第32話 最後の確認

 テツザエモン達三人の中で最初に隠れ場所に入ってきたのはナツキだった。


「ごめん。あたしのミスだ。あんたがこうなったのも、グロリア達が捕まったのも……」


 町で死んだと噂されていたナツキは再会を喜ぶより先にそう言ってきた。

 どういう理由で謝っているかはわからないけど、きっとナツキの予想とは違う結果になってしまったのだろう。


「個人的な話よりも大事なことがあるだろう。まずは情報の共有だ。人質がいるんだからな」


 私達が話を始めると予想したのか、テツザエモンが釘を刺す。

 それを聞いたナツキは慌てるように頷いて、私の近くから離れていく。

 どういう状況かは私も知りたいところだ。


「サエコ。まず君から説明してくれ。必要なら俺が補足する」


 名前を呼ばれて出てきたサエコ。

 ナツキと同じ様に何だか申し訳無さそうな雰囲気だ。

 私が画面投げを使ったという匿名の目撃者がいるという話を町で聞いたが、この様子を見るにおそらくこの人が目撃者だったんだろう。

 悩んでいたり元気がなかったりしたのもそれなのだろうか。


「フジノ……ごめんなさい。私がお前の情報を売った人間だ」


 ニタカもナツキも静かに聞いている。すでに知っているようで特に反応はない。

 私としてはまあ、そうだよねと、言われてみれば納得の人だ。


「……私はカエン先輩に誘われて、あの夜の光景を見てしまったんだ」


 サエコはそれから事の経緯を説明し始めた。

 フジノの強さの秘密が見れると誘われて行った山で、イワザルの群れを軽々とひねるフジノを目撃し、カエンに頼まれて運んできた荷物の中には山火事に使われた魔導具が入っていた。

 それをネタに脅されて私の情報を支部長に渡し、しまいにはナツキの殺害まで命令されたそうだ。


「それで……私は……」


 そこまでちゃんと話していたサエコ先輩の口が止まる。

 言葉を吐き出そうとしているが辛そうな様子だ。

 大丈夫なのか、と思い声をかけようか迷っているとテツザエモンが話を引き継ぐ。


「後輩の命や先輩の恐ろしい本性やらで困っていたところに、こいつは俺に見つかったんだ。それで、全部げろった。洗いざらい全てね」


 短く「そうだ」と返したサエコからして本当なのだろう。

 あの訓練場で見せたやつれ具合はこれが原因か。

 抱えきれない問題に苦しんでいたところをテツザエモンに目をつけられて、全ての情報を吐いたのだろう。

 物理的にも吐きそうな顔をしているんだ。そうとう悩んでいたに違いない。


 話し手はテツザエモンに変わり説明が続く。

 サエコは指示通りにナツキを殺さなければ自分が殺されると恐れ、山火事の共犯者となってしまったことで他の仲間を頼ることができなほど追い詰められていたらしい。

 そこでテツザエモンはナツキの死を偽装するために、擬態用の魔導具や仮死状態にする薬、遺体検査まわりの人間に根回しをして、二人の命を救い問題を解決したようだ。町で騒ぎが怒っている間に国境でニタカと遭遇して協力関係になり今に至る。

 

「だいたいわかったか?」


 テツザエモンが確認をしてくる。

 話がもっと長かったら寝ていたところだが、どういう事情かは理解した。最低限ね。


「たぶん、おっけい」


 サエコが妖精の画面を出現させる。すでに妖精を持っていないフジノは許可も必要なくそれを見ることが出来た。

 今更だが、妖精を失った喪失感が戻ってくる。

 本人の許可なく画面が見えることは妖精を持っていない証明だから。


「これがカエン先輩。まだ証拠はないけど、おそらくこの人が殺人鬼なんだと思う」


 サエコが妖精の画面を複製して私とニタカの前に、サエコとカエンが写っている画像を出現させた。

 ツーショットでサエコだけが笑顔なのが闇を感じさせる。


「これ。捜索隊を今しきってるヤツ」

「そうか。支部長にも確認したが、実際に見たお前が言うなら確定だ」


 テツザエモンはその事実に動じなかった。最後の事実確認という感じだ。

 ニタカはどう思ってるのか気になって彼女を見ると。

 横たわって休んでいる私の直ぐ側にいるニタカは、画面を触ろうとして出来なかったのを誤魔化している。

 私が眼だけで何してるの、と訴えるとニタカは弁明してきた。


「この国の外にも似てるのがあんの。そっちは誰でも触れるんだからな。ついやっただけだ。……そんな眼で見るな」

「ふーん……」


 フジノはニタカをからかった後にサエコの画面に自然な動きで手を伸ばしていた。

 一人きりの山の中でやっていた癖だ。掴んで投げるまでがセットだった。

 ああ、これはサエコの画面だった。どうやらニタカをからかう資格は私になかったようだ。

 気付いたときには既に画面に触れていた。


(あれ? 触れる……)


 最後に敵の顔を確かめた所で、今後の動きについてテツザエモンが話を始める。

 といっても私抜きでほとんど決まっていたため、私への確認という意味が強い。

 テツザエモンによれば儀式場には私とニタカ、テツザエモンの三人で行く予定らしい。サエコの表情からして納得はしていないが従っているようだ。

 ナツキとサエコはこの隠れ場所に置いて全てが終わった後で回収する。Bランク地域の突破に加えて、殺人鬼との戦闘になれば彼女達を守りきれない。


(二人を置いていくのは同意見だ。魔術の使えないナツキに、妖精頼りのサエコでは無理だ。私は実力関係なく行かなければいけないけど……)


「捜索隊はお前を探しているだろう。だが、その間はカエンも自由に動けないはずだ。さすがに隊のメンバー全員が殺人鬼の一味ということはないからな」


 縄で拘束されて怪物と言われた私に友好的なメンバーは確かにいた。殺されたということは殺人鬼の仲間ではなかったのだろう。

 彼のような人もいるにはいるのだ。リュウノスケを殺した犯人を私にすることで、その場はやり過ごしただろうが、今後はそうはいかない。とテツザエモンは言っている。


「途中でカエンの手先の妨害があれば俺が残る。俺なら他のメンバーが味方になる可能性が高い。だから、その時はお前達二人で行くんだ」


 合理的な役割分担だ。私には殺人犯の疑いがあるし、ニタカは不法入国者だ。

 それしかないだろう。


「日が落ちれば活動をやめて野営の準備を始めるはずだ。その時までフジノ。お前は休め。少しでも動けるように回復につとめろ」


 夜の山は危険だ。自然の脅威はもちろんだが夜行性の魔物にはミザルのような姑息なタイプが多い。

 闇の中から奇襲をする魔物達が相手とあっては捜索隊でも戦闘は避けたいものなのは変わらないようだ。

 話が終わるとサエコが近付いてきたが、謝るだけ謝って詳しい話は後らしい。テツザエモンに言われた事を気にしているのだろう。


「サエコ先輩。あとでいいので妖精の画面を出してもらえませんか?」


 引き止められたサエコは不思議そうにしていたが、フジノにとっては大事なことだ。

 これができるかできないかを確認しておくだけで私の生死が決まるだろうから。

 私の妖精を奪ったカエンは画面に触れなかった。その謎を確かめれば失った切り札を取り戻せるかもしれない。


「ナツキ達と話した後でもいいか」

「はい。ちなみに何の話なんです?」

「……あの人に最後の交渉をしているんだ。ここでじっと待つなんて耐えられないから。ナツキの知恵も借りてね」


 ナツキは真剣な顔でテツザエモンに話しかけている。

 姿を隠す魔導具を使って何かさせるつもりだが、テツザエモンが危険だから止めているようだ。

 でも、周りが何を言おうとサエコ先輩はこの戦いについてくる予感が私にはあった。

 あの人はここで何もしなかったら後悔する。そういう顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る