第29話 擬態するもの
捜索隊の本来のリーダーであるテツザエモンは国境ではなく既に双子山にいた。南大門の冒険者ギルド支部長には悪いが真犯人を探すためだ。
国境を許可なく越える人間は確かにいたがその問題は早々に解決した。現在は捜索隊内部にいる殺人鬼の情報提供者と待ち合わせるために、町が近いDランク地域で待機している。
テツザエモンは自分に近付く存在を感じ取り確認する。
情報提供者ともう一人、今回の作戦に協力してもらった冒険者だ。問題ないと判断してテツザエモンは周囲を警戒している二人の元へいく。
テツザエモンに気付いた情報提供者は背負っていたもう一人を降ろして、前にかけていた荷物袋の中を漁る。
「これ、ありがとうございました」
情報提供者であるサエコはテツザエモンに借りていた物を返す。綺麗に畳まれたそれは中央の高ランク冒険者が持つ高価なアイテムだ。
周囲の景色に擬態する魔物の皮を利用した魔導具の一種。
今回は情報提供者であるサエコの安全を確保するために貸し出した。
サエコが殺人鬼に頼まれたナツキという少女の始末を誤魔化すために必要だったのだ。
「あの。フジノを助ける方法はちゃんとあるんですよね」
サエコの協力で仮死状態になり重症を負った様に見える魔導具を使った大掛かりな仕掛けで死を偽装したナツキ。
ナツキの表情は移動中にフジノの状況を聞いたばかりで不安に満ちている。
「一人向かっている。彼女は強い。それに君と同じか、それ以上にあの子を心配している人だ。信じていい」
サエコとは別の情報提供者。
テツザエモンが彼女と会ったのは双子山の最初の捜索の時だ。
殺人鬼の情報と襲われたフジノの当時の状況の詳細は、遭遇した被害者に生き残りがいないこともあり貴重な情報源だった。
南大門の老人達が明かさない秘密である儀式場の情報をくれた人物でもある。
双子山のBランク地域に位置する場所、川の側でフジノは姿の見えない敵を相手に逃げ回っている。
投擲物や飛んでくる魔術を紙一重でかわし、突然現れる槍も正確に察知してかすり傷も負わない様に避けている。
(物陰からの飛び道具はブヨウだ。あのデカい身体は間違いない。もう一人は槍使い。姿が見えない魔導具を使っていても、いるとわかっているんだ。音でなんとかしてみせる)
フジノの中に仲間を助けるという希望はもうない。まったく別の黒い気持ちが代わりにある。
それが冷静に戦況を見ることを可能にしていた。
まず狙うのは姿の見えない槍使いと決めて、ミザルのように擬態するマントの中から飛び出す槍の動きを分析する。
「おい! こいつの動きはなんだ! 話が違うぞ!」
「うるせえ! ちゃんとやれ!」
フジノを処理するために予想以上の時間がかかっている。カエン本隊との合流予定の時間すら越えている状況にブヨウ達は焦っていた。
フジノの動きは魔術師のレベルで強化されているのだ。妖精頼りでしか魔術が使えない人間だと認識していた彼らにとっては予想外のできごとだろう。
「もういい! 妖精、後は頼む」
姿の見えない槍使いの動きから攻撃するタイミングを割り出し、実行するための準備として、攻撃をかわすと同時にしゃがみ込んで足に力をため、全力の身体強化魔術を使用する。
素早く移動して木の陰に隠れ、敵の気配を探る。
妖精のオート機能を使ったのは声の位置からして、擬態して姿を隠している槍使いだろう。
(勝負は一瞬。木の陰にいる僅かな時間が一対一に持ち込める最初で最後のチャンス!)
川辺で拾った石と回収した毒が塗られたナイフ、両手を拘束していた縄の一部。そして、物隠しの魔術でいつでも出せる武器。
これらを使って確実にやるのだ。戦いの流れを想像し組み立てて覚悟を決める。
フジノが足元の木の葉をわざと踏んだ。
ここが勝負どころ。この反撃が失敗すれば、その隙をつかれて私は死ぬだろう。
フジノの足元から響く音を合図に姿を隠している槍使いが動き出す。
小賢しくも槍で足元の小石をフジノの方向へいくつも弾き飛ばし、撹乱しながら距離をつめてくる。
(できるできる。私なら絶対にできる!)
槍使いの初撃をバックステップでかわしたフジノは石を投げつける。
槍使いはフジノの投石を避けず、透明な身体に石に付着していた泥がつく。
(目印はつけた。次だ。うまくいけ……!)
槍使いは投石を受けても止まらず、更に加速してフジノめがけて槍をふるう。
フジノは左手にもった短い縄で顔らしき場所を狙うが、敵の短槍はフジノの命を断つことよりも身体を守ることを優先して縄の束を弾く。
縄の先端にある毒のナイフに気付いたのだ。妖精のオート機能は基本的に主人の命令よりも、主人の生命の保護が最優先だ。ここまでは予想通り。
(出ろ!)
フジノの意思で物隠しの魔術が発動する。手元にニタカから貰った古い短槍が出現し、古い短槍は出現とほぼ同じタイミングで敵の胴体を貫いた。
衝撃で固まった槍使いが持っている槍を力づくで奪い取り、物隠しの魔術を再び使用して古い短槍を手元から消した。
倒れた槍使いを覆っている何かを掴んで引きはがす。汚れきった魔導具はもう擬態には使えないだろう、とそれを手放す。
ついでに倒した男の顔を確認するが、その顔はブヨウではなかった。
手に持った敵の槍を軽く振って感触を確認し残る一人との戦いに備える。
(あと一人)
木の陰に隠れ、もう一人の敵であるブヨウを探すが気配が完全に消えていた。見える範囲にはいないし、まったく動いていないのか自然の音だけしかわからない。
川の流れの音に、風が木の葉を揺らす音。激しくなりそうな呼吸を静かにするよう意識して待つ。
緊張感に満ちた場を破ったのは小さな風切り音だ。
じっとしているフジノの首の後ろに小さな針が刺さる。
(これは吹き矢? こんな近づかれていたなんて……)
ブヨウとフジノの距離は十歩程度しかない。身体強化魔術を使う人間ならばあってないような距離だ。
にも関わらず吹き矢という道具に頼るあたり、ブヨウは相方がやられた事実を受け止めて慎重になったのだろう。
身体から段々と痺れて力が抜けていく。
当然のように毒があるようだが致死毒ではなさそうだ。
すぐには死なないようだけど、どんな毒を使っても私の最期は変わらないのだろう。
(私はいつもこうだ。最後の一歩で突き落とされてばかり。くそっ……)
倒れ込んだ私を前にしても、警戒しているブヨウはすぐに近づかずに毒が効いたと確信できる時間が経過するのをちゃんと待っている。
お利口なことだ。
多くの人を殺してきた殺人鬼の一人ならこれくらい慎重なのだろうかと、関係ないことを考える自分に思わず歯ぎしりをした。
「一人やられた。想定外の事態なんだが。俺はどうすればいい?」
ブヨウは妖精を通じて私の始末を命じた人物に指示を仰いでいるようだ。
ここまでの戦闘をやってのけた人物像とかけ離れた焦り具合に、フジノは「ちっ」と弱々しい舌打ちをした。
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