きのナイフを一本投擲して、二人を飛び越える跳躍をしながら二本目と三本目を投げつける。敵に背後を意識させて上空からの投げナイフを命中させる動きだ。


 しかし、ニタカは全てわかっていたように槍を振るって防いでいく。

 自分だけでなくフジノを狙ったナイフも弾き落とした。

 ニタカの背中方向に着地したブヨウの剣を槍で受け流して、槍を短く持ち直す。

相手の力も利用した回転で最速の一撃を放ち、ブヨウの心臓部を深々と槍が貫いた。


 ニタカの早すぎる勝利を見届けたフジノは安心して、意識を落とそうとするものに抗うのをやめた。


 「もう大丈夫だ。フジノ。絶対助けるから。しっかりしろ」


 と、心配で声を荒らげているニタカの姿が、珍しくて、とても嬉しくて、恐れること無く眠りについた。

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